926話 暗影の魔女は問われる 【レナ視点】
さらに塔を上っていくと、また別の扉があたし達の前に立ち塞がっていた。
扉に罠が仕掛けられていないかと、念のために確認してくれていたシリアが、あたし達に振り返って念を押した。
「良いか? 誰が戦う手番になったとしても、その者を残して先に進め。それがシルヴィを連れ出すための最短ルートじゃ」
「分かってるわ。それが例え、エミリ達だったとしてもでしょ」
「うむ。エミリらも、それで構わんな?」
シリアに改めて問われたエミリ達が、やや緊張した面持ちで頷き返す。
「大丈夫。絶対に負けないよ」
「ティファニー達のことはお気になさらず、先に進んでください」
……ホント、すっかり頼もしくなっちゃって。
シルヴィが今のエミリ達を見たら、きっと少し寂しがるんだろうなぁ。
それはあたしだけが思っていた訳じゃなかったらしく、シリアはともかく、珍しくエルフォニアまで微笑ましそうにしていた。
「では行くぞ」
あたし達が頷き返したのを確認したシリアが、ゆっくりと扉を開いていく。
その扉の奥は、今までの部屋とは少し雰囲気が異なっていた。
「これは……書庫か?」
シリアの言う通り、そこはあたしの世界にもありそうな書庫のようだった。
唯一違うと言えば、塔の造りに従って円形であることと、普通の本より魔導書の方が多いってところかな?
「そう言えばシルヴィが、塔の中にあった書庫で独学で魔法を勉強していたって言ってたっけ」
「うむ。どうやらあの頃と同じ構造をしておるようじゃが……」
周囲を警戒しながらシリアがそう口にした次の瞬間。
後ろにいたエルフォニアが、あたし達を押し倒しながら短く叫んだ。
「伏せなさい!!」
「わっ!?」
突然の出来事に対応できず、びたんと床に体を打ち付けてしまう。
文句のひとつでも言ってやろうと顔を上げた先では、シリアが既に臨戦態勢を取っていた。
「……不意打ちとは随分とご挨拶では無いか。他の連中は行儀よく待っておったぞ?」
『悪いけれど、私はあなた達家族のように甘くは無いわ。殺せるタイミングがあるなら殺す。暗殺稼業に身を置いていたあなたなら分かるでしょう?』
この声は……エルフォニア?
ってことは、この階はエルフォニアが選ばれたってこと?
「あまりその話はしないで貰えるかしら。小さい子も聞いているわ」
『あら、随分と甘くなったものね。それはやはり、あの子と関わってからかしら?』
「どうかしら。少なくとも今は――」
エルフォニアの言葉が途中で切れたと思いきや、今度は少し離れた場所で剣戟音が聞こえて来た。
「殺すターゲットがいたとしても、時と場所くらいは弁えているつもりよ」
『……そう。なら、今ここがその時だと思い直すべきね』
そのまま数度、甲高い剣戟音が部屋の中に響き渡り、二人が距離を取ると同時に、部屋の中の様子が徐々に変わっていった。
これまでの広い石造りの空間には違いないんだけど、なんて言うか、他の部屋に比べてかなり暗くなってる。
まさしくアイツの縄張りって感じね……と警戒しながら壁際へと移動すると、エルフォニア(?)がおもむろに口を開いた。
『そもそも、あの子の心象世界に私がいるということに疑問は感じないのかしら』
その問いかけに、本人は何も答えようとしない。
エルフォニア本人からの反応が無いことに、偽物の方は知っていたとでも言わんばかりに言葉を続ける。
『えぇ、そうでしょうね。あなたは答えたくても答えられないわ。それはあなた自身が誰よりも分かっているもの。汚らわしい魔術師の血で染まったその両手で、純真無垢なあの子やエミリちゃん達に触れ続けていたあなたは、その罪悪感から逃れられない。違うかしら?』
その言葉に、エルフォニアは何も言い返さない。
だけど、アイツが剣を強く握りしめ直したことで、あたしはアイツがどう思っていたのかを察してしまった。
