946話 魔女様は神に挑む・後編
「はああああああああああっ!!」
力強く床を蹴り、一気にソラリア様へと距離を詰めます。
彼女が振るう大鎌を槍で弾きながら、更なる接近を試みますが、見た目に反して攻撃速度が早いせいで、なかなか近寄ることができません。
どうにかして隙を作らないと……と思案していたところへ、ソラリア様の両サイドから強い魔力反応を感じ取りました。
迎撃の構えを取るべく一旦距離を取り、体の前で槍を回転させると同時に、魔力で出来た無数の刃が私に襲いかかってきます。
それらを防ぎ終えても、攻撃はまだ終わっていないと言わんばかりに、更なる追撃が行われました。
レオノーラが使った呪刻魔法に似た性質を持つ黒炎弾が放たれ、直感で避けることを選択します。
しかし、それは強い追尾性を持っていたらしく、私がいた場所を抜けていった黒炎弾が折り返し、私を狙ってきました。
即座にフェアリーブーツを発動し、宙を飛翔しながら迎撃用の魔法の準備を進めます。
ですが、それを待ってくださるほどソラリア様も優しくはなく、私の進行方向に向けて大鎌を数度振るい、斬撃を飛ばしてきました。
避けられるものは避け、他を槍で防ぎ終えた私は、くるりと振り返って迎撃を行います。
「シューティング・スター!!」
星々の煌めきを模した高密度の光弾が、私を追尾し続けていた黒炎弾に激突し、細かな光の粒子を散らしながら爆発しました。
無事に迎撃できたことを確認した私は宙を蹴り、再度ソラリア様へと突撃します。
『チッ……! 攻撃魔法が使えるようになった程度で、イキってんじゃないわよ!! 今の今まで、ろくに攻撃出来なかった雑魚魔女が!!』
そこへ、ソラリア様の体内から生み出された大量の死神が、大鎌を振り上げながら私を迎え撃ちました。
確かに私は、今までソラリア様からの【制約】によって攻撃を行うことができませんでした。
それによって守る事に特化した戦法を取っていましたが、守りに徹していたことで学んだことも多いのです。
例えば――!!
「フレンジー・テンペスト!!」
十一月の特訓期間で、【瓢風の魔女】であるエリアンテさんが使っていた魔法のひとつ、フレンジー・テンペストを放ちます。
これはレナさんの生み出した大量の分身を一網打尽にする時に使われていた物ですが、その威力と集敵能力は他の風魔法の追従を許さないものです!
死神達が一か所に集められたところへ、私はさらに畳みかけます。
「天翔ける紫電の神龍!!!」
シリア様の権能のおかげで、最上級魔法であろうとも魔力を練り上げる時間を無視して発動できる恩恵に感謝しながら、かつてフローリア様が私に放って来た雷の竜を作り上げます。
その竜は雄々しく咆哮を上げながら竜巻へと食らいつき、中にいた死神達諸共、自身の雷で焼き焦がしました。
バチバチと小さな火花を散らしながら霧散していく竜巻の奥から、心底忌々しそうなソラリア様の声が聞こえてきます。
『何よ……何なのよあんた……!! 攻撃なんて、今の今まで一度もできなかったくせに!! 何で使いこなしてんのよ!? ふざけんな!!!』
その直後、私の鼓動がドクンと大きく脈を打ちました。
それと同時に、急に胸が激しく痛み始め、体内の魔力の流れが鈍くなり始めるのを感じます。
恐らく、ソラリア様が再度私に【制約】を掛けようとしているのでしょう。
ですが、今の私にはそれは効きません!
