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957話 王女様は祝われる

 メイナードの背に乗ってゆったりと空の旅を楽しんだ私達は、それから間もなくして懐かしの我が家に到着しました。


 私が最後に見た時は何も植えられていなかった畑には、まさに食べごろと言った赤さの苺が実っていて、シリア様が小まめに面倒を見ていたことが窺い知れました。

 そんなシリア様に手を貸していただきながら降り立つと、メイナードは役目は終えたと言わんばかりに飛び去っていってしまいます。


「ほれ、何をぼーっとしておる。まずはお主の荷物を部屋に置き、着替えてこい。お主の魔女服も、部屋に置いてあるぞ」


「分かりました。シリア様は入られないのですか?」


「うむ。妾はちと、獣人共のところに行ってくる。お主も着替え終わったら来るとよい」


 シリア様はそう言い残すと、私に背中を向けて歩き出します。

 獣人の皆さんのところに行くと言う事は、何か食材の買い足しでしょうか?

 いえ、もしかしたら出張診療かもしれません。シリア様は今、私の代わりに色々とやってくださっているのですから。


 とにかく、あまりお待たせしないように急いで着替えを済ませてしまいましょうか。

 久しぶりの我が家の扉に手を掛け、ゆっくりと開きます。

 カランカラン、と来客を告げる鈴が鳴る音も、とても久しぶりに感じられます。


 今は皆さん出払っているようで、家の中は日の光だけが差し込む薄暗いものとなっていましたが、見える範囲では、私が懸念していたような散らかっている様子はありません。

 となると、やはり生活区である二階なのでしょう。


 階段を登って二階へ上がろうとした時、上の階からトタタッと足音が聞こえてきました。

 足音から小柄そうに聞こえましたし、エミリかティファニー、もしくはレナさんでしょうか?