エルフォニアに声を掛けてあげたい。
でも、エルフォニアを深く知らないあたしが声を掛けたところで……。
そんな葛藤に苛まれていると。
「それ以上、エルフォニア様を悪く言わないでください!」
ティファニーの声が、部屋の中に凛と響き渡った。
エルフォニアを含めた全員の視線がティファニーに集まると、ティファニーは一歩前へ出て言葉を続ける。
「エルフォニア様が魔術師の方々と敵対していて、殺し合いをしていたことはティファニー達も知っています。それでもエルフォニア様は、ティファニー達を怖がらせないようにと優しく接してくださいました。そんな優しいエルフォニア様だから、お母様はエルフォニア様も家族同然であると考えていたはずです!」
「ティファニーちゃん……?」
思わぬ援護に、滅多に見ることの無い呆けた顔を浮かべるエルフォニア。
そこへ、エルフォニアから良くしてもらっていたもう一人が、ティファニーの隣に立ち並ぶ。
「エルフォニアさんは、怒ると怖いけどすっごく優しいんだよ。新しい魔法を覚えると褒めてくれるし、お姉ちゃん達がいない時はご飯も作ってくれるんだよ。お姉ちゃんみたいに凄いご飯じゃないけど、早く食べられて美味しいご飯なの。そんな優しいエルフォニアさんは、わたし達の家族なんだよ!」
「お主、妾達がいないところで餌付けをしておったのか?」
「……あとで弁明させてもらうわ」
あ、これマジなんだ。
嬉しそうなエミリ達とは対照的に、ほんのりと顔を赤らめてそっぽを向くエルフォニアに、シリアと共に小さく苦笑した。
「くふふ、なら話は早い。エミリらが懐くと言う事は、お主もまた根は清い者と言う事じゃ。例えその身が返り血で汚れていようとも、お主自身は汚れてはおらん。違うか、エルフォニアよ」
「本当にこの家族は、お人好しが多くて困るわね」
「それだけお主を買っていると言う事じゃよ。のぅ、レナ?」
「へ?」
いきなり話を振られて、つい変な声が出ちゃった。
あたしはコホンと咳払いをして、エルフォニアに言ってあげる。
「あたしはほら、知っての通り居候だからハッキリ言ってあげられないけど、あんたももう立派な家族の一員なんじゃないの? 結構入り浸ってるし、あたし達にも歴史とか教えてくれてるし? あたし自身も、割と感謝してるって言うか、その……」
「くはは! 何じゃレナよ、物を言う時はハッキリと言わんか!」
「あーもう! とにかく、勝手に一人で部外者感出してんじゃないわよ! あんたがいなくなると、シルヴィ達が悲しむでしょうが!!」
言いたいことがまとまらず、八つ当たりっぽい言い方になっちゃったけど、まぁ良いわよね。
気恥ずかしさからツーンと顔を背けたあたしに、エルフォニアは小さく笑う。
「そうね。レナは違うみたいだけれど、エミリちゃん達にとっては大切な家族として見てもらえて光栄だわ」
「はぁ!? あたしは別にそんなこと言ってないわよ!!」
「なら、家族の一員としてシルヴィを迎えに行っていいのかしら」
「……当然でしょ!! だから、さっさと倒して上に来なさいよね!」
あたしの言葉にエルフォニアは小さく笑い、剣を構えなおした。
「分かっているわ。あなた達は先に行きなさい」
「エルフォニアさん、負けないでね!」
「エルフォニア様! 頑張ってください!」
「ふふ。ありがとう、必ず追いついてみせるわ」
エルフォニアはそう笑い、シリアに小さく頷く。
それを合図に、シリアはあたし達を連れて上の階へと移動を始めた。
「……新しい家族が認めてくれた以上、恥を晒すことはできないわ。悪いけれど、私の私情より家族の幸せを優先させてもらうわよ」
『後悔することになるわよ』
二人のエルフォニアが剣身にオーラっぽいのを纏わせ、同時に激突する。
――負けんじゃないわよ、エルフォニア。
内心でエルフォニアを応援しつつ、あたし達はさらに上へと登っていった。
 




