928話 義妹達は覚悟を固める 【シリア視点】
レナと別れ、上の階を目指して進んでいた妾達であったが、その足取りはあまり軽快では無かった。
と言うのも、シルヴィの歌声が鮮明になっていくにつれ、エミリとティファニーの顔が強張っておった。
これは妾の直感じゃが、恐らく次はエミリ達の番なのじゃろう。
それはエミリらも感じ取っていたらしく、顔どころか体全身も緊張しているようにも見える。
「……少し休むか?」
「ううん、大丈夫」
「そうか。じゃが、無理はするでないぞ」
妾の言葉に、エミリが小さく頷く。
その横で、同じように頷いたティファニーが申し訳なさそうに口を開いた。
「その、エミリもきっと怖いんだと思います」
「怖い、とな?」
「はい。これまでの皆様の偽物は、ほとんど全員が“お母様に迷惑を掛けている”と言った内容を口にしていました。それを一番痛感しているのは、エミリとティファニーなのだと思っています」
「……なるほどのぅ。お主らもまた、シルヴィの負担になっていると思っておったのか」
こくりと頷いたティファニーは、己のスカートをキュッと握りしめながら俯いた。
エミリも同様に俯くのを見た妾は足を止め、顎先を軽く摘まみながら思案する。
「確かに、お主らは他の皆に比べれば、シルヴィにべったりじゃったからな。そう思ってしまうのも無理はなかろう。じゃが、お主らの存在は本当に迷惑だったと、シルヴィの口から聞かされたことはあったか?」
「無い、と思う」
「ですがそれは、お母様が優しかったから口にしなかっただけでは」
「そこじゃよ」
ティファニーの言葉を遮るように、妾は続けた。
「あ奴は優しい。とにかく優しすぎる。それが故に、本心を話そうとせんことが多々ある。それはあ奴にとっての大きな課題じゃが、同時にあ奴の悪い癖を裏付けるものでもある。それが何か分かるか?」
「悪い癖……?」
「えっと、すぐ顔に出ちゃうこと?」
「くふふ! そうじゃ。あ奴は色々と考えがちじゃが、その内容がすぐ顔に出てしまう。それは良いことも悪いことも同様じゃ。嬉しいこと、楽しいことを考えていればすぐ笑みが漏れ、辛いことや苦しいことを考えていればすぐに顔を曇らせる。本心が見えずとも、これだけである程度は測れよう」
妾は塔の壁に背を預け、さらに続けてやる。
「して、お主らの話をしている際のあ奴の顔は、一度たりとも曇ったことが無かった。試しに数度、何もできぬエミリらの面倒を見たり、妾達の飯の支度をし続けるのは苦では無いのかと問いかけたこともあったが、そのいずれも同じ反応じゃった」
「教えてシリアちゃん。お姉ちゃんは、なんて言ってたの?」
エミリは、安心を得たいとばかりに妾の話に食いついてくる。
そんな反応に小さく笑いつつ、その頭を撫でてやった。
「“大変ではありますが、苦痛だと感じたことはありません。私にとって、あの子達はずっとそばにいて欲しい大切な子達なんです。あの二人が笑ってくれるのなら、難しく手間がかかる料理でも、毎日の掃除でも楽しくこなせます”だそうじゃ。だから安心するがよい。お主らの姉であり母であるシルヴィは、お主らを見限ることは万に一つもあり得んよ」
最も、フローリアやレナに至ってはそうとは限らんやも知れんがな! と付け足して笑い飛ばしてやると、二人は困ったように笑った。
その顔はシルヴィのそれによく似ていて、親子を感じさせるものじゃった。
「恐らくじゃが、この塔に出てくる己の姿を模した者は、己自身の最も後ろめたい部分を突いて攻撃してくるはずじゃ。お主らで言うなれば、シルヴィの負担にしかなっていないと思うところを狙って来るじゃろう。じゃが、これだけは忘れるでないぞ? どんな状況であろうとも、シルヴィがお主らを拒むはずがない、と」
「……うん。ありがとう、シリアちゃん。わたし、負けないよ」
「ティファニーも覚悟が決まりました。どんなに酷いことを言われようと、ティファニーはお母様を信じ続けます」
「うむうむ、その意気じゃ。では二人共、絶対に己に負けるでないぞ?」
「うん!」「はい!」
緊張もほぐれ、いつも通りの明るさを取り戻した二人にくふふと笑い、再度階段を先導していく。
重厚な扉を押し開くと、案の定エミリとティファニーの偽物が立っておった。
「ここは……絵画の部屋か。また随分と懐かしいのぅ」
「見て、シリアちゃん!」
エミリの指の示す先には、妾を抱いて泣きじゃくるシルヴィの姿が描かれておった。
あれは、この塔で初めて会った時のことか? ――いや、そうか。そういう部屋なのか。
「ここはシルヴィにとって、思い出が保存されている部屋じゃな」
『そう。ここはお姉ちゃんが楽しかったことや嬉しかったことを残してる部屋』
『お母様が辛かったことを思い出さないためのお部屋です』
「辛いことから目を背ける、か。それは逃避と言う物じゃ」
『逃げたっていいではありませんか。お母様は、もうたくさん辛い目に遭ったのです』
『これ以上、お姉ちゃんを苦しめちゃいけないの。だから、わたし達も会っちゃいけないの』
「そんなことない!!」
偽のエミリの言葉を、本物が真正面から切り返す。
まさか、それほどまでに強く切り返されると思っていなかったであろう偽物は、やや驚愕しながらエミリを見ていた。
「お姉ちゃんは、ずっとずっと、わたし達を大好きだって言ってくれてた! お姉ちゃんが大好きだって言ってくれてたんだから、わたし達がお姉ちゃんを苦しめるはずがない!!」
『それはわたし達の思い込みだよ。そう思っていて欲しいって、お姉ちゃんに押し付けてるだけで』
「それは違います!!」
今度はティファニーが、真っ向から言葉を叩き切った。
エミリの隣で拳を握り、二人の偽物に向かって反論を開始する。
「お母様は、本心からティファニー達を愛してくださっていました! そうでなかったら、毎朝あんなに早く起きて、毎日美味しいご飯を作って、お家を綺麗にして、お風呂上りに髪を丁寧に梳かしてくださったりしません!! お母様は、ティファニー達が大好きなんです!!」
「だからわたし達は、泣いてるお姉ちゃんの傍に行ってあげないといけないの! 邪魔をしないで!!」
エミリはそう言うと、神狼の姿へと変身して臨戦態勢を取り始める。
その隣で、ティファニーも周囲に花を咲かせ始め、魔力を高め始めた。
『シリアちゃん、行って! わたし達は大丈夫!』
「お母様を愛する気持ちを、ここで証明してみせます!」
「……くふふ! ならば任せるが、くれぐれも無茶はするでないぞ?」
『うん!』「はい!」
階段に向けて駆けだす妾に、二人が元気よく返事を返す。
そんな二人に、偽物達もまた臨戦態勢を取り始めていた。
『お姉ちゃんの迷惑になっちゃいけないんだよ! なんで分からないの!?』
『分からないのはそっちでしょ! お姉ちゃんの気持ちも知らないくせに、勝手に決めつけないで!!』
『分からず屋さんは、お仕置きです!』
「分からず屋さんはどっちですか!!」
やがて、エミリ達が戦闘を開始し、背後から大規模な魔力の激突を感じ取った。
二人を信じ、階段を駆け上った妾は、この先で待ち構えているであろう己の偽物と対峙すべく、重厚な扉を押し開けた瞬間――業火の炎弾が襲い掛かって来た。