「エミリ? ティファニー? 上にいるのですか? それとも、レナさんですか?」


 階段を登りながら声を掛けてみるも、誰からも返事がありません。

 訝しみつつ階段を登りきると、二階も変わらず薄暗いままでした。

 灯りもつけずに何をやっているのでしょう……と疑問を覚えますが、まずは自分の着替えを済ませてしまいましょう。


 久しぶりの自分の部屋に入ると、多少内装が異なってはいるものの、ほとんど最後に見た記憶のままの光景が目に入ってきました。

 そして、綺麗に折りたたまれている私の魔女服が、ベッドの上に置かれているのが分かります。


 荷物を置き、早速着替えを始めると、ほぼ服を脱ぎ終えた辺りで扉が小さく音を立てたことに気が付きました。

 ……あの子達は本当に、私へのドッキリが大好きですね。ここは気づかなかったフリをしてあげることにしましょう。


 そのまま着替えを続けようとした私の背中を、小さな四つの手がドンッと押しました。

 小さく悲鳴を上げながらベッドに倒れる私に、愛らしい笑みを浮かべている二人が覆いかぶさってきます。


「えへへ~! 悪いお姉ちゃんを倒したぞ~!」


「ティファニー達に黙ってどこかに行ってしまった、悪いお母様はこうです!」


「ひゃっ!? ちょ、ちょっと待ってください二人共……あはっ、あっははははははは!!」


「こしょこしょこしょ~!」


「手だけではなく、蔦も使って差し上げます!」


「待って、本当に! あっははははははは!!」


 再会の感動よりも、私と遊びたい気持ちが上回っていた二人の気が済む頃には、私は息も絶え絶えなほどに笑いつかれてしまうのでした。





「お姉ちゃ~ん! 早く早く~!!」


「お母様お母様! 早く参りましょう!!」


「ま、待ってください! そんなに引っ張らないで!」


 再会の挨拶もそこそこに済ませた私達は、小走りで森の中を駆けていました。

 と言うのも、エミリ達もシリア様に呼ばれていたらしく、私と一緒に来るように言われていたそうなのです。


 私の両手を引きながら、心底楽しそうに笑う二人を見ていると、本当に楽しかったあの日常が帰って来たという実感が、ようやく感じられます。

 エミリ達に黙って、私自身を封印して力から逃げようとしたこと。

 私の心の壁が敵となり、エミリ達に刃を向けてしまったこと。

 そして、世界の修復の影響で、また離れ離れになってしまっていたこと。

 謝らなければいけないことは沢山あります。

 ですが、二人にとってはそれ以上に、私に会えたと言う事が嬉しい様で、そんな二人に手を引かれる私もまた、再会できた喜びの方が上回っていました。


 軽く息を切らせながら森を駆け続け、視界が大きく開けると――。


「「魔女様! おかえりなさーい!!」」


「きゃっ!?」


 盛大なクラッカーの音と共に、私を迎える言葉が響いて来ました。

 舞い散る紙吹雪の奥には、スピカさんを始めとしたハイエルフの皆さんや、今日も筋肉を見せつける服装の獣人族の皆さんが笑っているのが見えます。

 そして、その奥には色とりどりの料理がたくさん並べられているテーブルが置かれていて、まるでパーティ会場のような飾りつけが施されていました。


「これは……」


 突然すぎる出来事に呆然としていると、今度は私の背中がグイっと押し出されました。


「ほら、主役なんだからこんなところで突っ立ってないで!」


「れ、レナさん? あの、主役って、一体何の……」


「え~? もしかしてシルヴィちゃん、本当に分からないの~? それとも、分からないフリかしら?」


 そう言いながらフローリア様まで、私の肩をグイグイと押してきます。

 されるがままに移動させられた私は、会場の真ん中とも言える壇上の上に着席させられ、“私が主役”と書かれたタスキを掛けられました。


 何が何だか分からない私に、スッと現れたエルフォニアさんが、飲み物の入ったグラスを手渡してきます。


「安心しなさい。ただのリンゴのジュースよ」


「あ、はい。ありがとうございます……。ではなくて、これは」


 何なのですか? と口にしようとした私の言葉を遮るように、拡声器越しのシリア様の声が響いて来ました。


『あー、あー。ようやく主賓も来たことじゃ。そろそろ始めるとするかの!』


「「うおおおおおおおおおっ!!!」」


 い、異様な盛り上がりです。私が主賓のパーティとは、どういうことなのでしょうか。

 そう思いそうになった瞬間、私はようやく理解することができました。

 皆さんが用意してくださったサプライズに、思わず笑みがこぼれてしまいます。


『あー。お主らも覚えているとは思うが、妾達はソラリアを倒し、世界を元に戻すために戦って来た。そして、こうして平和な世界を取り戻すことができた。それはひとえに、ここにいる全員の協力があってこそじゃ』


 シリア様の言葉に、自然と周囲を見渡してしまいます。

 どうやらここには、森に棲んでいる皆さんだけではなく、魔導連合の面々や、魔族や冒険者など、様々な方がいらしているようです。


『じゃが、中でも特に頑張ったのはシルヴィじゃ。ソラリアを倒し、大神様に自身の力の全てを明け渡すことで、世界を元の形に修復させた。これは妾達には出来ぬ、偉業である! 皆、盛大な拍手を!』


 皆さんが一斉に、割れんばかりの拍手を私に贈ってきます。

 気恥ずかしさを覚えながら軽く会釈をしていると、シリア様がさらに言葉を続けました。


『そして、今日はそんな偉業を成し遂げたシルヴィの新たな門出の日でもあるが、こうして全員がようやく揃っためでたい日でもある! 皆で勝ち取った輝かしい未来と、シルヴィの生誕と門出を大いに祝おうではないか!!』


「「おおおおおおおおおおおっ!!!」」


『よし! 皆、グラスを挙げよ!』


 シリア様が自身のグラスを高く持ち上げ、それに倣うように全員がグラスを掲げます。


『十八の誕生日に、祝福を!!』


「「おめでとー!!」」


『妾達の【慈愛の魔女】に、感謝を!!』


「「ありがとー!!」」


『皆で掴み取った未来と、かけがえのない日常に――乾杯!!』


「「かんぱーい!!!」」


 皆さんがグラスをさらに高く掲げ、乾杯の音があちこちから上がります。

 私もまた、周囲に集まってくれていた大切な家族や仲間達と共に、天高く乾杯をします。


「……ぷはっ! シールヴィ!」


 グラスの中身を軽く呷ったレナさんが、にひっと笑いながら私の名前を呼びます。


「お姉ちゃん!」


「お母様!」


「シルヴィちゃん!」


『主よ』


 次々と私の名前を呼ぶ皆さん。


「シルヴィよ」


 そして、最後にシリア様が私の名前を呼び。


「「おかえりなさい!!」」


「……はい! ただいま戻りました!」


 私は満面の笑顔で、そう答えるのでした。

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