943話 魔女様は崩れ落ちる
シリア様に治癒魔法を施しながら、私達を悠々と見下してくるソラリア様を睨むように見据えます。
すると、紫電の雷撃が私達の間を割るように飛来し、次の瞬間には、見慣れない衣装に身を包んでいるフローリア様の後ろ姿がありました。
「何で生きてるの、なんて聞かないわ。あなたのことだからきっと、こうやって復讐の機会を狙ってるんじゃないかって思ってたからね。だけど、これ以上好き勝手はさせないわよ」
「あ~ら、誰かと思えば遊びすぎて権能取り上げられたって噂の、【刻の女神】様じゃない! 大神のクソに媚びて権能を返してもらえたのかしら?」
ソラリア様がそう挑発した次の瞬間、室内だと言うにも関わらず、凄まじい轟音と共に落雷が発生しました。
しかし、その中心にいたソラリア様はと言いますと、自身の頭上に大鎌を掲げていただけで、これといったダメージなどはありません。
「あっは♪ こんな安い挑発に乗るなんて、随分とご立腹なのねぇ? あんたのお気に入りのオモチャをぶっ壊してあげたからかしら?」
「そうね。レナちゃんを痛めつけてくれたお返しは、た~っぷりとさせてもらうわよ」
そう言うや否や、再び轟音と共に落雷と複数の雷撃が飛び、ソラリア様を襲い始めます。
それに対し、ソラリア様は楽しそうに笑いながら黒炎弾で迎撃しています。
ここにいると巻き込まれてしまうかもしれません。
ここはフローリア様にお任せして、シリア様の手当に専念させていただきましょう。
急いでその場から離れて立ち上がろうとしましたが、立ち上がった瞬間、強烈な違和感を感じてしまいました。
身体強化を使っていないはずなのに、シリア様から体重が感じられないのです。
こんなことがあり得るはずが……と再度視線を下ろした瞬間、腕の中のシリア様を見て声を上げてしまいました。
「シリア様!? 体が!?」
抱きかかえているシリア様の体が半透明になり始めており、体の末端から粒子化してしまっていたのです!
「ごほっ、ごほ……。なに、この魔力体が、限界に達しただけじゃ……。気にするでない」
「魔力体の限界なら、魔力を補給することで実体を保てるはずです! なのに、どうして!?」
「げほっ、うぐ……。ソラリアの、あの鎌のせいじゃ。あの鎌には、神殺しの呪いが掛かっておった。そのせいで、妾を内側から……ごほっ!!」
壁際まで走り、シリア様を寝かせて魔力の補給と手当を行いますが、穴の開いてしまった風船に空気を送り込むかのように、魔力が抜けていってしまいます。
どんどん粒子へと変わりゆくシリア様に、私の焦りが加速していきます。ですが、シリア様はどこか達観した様子で、私に穏やかな笑みを向けていました。
「シルヴィ、良く聞け……。今から、妾の力の全てを、お主に貸し与える。妾の【魔の女神】としての権能も、一時的にではあるが使えるじゃろう……」
「何を言って……」
「いいから聞け……。先の一撃を貰って分かったが、妾の神力と、ソラリアの神力……。その力の根源は、恐らく同じ物じゃ。故に、お主が二つの神力を扱えていたのじゃろう……。この仮説が正しければ、妾の権能が使える間は……ソラリアの権能も使えるはずじゃ」
シリア様と、ソラリア様の力が一緒のもの。
突然の告白に困惑する私に構わず、シリア様は私の首に手を回し、そっと抱き着いて来ました。
「こんな中途半端な説明で、分かるものも分からんとは思うが、全てを語る時間は無い……。とにかく今は、妾の力を上手く使い、ソラリアを討て。そして、無事に皆の下へ帰るのじゃ。そうすれば、きっと……」
シリア様から温かな力が送られてくると同時に、どんどんシリア様の姿が消えていきます。
「嫌、嫌ですシリア様!! 消えないでください! 私を置いていかないでください!!」
「……くふふ、先刻までは一人になりたいと喚いておったくせに、ワガママな奴じゃなお主は。じゃが、安心せよ。妾は――いや、妾達は、常にお主の傍に……」
シリア様が言葉を言い終えるよりも早く、抱きしめていたその背中が実体を無くし、私の両手が空を抱きました。
光の粒子となって消えていってしまったシリア様を抱くように、自分の体を強く抱きしめていると、感情が堪えられなくなりました。
「シリア、様ぁ……!!」
どうして私は、こんなにも身勝手なのでしょう。
どうして私は、シリア様達に頼ることができなかったのでしょう。
とめどなく押し寄せてくる後悔の波に押しつぶされそうになっていると、私の背後からフローリア様の悲鳴と共に、ドサッと転がってくる音が聞こえてきました。
恐る恐る振り返ると、そこには全身を深く刻まれ、いつもの真っ白な神衣を真っ赤に染め上げているフローリア様の姿がありました。
「フローリア、様……?」
「いたた……。ごめんね、シルヴィちゃん。私、元々シリア達みたいに戦闘が得意じゃなかったの……」
弱々しく笑う彼女の姿もまた、シリア様のように徐々に消え始めています。
私が勝手に後悔して泣いていたせいで、フローリア様までもがいなくなってしまうのです。
「い、嫌……待ってください、フローリア様! 嫌です、消えないで!!」
「大丈夫よ、そんな顔しないでシルヴィちゃん。シルヴィちゃんは、何も悪くないもの……。それにね? 私達は実体を保てなくなったとしても、死ぬわけじゃないから……」
フローリア様はそう言うと、血に濡れている手をそっと私の頬に当て、優しく笑いました。
「シルヴィちゃんは、何でもかんでも、一人で抱え込み過ぎよ……? もっと私達を、頼ってくれてもいいんだからね……。何があってもみんな、あなたの味方だし、あなたのことを大好きな家族なんだから……」
「フローリア様……」
その手を握りしめ、涙に濡れる視界で彼女を見下ろす私に、フローリア様はふふっと笑いました。
「だから、早く帰って来てね? レナちゃんも、エミリちゃんも、ティファニーちゃんも、メイナードくんも……。みーんな、シルヴィちゃんのことを待ってるからね……?」
その言葉を最後に、フローリア様はシリア様と同じように、光の粒子となって消えていってしまいました。
泣き崩れそうになる気持ちを必死に堪えていると、靴音を響かせながら、ソラリア様が声を掛けてきました。
「さぁて、と……。ようやく邪魔者は、全員追い出せたわね。これであんたが望んだ、誰にも怖がられず、誰にも迷惑をかけない世界が作れるってわけ。良かったわね~王女様? あたしもこれで、あのクソ共を殺せるって思うと清々するわ」
私が望んだ、世界。
私の力を、怖がる人がいない世界。
私の力で、誰かに迷惑を駆けなくていい世界。
私が存在しない世界に、これから変わっていく。
そう考えた瞬間、どこからか声が聞こえて来たような気がしました。




