933話 異世界人は仕留めきれない 【レナ視点】
思考が憎悪に飲み込まれそうになるのを必死に抑えながら、あたしは一気に距離を詰める。
体全身を使った回し蹴りが防がれ、足を掴まれて地面に叩きつけられた。
追撃で鳩尾狙いの拳が振り下ろされるのを、間一髪で転がることで躱し、反撃に転じる。
偽のあたしの首を両膝で挟み込み、さながらプロレス技みたいに床に叩きつける。
すると、偽のあたしは器用に体を捻り、足を大きく開いた回し蹴りを繰り出してきた。
残り十四秒。
一旦距離を取り、間髪入れずにもう一度仕掛けに行く。
同じく蹴りと見せかけたフェイントのパンチが的確に横頬を捉えた。
だけど偽のあたしはその場で踏ん張って見せ、強烈なボディブローを打ってくる。
流石に躱しきれず、直で貰ってしまったあたしの体が宙に浮いたところを、今度は背中に重たいかかと落としが繰り出された。
地面に叩きつけられ、空気と共に血を吐いたあたしは、追撃から逃れるために即座にその場から離れる。
残り十三秒。
今のはちょっとマズかったかも。たぶん、内臓のどこかがやられた気がする。
だけど今は気にしてられないから、根性でカバーするしかない。
全身強化の魔法を強めていたあたしに、偽のあたしが突撃してくる。
顔と見せかけて、本命は顎。ギリギリまで引き付けて、寸でのところで顔を動かして紙一重で躱す。
少し頬が裂けた気がするけど、そんなものは後回し! がら空きの胴、貰うわよ!!
さっきの仕返しにと、同じようにボディブローを叩きこむ。続けて左フックで顔面を捉え、偽のあたしの体が吹き飛んでいった。
残り十二秒。
あたしは分身を二体作り出し、一斉に仕掛けに行く。
口元を手の甲で拭っていた偽のあたしは、まずは正面に迫って来ていたあたしを迎撃する。
分身の攻撃を手早く捌き、こめかみを殴ってよろけさせたところを、さながら不良モノのマンガみたいな蹴りで吹き飛ばし、次へと振り向く。
あたしそんな品の無い攻撃したこと無いんだけど? とか思いつつも、一際魔力保有量の多い分身を作り出して、あたし自身に幻影の魔法を掛けて身を潜める。
残り十一秒。
偽のあたしは、高速で動き回る分身達に顔をしかめながらも、その最中に繰り出され続ける攻撃を上手く防いでいる。
両サイドからの蹴りやパンチなどを同時に捌くその姿は、さながら映画のワンシーンを見ているようにも思えて……いやいや、集中しろあたし! 偽物に出来るってことは、あたしにもできるんだから、終わったらいくらでも試せばいいじゃない!
残り十秒。
迅速に、かつ慎重に魔力を高め続けているあたしの視線の先で、偽のあたしが分身の攻撃を捌ききれず、背中に肘打ちをくらっていた。
一瞬のよろめきが命取りと言わんばかりに、分身達が猛攻を仕掛けていく。偽のあたしは一度崩れた体勢をなかなか立て直せないまま、苦しい防戦を強いられ始めている。
残り九秒。
だけどやられっぱなしなのが癪なのはあたしらしく、偽のあたしが自身を中心として、黒い桜の渦を巻き起こした。
たまらず後退する分身の一体が、最高速度で距離を詰めた偽のあたしにお腹を貫かれ、黒い桜の花びらとなって消えていく。
残りの一体に標的が向いたのを見計らって、あたしも動き出す。
エルフォニアを真似るようで凄く嫌だけど、実際にソラリアとの仮想狩りで有効だったこの手法……通用するといいんだけど。
残り八秒。
さっきまでの分身達とはやや動きを固くするように指示を出しているおかげで、偽のあたしの注意は完全に固定できているみたいだった。
拳同士、膝同士、時にはハイキックにハイキックで対抗する偽のあたし。その背後に回るあたし本体に、まだ気づいていない。
このやり方は一回限りの一発勝負。隙を逃したら二度と同じ手は通用しない。
残り七秒。
注意深く隙を伺い続けていると、偽のあたしが大ぶりな回し蹴りを繰り出した。だけど、分身はそれをがっちりと防ぎ、一瞬の硬直が生まれる。
やるならここしかない。行くわよ、レナ!!
「せやあっ!!!」
『えっ――』
同じように回し蹴りで側頭部を蹴りつけ、大きく体勢が崩れたところを、今度は分身と一緒に上空へと蹴り上げる。
それに続いてあたし達も飛び上がり、分身が偽のあたしを羽交い締めにするのを見ながら、トドメの一撃の体勢を取る。
残り六秒。
『ぐっ、放しなさいよ!!』
「放すわけ無いでしょうが!!」
あたしを中心に激しく渦巻いていた黒い桜吹雪が、三角錐状に形を整えていく。
中心部分が開いているそこに向けて、あたしは空中でくるりと前転をし、全てを右足に乗せて襲い掛かる。
残り五秒。
「これで終わりよ!! 降り注げ、墨染の夜桜ッ!!!」
ソラリアの神力による防護結界をも貫いた一撃が、偽のあたしに突き刺さる。
だけど偽のあたしも、ただやられるだけでは無かったらしく、黒い桜の花びらと魔力を一点に集中させて抵抗を試みていた。
『う、あああああああああっ!!!』
「貫けええええええええええっ!!!」
残り四秒。
遂に拮抗していたバランスが崩れ、あたしの攻撃が偽のあたしに炸裂する。
それはあたしの分身をも巻き込み、黒と桃色の桜による凄まじい花吹雪が部屋全体に広がっていった。
残り三秒。
床に着地し、肩で呼吸をしながら偽のあたしの様子を警戒する。
ほぼ魔力を使いきったことから、徐々にあたしの魔力反転状態が解けていくのを感じた。
残り二秒……一秒。
完全に魔力反転状態が解け、片膝立ちで警戒を続けていたあたしの視線の先で、ようやく爆発と桜吹雪が収まり始めていた。
その中に、偽のあたしがうつ伏せに倒れている。軽く魔力探知をしてみるけど、動きそうな気配は無い。
……良かった。制限時間内に終わらせられた。
安堵から小さく笑みが漏れ、全身の力が抜けそうになる。
だけど、瞬きをしようとしたあたしの目が、小さな異常をあたしに報せていた。
――もう十五秒経ってるのに、何であっちの反転状態が解けてないの?
それに気付いたと同時に、ほんの僅かに風を切る音を聞き取ったあたしは本当に偉いと思う。
じゃなかったら、確実に死んでいたから。
「あああああああああっ!!!」
回避が遅れ、背後から振り下ろされていたかかと落としに、左足が巻き込まれた。
床をゴロゴロと転がりながら距離を取り、激痛に顔をしかめながらも、あたしを襲った相手を睨みつける。
『……殺、ス。絶対ニ、殺ス』
そこには、憎悪に飲まれ切った偽のあたしが、お腹に開いている大きな穴をゆっくりと修復させながら立っていた。




