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11話 魔女様は窮地に陥る

急遽、兎人族としてお店の手伝いをすることになったシルヴィ。

奮闘する彼女に、招かれざる客が牙を剥きます……。

 やや駆け足で向かったせいで息が上がってしまいましたが、裏口前で呼吸を整えてチョーカーを首に付け、兎人族の姿になって中へ入ります。倉庫の中で手早く着替えを済ませ、てんやわんやになり始めていた店内から手伝うことにしました。


「お待たせいたしました。お会計の方、私がお伺いします」


「うおっ、魔女様!? なんで魔女様が!?」


「少し事情があるのです。それより、後が詰まっていますのでお会計を」


「お、お願いします……」


 レジ前にできていた列を捌き切り、今度は出来上がった料理を各テーブルへと運びます。こちらも人手が足りていなかったようで、お酒が回ってやや気が大きくなっていた獣人の方が、近くにいた子に苛立ちを見せています。


「俺の酒とポテトが来ないじゃねえかよー! 結構待ってるぞ!?」


「ひぅっ、ごめんなさ……!」


「すみません、大変お待たせいたしました。こちらがご注文の葡萄酒と、山盛りポテトフライです」


「おう、遅ぇじゃねぇか……って魔女様!? な、なんで!?」


「色々と事情がありまして。それよりも、彼女達も精一杯やっていますので大目に見てあげてください」


「は、はい……」


 少し大人しくなった様子の男性に料理を提供し、他の席へと向かいます。皆さん一様に私の登場に驚いていましたが、「よく分からないけど魔女様が言うなら仕方ない」と納得してくださいました。

 あまり魔女であることを盾に言いたくはないのですが、今日ばかりは自分に敬意を払ってくださっていることに感謝しながら使わせていただきます。


「お待たせいたしました。こちら、お肉ごろごろミートスパゲティとハイエルフの力作サラダ、そして異国の乾杯酒になります」


 店内の隅で待たせてしまっていた料理を並べてお客様へ笑顔を向けると、フード下の仮面越しに見つめ返されました。体格的に村の獣人の方ではなさそうですし、ハイエルフ特有の甘い香りもしないのでどちらでも無さそうです。もしかして、私達以外にも森の中に住んでいる方がいらっしゃったのでしょうか。


 あまり見てしまうのも失礼ですし、食事の邪魔にもなるので私は一礼だけ残して、その場を立ち去ることにします。


 その後もテキパキと人手不足の穴を埋めながら立ち回り、合間合間で担当の人数の確認をしたり、人数の再編成をしたりとしてる内に、あっという間に閉店時間となりました。


 上機嫌で去っていく森の皆さんを笑顔で見送り、片づけを始めようとしたところで、先ほどのフードの方がまだ残っていたことに気が付きました。


 配膳役の子が近くに行き、「すみませんー、そろそろ閉店なので……」と声を掛けると、初めてそのフードの方が口を開きました。


「……街を捨ててどこへ逃げたかと思えば、こんなところで酒場を開いていたとはな」


「えっ?」


 困惑する姿を気にする素振りもなく立ち上がると、その子の首元を腕で抱き寄せるように捕まえました。


「きゃっ!?」


「レイラちゃん!!」


「随分と探したぞ、兎人族……。我が街で庇護を受けながらも、戦が起きると我先にと逃げ出した恩知らず共め!」


 その男性は怒りを露わにしながら、自分の姿を隠していたフードと仮面を脱ぎ捨てました。その下にあったのは、人でも獣人でもない、全く見たことが無い姿です。

 黒い短髪の横には羊のような角と、エルフの方と同じような長い耳。日に焼けたような肌を持つ顔は、鋭く射貫くような赤い瞳と口元の牙があり、刺々しい服装も相まって恐怖感を煽るような印象を受けます。


 得体の知れない威圧感を感じ、首のチョーカーを外そうとした私に、その人は鋭く言葉を飛ばします。


「おっと、そこの見知らぬ兎人族。変な動きをするなよ? お前が動けば俺はこいつを即座に殺す」


「ひっ!!」


 彼は自身の爪を鋭く伸ばし、レイラさんの首元に添えました。その爪先が柔らかな首に若干刺さり、血が滲んでしまっています。私が動けば殺すと言うのは、脅しでも何でもなく本気のようです。


 魔女の力を使えない以上、私は彼女達と同じかそれ以下の力しかありません。悔しさで歯噛みしながらも、チョーカーから手を離して彼を睨みます。


「ほぅ、この俺の姿に怯えるどころか敵意を見せて来るとはな? お前、名は?」


「……答えたら、レイラさんを放してくださいますか?」


「調子に乗るなよ? お前が答えないならこいつを痛めつけて言わせるだけだ」


 さらに腕で首を絞められ、声にならない悲鳴を上げる彼女を見てられず、私は名乗ることにします。


「……シルヴィです」


「シルヴィ? 兎人族らしくねぇ名前だな。随分と発育もいいようだが、混血種か?」


「だとしたら、何だと言うのですか」


「くっくっく。いいなお前、その物怖じしない根性は嫌いじゃない。だが、精一杯の強がりだというのはバレバレだぜ?」


 彼の爪先が私の手を示します。視線を向けると、私の意志とは反して小刻みに震えてしまっていました。

 手を背中に隠し、彼の言う通りの精一杯の強がりを振り絞って、真っ直ぐに視線を返します。


「はっはははは! 面白ぇ、面白ぇよお前! こいつらが逃げたせいで娯楽が減って鬱憤が溜まってたが、回収ついでにいい玩具を持ち帰れそうだ!」


 そう笑う彼は、天井に向かって腕を持ち上げると、早口で何か魔法を唱えました。今の体では魔力の感知能力も下がっているようで、彼が何の魔法を使ったのかが分かりません。

 彼は口の端を吊り上げ、私を指さしながら言い放ちました。


「気に入った! お前、俺とゲームをしようぜ。お前が勝てば、こいつら全員見逃してやるよ。だが、俺が勝ったら――」


 舌なめずりをし、全身で嫌悪感を感じさせる笑みを浮かべながら、彼は続けます。


「お前ら全員俺の領地へ連れ帰った上で、たっぷり可愛がってやるよ」


 身の毛がよだつ感覚に襲われながらも、私の後ろで怯えている子達を庇うように隠します。

 彼は今、俺の領地に連れ帰ると言いました。ということは、彼が兎人族の皆さんが庇護を受けていたという、魔族領の領主なのでしょう。


 今の私は完全な無力。それでも、この挑発からは逃げられないようです。


「……分かりました。私が勝ったら、この子達には二度と手出しをしないと約束してください」


「ああ、約束してやるとも。だが、お前が勝てたらの話だがな?」


 初めて相対する魔族。どのようなゲームを持ちかけられるのか全く分かりませんが、私自身も賭けの対象になっている以上、絶対に負けられません……!

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