936話 異世界人は終わらせる・後編 【レナ視点】
「……あんた、何やって」
メイナードは偽のあたしに体を貫かれたまま、くるくると回転しながら床に落ちて行く。
そして床に落下したメイナードは口から血を吐きだしながらも、偽のあたしの頭を鷲掴みにして、あたしに背を向けさせたままの状態で固定していた。
『早くしろ、小娘!!』
いつもと大きく異なり、全くの余裕の無ささえ感じられる鬼気迫った言い方に、あたしはハッとさせられた。
色々言いたいことはあるけど、今はメイナードが作ってくれたチャンスを逃さないようにしないと!
桃色の桜の花びらを、三角錐状にまとめ上げて狙いを定める。
まだメイナードは、偽のあたしをがっちりと捕えたままでいてくれている。
「今度こそ、これで終わりよ」
くるりと空中で前転をし、その三角錐の中に飛び込みながら必殺の蹴りを繰り出す。
「――降り注げ、桜吹雪ッ!!!」
『グッ!? ア、アアアアアアアアアアッ!!!』
偽のあたしの背中に突き刺さった桜吹雪達が、暴風と共に部屋中に舞い上がっていく。
それに合わせて、偽のあたしの黒い桜吹雪も舞い上がる。
黒と桃の桜吹雪で荒れ狂う中、所々にキラキラと光るものも舞っているのが見えた。
『あたしだって、シルヴィとずっと一緒にいたかった!』
「え……?」
突然聞こえて来た自分の声に、思わず偽のあたしを見る。
よく見るとあのキラキラは、偽のあたしの背中から飛び散っているみたいだった。
『今までずっと一緒に暮らしてきた、大切な家族なのに! それなのに、何で離れ離れにならないといけないの!?』
「これ……偽のあたしからじゃない。あのキラキラから……?」
偽のあたしは今もなお、あたしの攻撃を受け続けて苦痛に声を上げ続けている。
どういう原理かは分からないけど、何だか偽のあたしの心の声が、あのキラキラに乗って外に漏れだしているみたい。
『あたしだって、好きでこんなことしたい訳じゃないのに!!』
「じゃあ、何で!?」
『シルヴィがそうするしかないって!! シルヴィ自身がこれを望んでるんだから仕方ないでしょ!?』
悲痛なその叫びに、あたしは胸が痛くなる。
だけど、ここで引き下がったのが偽のあたし。
今のあたしは、そんなことを言われた程度じゃ引き下がらない!!
「だから何!? そんなの関係ないでしょ!!」
『関係なくないわよ!!』
「確かにシルヴィはそう思ってるかもしれない! だけど、あんたはどうなのよ!? あんたはどうしたいの!?」
『あたしはシルヴィといたかった!! いつかはお別れが来るかもしれないけど、その日まで一緒にいたかった!!』
「じゃあ、何でそれを言わないのよ!?」
『だってこれは、あたしのワガママだから!!』
そう。偽のあたしとの最大の差は、ここ。
おばあちゃん達に背中を押してもらえなかった、あたしの成れの果て。
今まで通り、自分を押し出せずに自分を諦めさせた、もう一人のあたし。
「ワガママだって、いいじゃない!! ワガママの何が悪いの!?」
聞き方によっては最低な主張をしたあたしに、キラキラと光る偽のあたしの心の声が押し黙った。
心なしかメイナードすらも、苦痛の中で呆れたような顔をしてるけど、あたしは無視して主張を続ける。
「今まであたしは、散々我慢し続けて来た! どんな嫌な役回りだって、手柄を横取りされた時だって!! あたしはこの先ずっと、我慢して生きていくんだって思ってた!! だけど、そんなの楽しくないじゃない!!」
『楽しい楽しくないで、そんなワガママが許される訳――』
「許されなくたっていい!!!」
正論を押し潰し、さらに続ける。
「ワガママを押し付けて、そこから相手と折り合いを付けて行けばいいじゃない!! それすらしないで諦めて、自分の主張を殺すのは逃げなのよ!! だからあたしは、もう逃げない!! どんなに避けられようとも、どんなに遠ざけられようとも! あたしはシルヴィの傍にい続けてやる!!!」
今の今まであたしに抵抗していた力が急に弱くなり、ぐぐっとその背中にめり込んでいく。
あと一息。そう感じたあたしに、偽のあたしはちょっとだけ顔を動かし、あたしに振り向いた。
『強いね、あんたは……。あたしも、そうなれたのかなぁ……』
「当然よ。だって、あたしじゃない」
呆れたように笑う偽のあたしに、あたしは優しく笑いかけた。
「迎えに行くわよ。あたし達のシルヴィを」
偽のあたしは心底嬉しそうに笑い、最後の抵抗をやめ――。
爆風と共に、偽のあたしは無数の光となって霧散していった。
ちょっと幻想的な光景に見惚れるのも束の間、あたしは慌ててメイナードに駆け寄る。
既にメイナードの下はかなりの血だまりができていて、メイナード自身の呼吸も浅くなっているように見える。
「メイナード!! しっかりしなさいよ!!」
『……この程度、どうということは……ゴフッ!!』
「バカ、喋らなくていいか――ら?」
メイナードを抱いて立ち上がろうとした瞬間、あたしの全身から力が抜け、血だまりの上でドチャっと倒れ込んでしまった。
嘘でしょ……? あたしも、もう動けないって言うの……?
身を起こそうとしても、腕どころか指一本すら動かせない。
さらに言えば、今までシルヴィのお菓子の効果か、あたしのアドレナリンで誤魔化せていたのか分からないけど、この戦闘で受けたダメージが倍以上になってあたしに襲い掛かって来てる。
だんだん呼吸するのすら苦しくなってくるし、視界もどんどんぼやけていく。
これ、ちょっとマジでやばいんじゃ……。
『レナ』
そんなことを考えていると、唐突にメイナードがあたしの名前を呼んだ。
今まで一回も、あたしの名前を呼んだことなんてなかったのに……と驚くあたしに、メイナードは続ける。
『お前も、随分と強くなったな』
「何よ、いきなり……」
『お前の偽物の攻撃をわざと受け、捕える予定だったが、想定以上の威力に我の守りがもたなかった』
「あれはだって、深度五の最大火力だから――」
『いや、あれはお前の可能性だ。お前も、その力を使い続ければいずれは……ゴホッ、ゴホッ!!』
メイナードが苦しそうに血を吐きだす。
口元の血を拭ってあげたいところだけど、あたしももう限界みたいだった。
「ありがとう、メイナード」
『あぁ……。手塩を掛けて鍛えたお前が、我を超えたことを最期に見れたのだ。先達として、思い残すことは無い』
「シルヴィはどうすんのよ」
『クク……。そうだな。主には悪いが、シリア様に託すとする。我は所詮、使い魔だからな』
そう言うとメイナードは、ぐったりとして動かなくなった。
そんな寂しいこと言うんじゃないわよ、全く。シルヴィが聞いたら泣くわよ?
そう言おうとしたけど、いよいよあたしも声すら発せなくなっていたらしく、抵抗も虚しく視界が閉ざされていく。
あーあ。せっかく偽のあたしの想いも背負って、シルヴィを迎えに行こうと思ったのになぁ。
結局、美味しい所はシリアに持ってかれちゃうんだから。
だけど、この塔で初めて会ったのがシリアだったんだし、迎えに来るのもシリアって言うのは、また綺麗な形なのかもしれないわね。
あとはお願いね、シリア。エミリ達と一緒に、シルヴィを迎えに行ってあげて。
あたし達はずっと、シルヴィの傍に――。
 




