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937話 暗影の魔女は斬り結ぶ 【エルフォニア視点】

「ふっ!!」


 互いに振り下ろした剣同士が、甲高い音を奏でながら弾きあう。

 すかさず連撃に入る私の動きを読んでいたかのように、偽物はそれを綺麗に捌いていった。


 自分と同じ技量、同じ戦法を取る相手と言うのは、それなりに面倒ね。

 そんなことを考えながら剣先を顔に突き立てるも、偽物は顔を動かすだけでそれを躱して見せた。

 その返しにと、回転を加えて横薙ぎに払って来る剣を防ぐと、偽物は鍔迫り合いを仕掛けながら口を開いた。


『もう一度聞くわ。あなたのような血に染まった人間が、本気で誰かを助けたいと思ってるのかしら』


「えぇ、本気よ。シルヴィがいないことで、毎日泣く子がいるのだから。年長者として、その涙を拭おうと思うのは当然のことじゃないかしら」


『そうね。確かにエミリちゃん達は、シルヴィがいないことで寂しさから泣いていたわ。だけどあなたは、あくまでも部外者。あの子達の家族でも何でもないわ』


「そんなこと、言われなくても分かっているわ」


 一度大きく弾き返し、少し距離を取って無数の剣を出現させる。

 それらを一斉に射出した私に、偽物は丁寧に叩き落としながら問いを続けてくる。


『なら、こんなに体を張る必要なんて無いとは思わないのかしら。あなたとシルヴィは、あくまでも教師と生徒の関係にしか過ぎないのよ?』


「そうね。私もそう思っていたわ」


『今は違う、とでも言いたいのかしら』


 全て叩き落とした偽物は、背後に回り込んでいた私に合わせて剣を構える。

 再び斬り結び始める中、私はその問いに静かに答えた。


「教師と言う物は、己の知識を生徒に授け、その成長を見守るもの。そして成長を経た生徒は、いつかは己が越えなければいけなくなるもの。今のシルヴィは、私が越えなければいけない壁であり、ライバルなのよ」


『じゃああなたは、ライバルがいなくなるのは困るということが、最大の理由なのね』


「そうよ。エミリちゃん達が泣いているのを見たくないというのもあるけれど、私は自分勝手な理由だけ。あの子に負け越したまま逃げられるなんて、私のプライドが許さないわ」


