13話 ご先祖様は慌てる(後編) 【レナ視点】
シリア達の解析が進むにつれて、薄っすらだけど中の様子が音声だけで確認できるようになった。
まだ断片的にしか分からないけど、どうもシルヴィっぽい声と男の人が言いあってるように聞こえる。
『…………です、そんなことされたら……!』
『おら、さっさと…………。さもねぇと……』
『わかり…………。うぅ……』
男がシルヴィに何かを強要しているっぽい。きっと下劣な奴に違いないわ。
兎人族の姿を取っているシルヴィは魔法が使えない以上、下手したら兎人族の子達よりも力が無いはず。そんな無力なシルヴィにあれこれいやらしいことを強要させて、悦に浸るようなクズ男の匂いがする。
聞こえてくるシルヴィの声にシリアも内心焦っているみたいで、エルフォニアと解析しながらも尻尾が落ち着かないようにあちこちに揺れていた。
「フローリアさん、お姉ちゃん大丈夫かなぁ……」
「大丈夫よエミリちゃん。でも、ちょ~っとこのまま耳を塞がせてね」
フローリア的にもあまりよろしくないと判断しているみたいで、まだ性についてよく分かっていないエミリの耳に入らないように塞いでくれている。まだ決まったわけじゃないけど、声の感じからそっちの可能性が高そうだもんね。
というか、シルヴィって確か十六年間ずっと塔の中で一人だったのよね?
シルヴィ自身、そういう知識ってあるのかしら……。あの子初心そうだし、こんな状況で毒牙に掛けられたら……。
い、いやいやいや! 何を考えてるのよあたしは!?
変な方向に行きそうになる思考を振り払って、シリア達の作業を見守る。
しばらくすると、だいぶ解析が進んだみたいで鮮明に聞こえるようになってきた。
『あぁ!? やめてください! それだけは、それだけは!!』
『へっへっへ……! そら、たんまり受け取りな!!』
『嫌です! 嫌ぁ!!』
『いい気味だぜ。おら、サボってねぇで動け!』
『酷いです……こんなのって、あんまりです…………。ぐすん』
振り払おうと頑張ってるけど、もうそっちの方にしか思えないやり取りに、あたしは悔しさで歯噛みした。シルヴィが、こんな形で襲われるなんて……!!
「シリア、まだなの!?」
『気持ちは分かるが、もう少し待つのじゃ……!』
シリアの声にも、若干の苛立ちが見え隠れしている。そりゃあ、一番気にかけてる訳だし、大事な娘みたいなものだから許せないわよね。
ずっと無言になっているフローリアを見ると、いつになく真剣な顔をしていた。いつものふにゃっとした脱力系のフローリアがこんな顔をするくらいには、やっぱりムカついてるんだと思う。
「……私のシルヴィちゃんに手を出すなんて許せないわ。シルヴィちゃんを食べていいのは私だけなのに」
前言撤回。やっぱりいつものフローリアだ。
こんな時でもブレないなぁと呆れていると、エルフォニアがちらりとあたし達を見ながら教えてくれた。
「もうすぐで中に入れるようになるわよ。いつでも突入できる準備はしておいて頂戴」
「言われなくっても、いつでもぶっ飛ばせるわよ。シルヴィをあんな目にした奴、絶対に許さないわ」
「血気盛んなのは良いことだけど、何事も表面だけで判断するのは危険よ? もう少し冷静に、状況把握をした方がいいと思うのだけれど」
意味深な言葉と共に瞳を細めるエルフォニアに疑問は感じるけど、それよりも早く中に入ってシルヴィに手を掛けた男をぶっ飛ばしたくて仕方がない。
はやる気持ちを抑えようと軽く準備運動をしていると、結界の一部が歪んでモヤが掛かったようになった。
『待たせた! いつでも行けるぞ!!』
「待ってましたぁ!!」
シリアの掛け声に応じ、あたしは先陣を切って扉へ駆け寄る。
よくあるドラマの演出だけど、一回やってみたかったドアキックをしながら中へ乗り込み、男をけん制するように言い放つ。
「動くんじゃないわ!! 大人しくシルヴィを解放して、あたしにぶっ飛ばされ――」
中の光景を見て、あたしは思わず言葉の続きを失ってしまった。
少し遅れて同じく飛び込んできたシリアが、シルヴィの安否を確かめようとして同じように固まった。
そんなあたし達の後ろから、エルフォニアが子どもを優しく叱る母親の声色でシルヴィに声を掛ける。
「遊び過ぎよシルヴィ。シリア様との約束では、夕飯までに戻るって話じゃなかったのかしら?」
驚いたような顔をしているシルヴィの手にはサイコロがあって、対面に座る男との間に広げられているのは、どう見ても大きめなすごろくゲームだった。




