949話 魔女様は決断する
大神様に対し、敵対とも取れる発言をした私は、いつでも戦闘行動に映れるように全身に魔力を巡らせます。
すると、私の行動に虚を突かれていたソラリア様が、小さく肩を震わせながら声を漏らし始めました。
「ふっ……く、ふふ、ふふっ……! ヤバい、コイツ本物だわ……! あは、あっははははは!!」
ソラリア様は、そのまま堪えきれないとばかりに笑いだしました。
私は何もおかしなことは言っていないつもりですが……とも思いましたが、よくよく考えなくても、十分すぎるほどにおかしなことなのでしょう。
それでも、私は先ほどの主張を捻じ曲げたくはありません。
絶対に、シリア様とメイナードが欠けることなく、歪められる前の世界を取り戻したいのですから!
「最っ高よあんた! 気に入ったわ!」
そう笑いながら立ち上がったソラリア様は、私の隣に並び立ち、肩に手を回してきました。
「やってやんなさいよ、シルヴィ。あたしの力も、全部貸してあげるわ」
「えっ……?」
そう言われた直後、荒々しくもどこか温かみのある強い力が、私の中に流れ込んできました。
それは瞬く間に私の体を駆け巡り、シリア様に託された神力と混ざり合うと、私の魔力を爆発的に高めてくれました。
「うっ……! す、凄い力です……!!」
「癪だけど、あのシリアとか言う奴とあたしの力の本質は一緒なんだから当然よ。せいぜい上手く使って、お空でふんぞり返ってただけのクソ野郎をぶちのめしてやりなさい」
何とも口が悪いソラリア様ですが、こうして手を貸してくださるのは大変心強い限りです。
改めて杖を構えなおし、大神様と対峙すると。
「……どうにも、感情的になると血の気が多くなるのは先祖譲りと言ったところでしょうか」
大神様は、どこからか取り出した小さな白旗をひらひらとはためかせ始めました。
まるで戦う意思など無い。そんな彼の仕草に私達が呆然としていると、大神様は苦笑交じりに言葉を続けました。
「私がこうしてお前達の前に姿を現したのは、何も事を構えるためではありません。シルヴィ、お前に未来の選択を委ねるためです」
「未来の選択、ですか? それが先ほどの、シリア様達を失うかどうかという選択では……」
「えぇ。それが私から提示する、お前の意思を尊重する選択肢です」
私の意思を尊重するという割には、どちらを選んでも明るい未来なんて無いように見えましたが……。
大神様が口にする言葉の意味が分からず困惑していると、私の気持ちを代弁するかのように、ソラリア様が尋ねてくださいました。
「あんたの言う選択肢が飲めないって言ってんのが聞こえなかったのかしら? それとも、この王女様の意思を尊重しない、また別の選択肢があるとでも言うわけ?」
「その通りです」
「はぁ? ならそれを最初から言えっての。もったいぶってんじゃないわよ」
正直、ソラリア様の言葉に激しく同感してしまいそうになりますが、ここは冷静に状況を見極めましょう。
「大神様。その別の選択肢と言う物を聞かせていただけませんか? 私の意思を尊重しない、新しい選択肢を」
大神様は静かに頷き、弄んでいた白旗をパッと消すと。
「お前の持っている魔力、神力。その全てを代償に、お前達が過ごしていた世界に修復しましょう」
スッと目を細め、私を指さしながらそう言ったのです。
「私の全ての魔力と神力が、代償ですか」
「えぇ、全てです。今のお前の魔力は、私が観測してきた中の何よりも多く、強い。それこそ、かつてのシリアと比較しても、十倍ほどに上るでしょう。そこに加えて、二神の力を兼ね備えている。その力の全てを用いれば、お前の言っていた“世界を正す”ことも可能です」
「なら――」
「あぁ、そういうこと。それで“お前の意思を尊重しない”ってことになるのね」
私の力だけで済むのなら、と即答しかけた私を遮り、ソラリア様が言葉を被せてきました。
まだ私には見えていない何かがあったのでしょうか、と視線で問いかけてみると、私から離れた彼女は小さく嘆息しながらも答えてくれます。
「いい? あんたの力の全てを使うってことは、あんたから魔女の資格が無くなるってことだし、あんたとシリア、そしてあたしとの繋がりも無くなるってことよ? そりゃあ当然よね? だってシリアの先祖返りとして生まれてきてる段階で、あんたには強い魔力が備わってたんだから。それを失って、あたしが歪めた世界が正しい世界に修正されるってことが、どういうことかくらい分かるでしょ?」
ソラリア様が歪めた世界を正すと言う事は、恐らく十六年前にグランディア王家を襲撃したことが無かったことになる、と言う事でしょう。
それが無かったと言う事は、私の両親が生きていると言う事になります。
私の両親が生きていると言う事は、私が塔に幽閉されることも無ければ、孤独に絶望してソラリア様から加護をいただくことも無く、シリア様と出会うこともありません。
それが意味することは、凄く簡単で、凄く残酷でした。
「……私が、皆さんと出会わなかった世界になる。と言う事ですか」
「そういうこと。まぁ何もかもあたしが悪いわけだから、大神からすれば、文句があるならあたしに言えってとこでしょ」
違う? と目配せするソラリア様に、大神様は何も答えません。
そんな大神様に小さく舌打ちをしながらも、ソラリア様は言葉を続けます。
「あんたにとってはキツい選択肢だと思うけど、それを選ぶなら全員が正しい世界で生きていける。それによる弊害があるとすれば、あんたと言う魔女がいたって事実が無くなるだけ。ちなみに大神、その世界でのあたしってどうなんの?」
「お前の処遇は検討中です」
「だそうよ。まぁ、あたし達も金輪際会うことは無いかもね。その世界でまた復讐するにしても、あんたっていう鍵が生まれてこない以上は、あたしが興味を抱くはずもないし」
そう言いながら、ボスっとその場に腰を下ろすソラリア様。
その後も何かを大神様と言いあっている様子でしたが、私の耳には全く入ってきませんでした。
恐らく、これが大神様からの最大の譲歩なのでしょう。
仮に戦って私のワガママを飲んでいただくにしても、どうあがいてもこの選択肢しか出てこない気がします。
壊れた世界で生きていくか。
シリア様とメイナード、そしてこの戦いで命を落とした人のいない元の世界で生きていくか。
あるいは、私という魔女が存在しなかった、本当の意味で正しい世界で生きていくか……。
悩みに悩み抜いた末に、私は決断しました。
「大神様」
「何でしょうか」
「私の……私の全てを使って、世界を正しい形へ修正してください」




