923話 異世界人は言い返せない 【レナ視点】
あたしの隣にフローリアがいるのに、部屋の中にもフローリアがいる。
異常としか言えない状況だけど、シルヴィからの攻撃の可能性もあるから警戒しないと。
ドアの隙間から注意深く様子を見ていると、あたし達の気配を感じ取ったのか、部屋の中のフローリアがゆっくりとこちらに振り向き――少し残念そうな顔をしながら口を開いた。
『やっぱり来ちゃったのね、レナちゃん。みんなもいるんでしょ?』
「やばっ!」
咄嗟に隠れようとするけど、それをさせまいと扉が勝手に開いていき、微妙なポーズのまま姿を披露することになった。
そんなあたしを苦笑したフローリア(?)は、ポンポンと机を叩きながら言う。
『警戒しなくて大丈夫よ。少しお話しましょ?』
「……どうする、シリア?」
『今のところ、敵意は感じられぬ。周囲にも罠が仕掛けられている様子も無さそうじゃ』
「じゃあ」
話を聞いてみる? と言おうとした矢先、こっちのフローリアが部屋の中へと進んでいき、対面に座る形で腰を下ろした!
「ちょっ!? 何やってんのよあんた!?」
「何って、お話しよっかな~って思っただけよ?」
「ここはシルヴィの心の中なのよ!? 何があるか分からないから警戒しろって――」
「だからこそよ」
あたしの言葉を遮るように、フローリアが静かに言った。
「ここはシルヴィちゃんの心の中の世界。あの子が私達を拒み、心を閉ざした悲しい世界。それなのに、この世界には私がいる。それって変な話だと思わない?」
確かに、それはそうかもしれないけど……。
それでも警戒してしまうあたしに、フローリア(?)はクスクスと笑う。
『流石私ね~。よく分かってる♪』
「だって私だもの。何が言いたいのかくらいは分かるわ」
フローリア達は互いに笑いあい、同時にあたし達に顔を向けると、声を揃えて言った。
「「ほら、まずはお話だけでもしましょ?」」
うちのフローリアが言うなら大丈夫なのかもしれないけど、やっぱり何かありそうな気がする。
そう警戒していたけど、やがてシリアが溜息を吐いてそちらに向かっていってしまった。
「シリア!?」
「……こ奴らの言う通り、今は少しでもこの塔とシルヴィに関する情報が欲しい所じゃ。敵対するつもりがないと言うのであれば、話くらいしても問題は無いのじゃろう」
シリアはそう言うと、フローリアの隣に腰を下ろした。
それに続いてエミリとティファニーもテーブルへ向かっていき、空いている席に座ってしまう。
さらにエルフォニアまでその後に続いていくことに、あたしは驚きを隠せなかった。
ポツンと開いているフローリア(?)の隣を、二人のフローリアが指の背でコンコンと叩きながら催促してくる。
「「レナちゃん」」
「はぁ~……。分かったわよ」
あたしは観念して、その空いている席に着く。
いつ、何をされても構わないようにと全身強化だけはしておいたけど、隣に座ってもフローリア(?)が何かをしてくると言ったことは無かった。
あたしの頭上からシリアの前へと移動していくメイナードを微笑ましく見ていたフローリア(?)は、『さてさて』と話し始める。
『色々聞きたいことはあると思うんだけど、まずはやっぱり、シルヴィちゃんのことよね』
「うむ。シルヴィは本当にここにいるのじゃな?」
『いるわよ~。この塔の最上階、シルヴィちゃんがずっと寝泊まりしてたあのお部屋にいるわ』
「そうか。生きているのであれば、まずは言うことは無い」
「それじゃあ、何故フローリア様がもう一人いるのか教えてもらえるかしら」
エルフォニアからの質問に対し、フローリア(?)は顎先に指を当てながら答える。
『う~ん。ちょっと簡単には答えられないのよねぇ。あ、答えられないって訳じゃなくて、言葉にするのが難しいって意味ね?』
「別に構わないわ。こっちでまとめるから、好きに話して頂戴」
『うふふ! 流石はエルフォニアちゃんね~。それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな?』
仕草、口調、何もかもがフローリアそのままの反応に、あたしは若干モヤモヤを感じてしまう。
シルヴィは本当に、あたし達を拒んでるの?
何で本物のあたし達じゃなくて、偽物を傍に置こうとしてるの?
あたし達は、そんなに信用できなかったの?
そんな考えが顔に出てしまっていたのか、シリアがコツンと脛を軽く蹴って来た。
……そうよね。まずは話しを聞いて、どういう状況なのかを整理した上で、本人に問い詰めないと。
あたしが少し冷静になれたのを見計らったかのように、フローリア(?)が話し始めた。
『まず、私は本物じゃなくて作られた存在であることは、みんなも分かってると思うわ。それはそうよね、だってそっちに本物の私がいるんだもん』
「そうね~。実は私が偽物でしたっ! なんてドッキリは仕掛けてないから、私が本物ね」
『うんうん。で、どうして私が作られたかだけど、簡単に言うなら……そうね。この私は、絶対にシルヴィちゃんを怖がらないからかしら』
「シルヴィちゃんを怖がらない?」
偽物の言葉が分からないと言うように、本物のフローリアが首を傾げる。
あたし達も疑問を浮かべる中、一人だけ理解したような反応を見せたのは、まさかのメイナードだった。
『……そうか。主は孤高を恐れているのか』
『うふふっ、そう言う事。今のシルヴィちゃんは、紛れも無くこの世界の何よりも強いわ。それこそ、神様である私なんかよりもよっぽどね。だからこそ、あの子は怖いのよ。強くなり過ぎたことで、みんなに怖がられて距離を置かれちゃうんじゃないかって』
「そんなこと!」
「無い、と言えるのかしら」
あたしの反論に、エルフォニアが言葉を被せてくる。
「確かにシルヴィが自分の意思で、私達に危害を加えるといった可能性はゼロよ。だけど、それはあくまでも自分の意思でのこと。今回のように誰かに操られたり、それこそ模擬戦闘で力の加減を誤ったとなれば、その力の矛先が向けられるのは私たち自身。神さえ凌駕する彼女の力に、私達は一片たりとも怯えないという自負はあるのかしら」
「当然よ! だってあたしは」
シルヴィの友達で家族なのよ。
そう言おうとした口が、勝手に閉ざされてしまう。
さっきまでソラリアと戦っていた時に感じていた、街を軽く吹き飛ばせるほどのあの凄まじい力。
あれを振るっていたのがソラリアなだけであって、その力の本質はシルヴィ自身の物だった。
もし、シルヴィに【制約】が無くて、あの力を自由に使えたのだとしたら。
もし、またシルヴィとケンカをして家出された時、咄嗟にあの力を振るわれたら。
自分のやったことに動揺するシルヴィを見て、あたしは普通に接せるの?
今まで考えたことも無かったその状況に、あたしは意図せず俯いてしまう。
それはあたしだけじゃなかったらしく、他のみんなも似たような反応をしていた。
――ただ一人、シリアだけを除いて。




