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953話 王女様は誘われる

「……とまぁ、そういう訳じゃ。あまり責めんでやってくれ」


「まぁ……。申し訳ございません、シリア様。サプライズにと、この子には隠していたのが裏目に出てしまいましたね」


「しかし、まさかシルヴィがあんなに運動ができるとは思わなかったなぁ。衛兵達の間で、大いに話題になっているぞ? 門兵を飛び越えたおてんば王女様とな」


「す、すみません……」


 シリア様と共に王城へ戻った私は、即座にシャワーを浴びるようにとお風呂場へ連行されました。

 お風呂の余韻を楽しむ間もないまま手早く乾かされ、人前に出る際のドレスに着替えさせられると、先に談笑していたシリア様と、お父様とお母様が談話している部屋に通されることとなり、今に至っています。


 私が取った行動をひとしきり笑ったお母様は、両手を合わせて顔の横に持ってくると、楽し気にシリア様へ質問しました。


「ではシリア様? せっかくですし、改めてシルヴィを紹介させていただけませんか? 来週からは、シリア様の下でお世話になることですし」


「うむ、良かろう」


 来週? お世話? 一体、何の話をしているのでしょうか?

 途中からの参加となったことで、これまでの話などが読めずに困惑していると、膝を組みなおしたシリア様が私に念話で話しかけてきました。


『今のお主は、妾とは初対面と言う事になっておる。この場は何も知らぬという体で、妾達に話を合わせよ』


 それに対して返答を行おうとしましたが、かつてのような魔力が無い今の私では、念話をすることすらもできませんでした。

 ですが、シリア様はそれもお見通しであったらしく、私に小さく微笑みながら続けます。


『念話をするにも、基礎的な魔力が必要じゃからな。何かあれば妾からこうしてフォローをしてやるが故に、お主は何もせずそこにいればよい。この城の外での世界について、お主は何も分からん状態じゃろうしな』


 ありがたい申し出ではあるのですが、何とも含みがありそうな言い方に疑問を感じてしまいます。

 とりあえず、今はシリア様の言う通りにしておきましょう……。


「挨拶が遅くはなったが、妾の名はシリア。シリア=グランディアという。今から二千年ほど前のグランディア家の女王であり、お主の遥か昔の先祖の者じゃ」


「シリア様はね? 女王を退位した後は、魔女として各地を渡り歩きながらお弟子さんの育成をしていらっしゃるのよ。魔導連合っていう、魔女と魔術師が集まる組織の運営もされているの」


「うむ。二千年前の人間が何故生きているのか? と疑問に思うのも当然ではあるが、妾達魔女の中には、不老不死の領域に辿り着いた者も何人かいてな。その魔法のおかげで、こうして二千年間生きていると言う訳じゃ」


「そう、なのですか」


 ……どうにも、私が知っているシリア様の情報とは異なるようです。

 まさかとは思うのですが、この世界のシリア様は女神ではなく、ラティスさんのような不老不死を選んだ魔女、と言う事になっているのでしょうか?

 シリア様の魔力を探りたいところですが、微弱すぎる私の魔力では、それすらも叶いません。


「それでね? そんなシリア様がなんでお城にいらしたかって言うと」


 お母様はそこで言葉を切ると、シリア様へ目配せをしました。

 それを受け取ったシリア様は、ゆっくりと頷き。



「シルヴィよ、お主……“魔女”にならぬか?」



 かつて、あの塔の中で私を誘った言葉を、口にしたのでした。


 それに対し、どう反応を返そうかと考えていたところへ、今度は念話に切り替えたシリア様が言葉を続けます。


『この世界における魔女は、お主が知っている魔女とはちと異なっていてな。何が違うかと言われるとじゃな』


「魔女って言うのはね?」


 シリア様の念話を遮るように、お母様が嬉々として話し始めます。


「あなたももちろん知ってると思うけど、一般的に魔法を使う“魔法使い”よりも、もっと上位の魔法を操れる凄い人のことを指すの! 国のためにその力を貸してくれる人もいるし、世界を良くするために働いてくれている人もいるのよ? そんな魔女に、私達グランディアの中ではほんの数人しかなれなかったんだけど、魔女になれた人達は全員、シリア様から認められてるの!」


「こら、リヴィ。シルヴィが話について行けていないだろう。少しは落ち着きなさい」


「あっ! ごめんなさいねシルヴィ! まさか私達の娘が選ばれるなんて思っても無かったから、ついつい浮かれちゃって!」


 お母様を軽く窘めたお父様が、咳払いをしてからその先を継いで説明してくださいます。


「生まれた時から、左右で目の色が違うお前を不思議に思う時もあったが、今思い返せばこういう運命だったのだろう。お前はきっと、シリア様に愛された子なんだよ」


「ですがお父様。私には、魔法の才能が……」


 使い方はもちろん覚えています。

 ですが、それを使うにも魔力が無いせいで使えません。

 それを濁して才能が無いと口にしようとしましたが、お父様は静かに首を横に振りました。


「確かに、お前には魔力がほとんどない。だが、シリア様の下で鍛えれば、誰よりも強い魔力を持てるようになるそうだ」


 お父様の言葉に、シリア様が頷きます。


『今のお主は、言わば妾達が教えたハールマナの初等部以下の魔力量じゃ。以前のようにとまでは行かぬが、日々使い切って回復させるあの鍛練を続ければ、ピーク時の妾くらいにはなるじゃろう』


 シリア様の念話による説明を受け、改めて以前の私の魔力量がおかしかったのだと思い知らされます。

 それでも、かつてのシリア様に匹敵できるほどにはなれると聞くと、私は恵まれているのだと思います。


「そこで、お前をシリア様に預け、一人前の魔女にしていただこうという話になっていてな」


「それが丁度、来週のあなたの誕生日からなのよ! 黙っててごめんなさいね?」


 なるほど。先ほどお母様が仰っていた“サプライズ”とは、この事だったのですね。

 一人で納得していると、「だが」とお父様が言葉を続けました。


「魔女になるとはいえ、お前は私達の娘で、この国を率いる女王になる者だ。国の式典や催し物には必ず出席してもらうし、必要があれば社交の場にも出てもらわなくてはならない。魔女としての日々と王女としての責務をこなすのは、そう簡単なことではないだろう」


「それでもきっと、あなたならできるって信じてるわ。だって、私達の自慢の娘ですもの!」


「ここまでの話を聞いた上で、お前にもう一度問わせてもらうぞ。シルヴィ、お前はシリア様の下で厳しい教えに耐え、“魔女”になるという覚悟はあるか? 魔女として、王として……この国を率いていく覚悟はあるか?」


 お父様の言葉は、これまで聞いたことが無いほどに真剣でした。

 だからこそ、私も本心からこう返すことができます。


「……はい。私はシリア様の下で偉大な魔女となり、お父様の跡を継いで、この国を率いる女王になります」


 私の覚悟を受け取ったお父様はゆっくりと頷くと、シリア様へ向き直り、頭を下げました。


「娘をどうか、よろしくお願いいたします」


「うむ。立派な魔女として、そして王として。お主らに一切の不安を持たせぬ娘に仕上げてやろう」


「まぁ! 大変だけど頑張るのよシルヴィ! でも、時々顔は見せに来て頂戴ね? 何カ月も会えないなんて、寂しくて私が耐えられないわ!」


「お、お母様!?」


 我慢できないと言った様子で、私を抱きしめてくるお母様。

 そんな様子を、シリア様とお父様は微笑ましく見守っているのでした。

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