922話 異世界人達は塔を上る 【レナ視点】
塔の中は、石造りであることも起因してるのか分からないけど、とにかく肌寒さを感じてしまうほどだった。
多分、季節的なのもあるんだと思うけど、一番大きいのはあまりにも質素すぎるこの玄関フロアと。
「これは……歌、かしら」
「お姉ちゃんの声だ……」
遠くから聞こえてくる、哀しみの色を強く含んでいるシルヴィの歌が、より一層肌寒さと心理的な寒気を誘ってる気がする。
歌詞もはっきりと聞き取れないほどか細いそれを聞いていると、何だかあたしまで気が滅入ってきそうになるくらいで、正直こんな歌をシルヴィに歌ってほしくないと思ってしまう。
「やっぱりシルヴィは、本当に自分の意思でここにいるのね」
「うむ……。大神様の質の悪い冗談だと信じたい気持ちではあったが、こうして直面すると、最早認めざるを得んな」
「お母様……」
エミリとティファニーが、今にも泣き出しそうな顔を浮かべながら俯いてしまう。
そんな二人をそっと抱き寄せたフローリアは、落ち着かせるようにと優しい声色で宥めてくれた。
「大丈夫よ~。シルヴィちゃんはきっと、色々なことがあったから受け止めきれてないんだと思うわ。どんなことがあって泣いてるのか、どんな物を見てここに閉じこもっちゃったのかは、シルヴィちゃんにしか分からない。だからこそ、私達がシルヴィちゃんの辛かった話を聞いてあげましょ。ね?」
「うん。わたし、お姉ちゃんといっぱいお話したい。お姉ちゃんが泣いてるなら、傍にいてあげたいよ」
「ティファニーもです。今まで沢山優しくしてくださったお母様に、今度はティファニー達が優しくする番です」
「ふふっ、良い子達ね~。それじゃ、早速シルヴィちゃんを探しに登ってみましょうか」
エミリ達の頭を撫でたフローリアは、二人を先導するように階段へと向かっていく。
何だかんだ言って、こういうところはしっかり女神っぽいことをしてくれるのよね。普段は全く頼りにならないけど、ここぞって時は頼れるから評価に困るわ。
そう考えていたのはあたしだけじゃなかったらしく、シリアも困ったように苦笑している。
「普段からほんの少しでも、あの姿を出せば良い物を」
「でもまぁ、フローリアらしいって言えばらしいわよね」
「うむ、ほんに分からん奴じゃよ。……さて、妾達も行くかの」
フローリア達に続いて階段を上り始めるシリアの後を、あたしとエルフォニアが続いていく。
ゆっくりと螺旋階段を上がっていくにつれて、シルヴィが歌っているメロディだけじゃなく、ようやくちょっとした単語が拾えるようになってきた。
だけど、その単語を聞き取ったあたしは、さらに気が滅入ってしまいそうだった。
「……必要とされていない、か。そんなの、あたしだってそうよ」
「あの子に比べたら、あなたは余計にそうかもしれないわね」
「この状況でケンカ売ってるなら買うけど?」
「ふふ。冗談はさておき、必要とされていないとあの子が感じていたのは少し意外だわ」
エルフォニアの言う通り、あたしもシルヴィがそう感じていたとは考えにくいのよね。
森では毎日客足が途切れないほどに忙しそうにしてたし、街に出ればポーションだなんだと商売の話になるし、家の中では家事全般を買ってくれてた訳だし、どう考えても必要性しか感じられないもん。
「じゃが、あ奴が口にしている“必要とされない”と言うのは、恐らくは別の意味なのじゃろうよ」
「どういうこと?」
シリアはあたし達に振り向かず、どこか申し訳なさそうにしながら言葉を続ける。
「シルヴィはこの塔で十と四年の生を過ごし、人や世界との触れ合いに飢えていた。そのシルヴィを連れ出したまでは良かったのじゃが、人との触れ合い方を知らぬあ奴は、人に求められることを率先して行うようになっておった。今思えば、あの時に強く言っておけばこうはならなかったのやも知れん」
それを聞いて、何となく分かったような気がした。
「求められてるのは個人じゃなくて、役割をこなせるシルヴィだったって思っちゃったのね」
「うむ。お主とフローリアのような間柄は、シルヴィには無い。強いて言うならばエミリとティファニーが該当するのやも知れんが、あれもまた、シルヴィにとっては庇護対象であるのじゃろう」
個人は見ず、その人がもたらす利益を重視した利害関係。
あたしの世界だと結構当たり前の関係性だけど、人間関係構築が初めてだったシルヴィにとっては、かなり辛かったんじゃないのかな。
あたしももっと、シルヴィに歩み寄れてたら……。
そんなことを考えてしまい、自責の念に駆られそうになっていると、螺旋階段の先でフローリア達が立ち止まっているのが見えた。
「何やってるのフローリア? 中に入らないの?」
「うーん、入ろうかとも思うんだけど……」
煮え切らない返事をするフローリアに疑問を覚えながら、少しだけ開いている扉の隙間から中を覗き込むと――。
「何で、フローリアがいるの?」
リビングと思わしき部屋の中で、静かに座っているフローリアの姿があった。