シリア様からお借りした力を活性化させ、ソラリア様から掛けられている力に抗います。
それはやがて、私を蝕もうとしていた【制約】の呪いを押し返し、むしろ私の体をより軽くしてくれました。
『は……? 何でよ、何であたしの力が無効化されてんのよ? 何なのあんた!? 何者なのよ!?』
「私はシルヴィ、ただの魔女です。あなたに全てを奪われ、何も無かった私に魔法と出会いを授けてくださった、【偉才の魔女】シリア=グランディアの弟子の一人です。そして――」
私はまっすぐに杖を構え、ソラリア様へと向けて言い放ちました。
「この世界とグランディア王家を滅ぼそうとする【夢幻の女神】を止める、グランディア王家最後の生き残りです!!」
『ふっざ……けんじゃ、ないわよクソガキがああああああああっ!!!』
ソラリア様――もとい、巨大な死神が咆哮を上げ、かつてないほどに魔力を爆発させ始めました。
それは塔全体を揺るがし、崩壊し始めていた塔が徐々に崩れ落ちていくほどです。
『死ね、死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ねえええええええええっ!!! グランディアああああああああああっ!!!』
大鎌を振り上げ、言葉通りに私を殺そうと向かって来るソラリア様。
その大鎌からは、これまでに彼女が蓄積し続けていた恨みと哀しみと絶望が込められていて、とてつもない負の魔力が渦巻いているのが分かります。
何と、悲しい力なのでしょう。
彼女が孤独に苦しみ、絶望に涙を流しても、誰にも気付いてもらえなかった。
その長く辛い年月が、ここまでの力へ昇華されているのだと思います。
ひとりぼっちで、世界を恨むしかできなかったソラリア様。
そんな彼女にもう一度だけ、この世界は素晴らしく、人は温かいものだと信じさせたい!
だからどうか――私に力を貸してください、シリア様!!
カッと目を見開き、杖に力を込めて魔法を放ちます。
「万象を捕らえる戒めの槍――改ッ!!!」
かつて、神話上で神々が大悪魔を捕えるために使ったと言う、原初の槍。
眩い輝きを放つその槍は死神の巨体を貫き、その四隅から同じ槍を出現させます。
そして、死神の全身を鎖が縛り上げ、身動き一つ取れない状態にしました。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
咆哮とも慟哭とも取れる声が塔を震わせ、天井が崩れ始めました。
もう、残されている時間はほとんどありません。
私は杖に魔力を込め、槍の形へと変えます。
すると、先ほどまでは感じなかった神聖な力がその槍から発せられ始め、それを手に取った瞬間、自然とその槍の名を口にしていました。
「――慈槍、メサイア。お願い、ソラリア様を助けて!!」
白金色に輝くその槍は、私の願いに応えるように全身に淡い金色の粒子を纏い、さらに力を増していきます。
メサイアを強く握りしめた私は、一気にソラリア様の下へ飛びこみます。
「やあああああああああああああっ!!!」
私が持てる全ての力を注ぎ込み、彼女が取り込まれた胸付近に槍を突き立てました。
その槍が奥へとめり込むたびに、死神から耳を貫くような咆哮が発せられます。
眩い煌めきを発しながら貫こうとしていると、背後と左右から小さな魔力反応を感じ取りました。
それはこれまでのものと比べれば非常に弱々しいものではありますが、死神からの最後の抵抗でした。
「うっ!! う、ううぅぅぅぅぅぅ……!!」
今の無防備な私を攻めるには十分な威力を持った無数の黒炎弾と刃が、私に襲い掛かります。
私を守ってくれていた加護も無い今、全身を斬り裂かれ、熱で焼かれる激痛に、槍から手が離れそうになります。
ですが、ここで負けてはいけません!
私は、絶対にソラリア様を暗闇から救い出して見せます!!
「ソラリア様ああああああああああっ!!!」
最後のひと踏ん張りにと声を張り上げ、メサイアをさらに奥へと押し込みます。
すると、そこが最後の防壁だったのか、するりと死神の体の中へ入ることができました。
飛び込んできた私を見て、両手両足を鎖で縛られていたソラリア様は、イヤイヤと首を振ります。
「来るな、来るな来るな来るな来るなぁぁぁぁぁぁ!!」
「一緒に帰りましょう、ソラリア様!!」
「やめろおおおおおおおおおおおっ!!!」
私はメサイアを手放し、彼女の体を強く抱きしめます。
その直後、私の視界は眩い光に包まれていくのでした。




