919話 夢幻の女神討伐戦・8 【レナ視点】
闇と墨色の桜の奔流が消えた頃には、ソラリアの巨大化も解けていて、泥と血に塗れたソラリアがぐったりと倒れていた。
その隣には、ソラリアの胸元に付いていたあの赤い宝石が転がっているのを見つけたあたしは、急いで回収のために駆け寄る。
「シルヴィ!!」
宝石の中で眠っているシルヴィに声を掛けてみるけど、中のシルヴィはピクリとも反応を示さない。
何度か強めに叩いてみても、鉱石独特の硬さが手に伝わるだけで、中には全く伝わってる気配が無かった。
「それなら……!」
あたしは憎悪の力を右の拳に集中させ、思いっきり殴りつけた。
だけど、宝石の表面に触れた瞬間に力が霧散してしまい、素手で殴ることになったあたしは、地面をのたうち回ることになった。
「あ~~~~~~っ!!! いった!! いったあああああああああ!!!」
「ちょっと! 何やってるのレナちゃん!? 骨折しちゃうわよ!?」
「違うの! わざとじゃなくて、あたしの力が無効化されたの!!」
「何じゃと!?」
あたしとフローリアのやり取りを聞いていたシリアが駆け寄り、杖先と自分の指の背でコンコンと宝石の表面を叩いて確かめる。
やがてシリアは顎先を摘まみながら考え始めたかと思いきや。
「……下がっておれ、二人共」
杖先に高密度の魔力が籠った炎弾を作り始めた!
「きゃあ!? シリアあなた、まさかと思うけど、この宝石を魔法で吹き飛ばすつもり!? 中のシルヴィちゃんも丸焦げになっちゃうわよ!!」
「阿呆。この程度で中まで燃えるようならば、レナの一撃でとっくに砕け散っておるわ。早うどけ」
フローリアはあたしをひょいと抱き上げ、その場から離れる。
あたし達が離れたことを確認したシリアは、小さく魔法を詠唱し、さらに勢い良く燃え上がったそれを躊躇なく宝石に差し向けた。
爆発音と共に、煌々と燃え上がる炎の内側を注意深く観察していたけど、宝石からはヒビ割れの音もしなければ、端から欠片が崩れ落ちるなんてことすらなかった。
それどころか、シリアが放った炎の勢いがどんどん弱まっていっていて、十秒もしない内にその火は完全に消えてしまった。
「なるほどのぅ。物理、魔法、共に完全に無効化か。ソラリアめ、随分と手の込んだ牢を作り上げたものじゃな」
シリアが忌々しそうに睨みつける先には、スピカ達が入念に蔦で縛り上げたソラリアがいる。
セリに手を治してもらったあたしが向かうよりも先に、騎士団長さんがツカツカと歩み寄り、前髪を掴み上げながら呼びかけた。
「起きなさい、ソラリア。このまま寝たふりを続けるのであれば、この首を斬り落としますよ?」
騎士団長さんは脅しでは無いと言わんばかりに首元に剣を当て、薄皮を浅く切る。
だけどソラリアは目を覚ます気配は無く、小さく溜息を吐いた騎士団長さんが、剣の柄でドスッとソラリアのお腹を突いた。
それにすら反応を示さないソラリアに、騎士団長さんは背を向ける。
「ダメですね。これは当分、目を覚まさないでしょう」
「そうか。ソラリアを叩き起こせれば早かったのじゃが、これはちと手が掛かるやも知れんな。お主らは先に休んでおれ。ここは妾だけでよい」
シリアは宝石の構造を解析するために、そのばにしゃがみ込んで魔法陣とマジックウィンドウを沢山表示させ始めた。
今のあたしに出来ることは無いし、少し休ませてもらおうかな。
あたし達はセリを始めとした後方支援部隊の下へ向かい、怪我の手当と共に、消耗した魔力の補充をさせてもらうことにした。
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しばらく休んで戻って来たはいいけど、シリアの様子は芳しくなかった。
「シリア、どう?」
「……ダメじゃ。妾にも原理が分からぬ」
どうやら、魔法や魔道具、神力に精通しているシリアでも分からなかったみたいで、展開されたマジックウィンドウには、目が滑りそうなほどの文字が羅列していた。
その事実はまだ幼いエミリ達でも理解できてしまったらしく。
「お姉ちゃん、やだよ……。起きてよ、ここから出てきてよぉ……!」
「お母様! お願いですから、ティファニー達を置いていかないでください!!」
エミリとティファニーが、赤い宝石に抱き着きながら泣き始めた。
二人がわんわんと泣く声を聞きながら、これ以上無いくらいにきつく拘束されているソラリアを見る。
アイツを叩き起こせれば早かったんだけど、騎士団長さんですら起こせなかった以上、多分普通にやっても起きないんだと思う。
完全に手詰まり。せっかくみんな、死力を尽くして取り返したって言うのに、こんな終わり方ってあんまりだわ……。
続けてあたしは、【運命の女神】スティアに言われたことを思い返す。
あたし達が神託を受けた際に言われたことは、まずは十二月の決戦でわざと負けること。
そして、シルヴィをソラリアに渡し、三月の最終決戦でソラリアの暴走を止めて、シルヴィを取り返すこと。
世界を終焉から救うために、最終的にもシルヴィを犠牲にしないといけなかったなんて、そんなことは言われてなかった。
あの時に決まっていた運命が、何か大きく変わっていたりしたのかな。
あたし達は、何か選択を間違えたのかな……。
悔しさに歯噛みしながら、拳を固く握りしめる。
すると、重々しい雰囲気に包まれ始めていた場所に、一人の男性の声が響いた。
「よくぞ、ソラリアを討ち取りましたね」
 