『随分と自分勝手なのね』


「あら、魔女と言う物は自分勝手でなければ強くなれないのは、あなたも良く知っているはずよ?」


『ふふ、そうね』


 小さく笑った偽物は、このままではキリがないと踏んだらしく、いよいよ悪魔の力に手を出した。

 それに対し、私は静かに魔力を高め、一本の剣を取り出す。


「出でよ、暗影(あんえい)(つるぎ)。――影刃(えいじん)、ナイトメア」


 柄を握りしめ、大きく振り払ったと同時に、私を中心に暴力的な魔力の渦が吹き荒れる。

 その向こうでは、それよりも遥かに禍々しく強い力が渦巻いていた。


『悪魔化はしないのね』


「えぇ。ここで倒れる訳にはいかないから」


『その気構えは高く評価するけれど、それで死んだら元も子もないのよ?』


 異形と化し、悪魔の姿へと変貌した偽物が、そう挑発する。

 正直なところ、偽物の言う通りではあるのよね。

 悪魔化の力の強大さは、使い手である私自身が誰よりも把握しているし、生身の人間が相手にしていいものでは無いこともよく分かっている。


 ――その代わり、何が弱点なのかもよく理解している。


 剣を上段に構え、腰を低く落とした私に、偽物がゆっくりとかざした手の先から無数の魔力弾が射出される。

 その威力は、一発が中級魔法以上に相当する、当たり所によっては致命傷になりかねないもの。それでも、身を低くしながら正面を駆け、最小限の動きでその隙間を縫っていく。

 半分以上距離を詰めたところで大きく跳び上がり、剣をクロスに振るって斬撃を飛ばすと、偽物は想定通りに大きく手を薙ぎ払い、それを爆発させた。


 爆風に乗じてさらに距離を詰め、二度、三度と同じように斬撃を飛ばす。

 それに対し、偽物は魔力弾で迎撃することで、さらなる爆発を引き起こした。


 レナだったら、この爆発を突っ切って攻撃をする。

 だけど私は、この爆発をカモフラージュにして影から攻撃を仕掛ける。

 それを向こうも分かっているらしく、背後から姿を現した私に、ほぼゼロ距離で光線を放って来た。


「くっ!!」


『無駄よ。あなたの動きは、誰よりも私自身が理解しているわ』


 斜め下からの斬り上げも、途中でガードに変更したせいで本体には届かず、床を斬り裂いただけで終わって吹き飛ぶ私に、偽物はつまらなさそうに言う。


 ――そこまでの動きが、全て私の予定通りであるとも知らずに。


「そうね。だからこそ、もう勝敗はついているわ」


『えぇ。今の一撃であなたは――』


 呪毒に侵されてまともに動けなくなった。そう言おうとした偽物の体が、斜めにずり落ちていく。

 困惑しながら自分の体と私を見比べる偽物に、私は肩を押さえながら答え合わせをしてあげた。


「何故、私が暗影の魔女と恐れられているのか。それは影を自在に操る魔女だからというだけではないわ。実体に当たっていなくても、影に当たってさえすれば同等の効果を与えられるのよ」


『……それが、その剣の真の力という訳ね。完敗よ』


 ずるりと断面から滑り落ち、そのまま粒子となって消えていく偽物に、私は小さく息を吐いてから言った。


「あなたが本当に私の鏡映しだったのなら、勝ち目は無かったかもしれない。シルヴィの中の私の像であったことが、最大の敗因だと知りなさい」


『あなた、こうなることを予期して伏せていたわね? 本当に、我ながら嫌な性格だわ』


「例え味方であろうとも、切り札は見せないものよ」


『ふふっ……。そうね。私は初めから、誰も信用なんてしないものね』


 その言葉を最後に、偽物は完全に粒子となって消え去った。

 誰も信用しない。それは確かに、これまでの私の人生で培ってきた教訓。

 だけど、今は――。


 ガラにもないことを考えそうになった頭を小さく振り、剣を消して階段へと向かう。

 すると、さっきの戦いを傍観していたアザゼルが、結晶の中から声を掛けて来た。


『おいおいエルちゃんよぉ、死にはしねぇって分かってまともに食らいやがったな?』


「こうでもしないと、勝ち筋が無かったのよ。必要な負傷だわ」


『にしてもよぉ、そんな状態であの銀髪ボインの嬢ちゃんを助けになんて行けねぇだろうがよ』


 呪毒で足取りすらおぼつかず、若干視界が霞んできている私に、アザゼルは呆れた口調で言う。

 壁に手を当て、軽く呼吸を整えてから、私はその言葉に返答した。


「私の役回りは、他の全員が最上階まで行けるように道を作ることよ。私自身が行く必要は無いわ。それに……」


『それに、何だよ?』


 ゆっくりと階段を登り、誰もいないフロアを横目に、さらに上を目指す。

 その上の部屋の様子を見て、私は自分の役割が間違っていなかったと確信した。


「この子達を守ることが、シルヴィと交わした約束だから」


 ふらつきながらも、部屋の中央で倒れている二人の下へと向かう。

 エミリちゃんもティファニーちゃんも、全身ボロボロで魔力も完全に尽きてしまっている。


 ……よっぽど、あなた達のお姉ちゃんに会いたくて必死だったのね。


 小さいながらも立派に頑張った二人を両腕で抱え上げ、最後の気力を振り絞りながら塔を下っていく。

 そんな私を、アザゼルは溜息交じりに笑った。


『ったくよぉ。エルちゃんがこんなにちびっ子に甘かったとは思わなかったぜ』


「奇遇ね。私も最近、初めて知ったわ」


『そんなにちびっ子が好きなら、孤児院でも開いてみたらどうだ? 金も場所も環境も、ミーシアちゃんが用意してくれんだろ』


「ふふ、それも悪くないかもしれないわね」


『おいおい、冗談だって。んなことされたら、オレ様が暇で暇で死んじまうよ!』


 情けない声を出すアザゼルに小さく笑いながら、ぐったりとしながらもどこかやり切った表情で眠っている二人を見る。


 こんなに小さな妹達に命を張らせているのだから、帰りたくないなんて言わせないわよ、シルヴィ。

 あなたの家族……私も含めて他の皆も、あなたの帰りを待っているのだから。


 そんなことを考えながら階段を降りていると、下の方から悲鳴に近い声を上げながら、フローリア様が駆け登ってくるのが見えて来たのだった。

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