945話 魔女様は神に挑む・前編
大鎌を強く弾いて距離を取った私に、ソラリア様が追撃の魔法を放ちます。
シリア様を真似てそれを打ち消すと、今度は大鎌を振るいながら接近戦を仕掛けてきました。
「謝れば許してもらえる? 何言ってんの? これはもう、そんな次元の話じゃないのよ!!」
「そんなことはありません! これまでのソラリア様の境遇を話して、誠心誠意謝れば必ず」
「だからそれが無駄だって言ってんの!!」
ソラリア様に強く杖を弾かれ、胴が空いてしまった私のお腹に、回し蹴りを入れられました。
床を数度跳ねながらも体勢を立て直し、さらなる追撃を行おうとしていた彼女に向けて、光の槍を数本作り出して迎撃させます。
その間に私自身の杖も、万象を捕らえる戒めの槍を模した槍の姿へと変え、ソラリア様を射抜かんと強く投擲しました。
しかし、それは容易く防がれてしまったため、投擲した座標を指定して転移を行い、今度は私からソラリア様に肉薄しながら攻撃を繰り出します。
「何故無駄だと言い切れるのですか!? 話してみないことには、何も分からないではありませんか!!」
「無駄なのよ!! あたしがいた歴史ごと消されてるから、あたしが何をやったか、その後どうなったかも誰も分からないんだって――の!!」
「うっ!!」
下から掬い上げるように切り上げられ、防いだ私の体が宙に浮きました。
そこへ、ソラリア様が生み出した二体の死神が大鎌を振るいながら襲い掛かってきます。
「強制昇天!!」
死神を昇天させ、眼下でさらに何かを仕掛けようとしていたソラリア様を目掛けて、速度を乗せて槍を突き立てます。
ソラリア様は軽く後退して躱し、私に向けて黒い球体を投げてきました。
咄嗟にディヴァイン・シールドで防ぐも、それらは盾に接触する前に爆発し、私の周囲を黒い霧で覆っていきます。
「目くらましですか……っ!」
「ご明察!!」
その上で死角を狙った一撃を槍で防ぎ、視界が悪い状態での近接戦闘を強いられます。
「あたしが存在していた証拠は、この世界には何も残っていないのよ! そんな世界で、あたしの話をして何になるって言うの!? 頭がおかしくなった王女様の創作話にしかならないわよ!!」
「今のままではそうかもしれません! ですが、そのことも含めてきちんと説明をすれば、変わるかもしれないじゃないですか!!」
「無駄よ、無駄!! あんたがどうあがこうと、所詮は大神の手のひらの上! あたしが認知されることは、二度とないのよ!!」
……ソラリア様の声色に、哀しみの感情が混じってくるようになりました。
それは恐らく、彼女が神の座から追放され、世界から存在を消されてから、何度も何度も試して変わらなかった事実を裏付けているのでしょう。
それほどまでに強力で、かつ絶対的な大神様の力に、どう対抗すればいいのかは私も分かりませんでした。
ですが、この歪められた世界と、シリア様とソラリア様の力の根源が同じものであると言う事を知った今、どうすればいいのか何となく分かる気がするのです。
「――なら、私がこの世界を正します!!」
「は……? うぐっ!!」
ソラリア様の大鎌を弾き、槍で彼女の横腹を薙いで距離を取らせた私は、続けて周囲の霧に対して浄化を使い、視界を晴らしていきます。
横腹を押さえながら片膝を突いている彼女に向けて、私はまっすぐな言葉を伝えました。
「この世界は……いえ、あなたが歪める前の世界も、正しくは無い形だったのだと思います。かつてのグランディア王家が働いた狼藉も、あなたが背負った罪も何もかもが無かったことになって、表向きには今まで通りの日常を送っていた世界……。それは多くの人にとっては変わらない日常なのかもしれませんが、その裏でソラリア様は誰にも認知されず、この世界を孤独に彷徨い歩いていました」
「何を知ったような口を……」
「いいえ、ソラリア様から記憶と力を受け継いだ今なら分かります。ソラリア様は、人の願いに寄り添う優しい女神様です。そして、その在り方から“誰かに必要とされなくてはいけない”存在だったはずです。それが叶わなくなり、ご自身の存在すらもあやふやになっていたところへ、シリア様への復讐を強く願っていたプラーナさんと繋がってしまった。そうですよね?」
そう。これはある意味、悲しい負の連鎖だったのかもしれません。
神の座を追放され、世界から認知を消され、悲嘆に暮れて世界を漂っていたソラリア様。
アーデルハイトさんへの嫉妬から道を踏み外し、魔導連合から追放され、シリア様から盗み出した未完成の神力の情報を手に、復讐を企てていたプラーナさん。
この二人の運命が交差してしまったことで、ソラリア様の存在は歪められたものの、再びこの世界に留まれるようになってしまっていたのです。
「今の世界になってしまったのは、様々な要因が絡み合った結果だと思っています。それでも、シリア様とプラーナさんは再び手を取り合うことができました。ソラリア様と大神様だって、きっと分かり合えるはずです」
私はソラリア様に手を差し伸べながら、もう一度言います。
「ソラリア様。私と一緒に、大神様に謝りに行きましょう。そして、歪めてしまった世界を元に戻しましょう。私達ならきっと……いえ、絶対にできるはずです」
ソラリア様は、しばらく沈黙を守っていましたが、やがて小さく呟きました。
「…………わよ」
「え?」
「ふざけんじゃ、ないわよ……! 謝れば許される、謝れば許されるって、あんたどれだけめでたい頭してんのよ!? それで許されるなら、あたしは最初から神の座を奪われてなかったわよ!!」
「うっ……!」
ソラリア様は全身に殺意と狂気が入り混じったような、禍々しい魔力を纏い始めました。
それはやがて、彼女の姿を取り込み、巨大な死神の姿へと変わっていきます。
『世界を正す? 大神を説得する? やれるものならやってみなさいよ。このあたしを倒せたらなぁ!!!』
何という嫌な魔力でしょう……!
ただ立っているだけで、足が竦みそうになります!
逃げ出したくなる恐怖を打ち払い、私も魔力を爆発的に高めます。
私の魔力がシリア様の神力と強く共鳴し、私の全身がかつてないほどに力に満たされていくのを感じると同時に、塔全体が大きく揺れ始めていることに気が付きました。
この塔は、私自身が孤独になるための檻。
そこから出て、みんなの下へ帰りたいと強く願ったことで、檻として機能しなくなり始めているのでしょう。
あまり時間を掛け過ぎると、塔の崩落に巻き込まれてしまうかもしれません。
全身に黄金色の魔力と、紅く迸る神力を纏わせながら、私は大きく息を吸い込み、全神経を集中させます。
「絶対に倒して、世界をあるべき形へ戻して見せます!!」
『来なさいよ、王女様! いや――シルヴィ=グランディア!!』




