914話 夢幻の女神討伐戦・3 【レナ視点】
防護結界を割られ、体がくの字になるほどの蹴りを受けたのが余程ムカついたのか、本体のターゲットがシリア達からあたしに切り替わった。
「ふざけんじゃないわよ、クソガキがぁ!! そんなに死にたいなら、お前から斬り刻んでやるわよ!!」
「はっ! そんな大振りの攻撃なんか当たらないわよ! 悔しかったらあたしの速さに追いついてみなさいよ!!」
普段のサイズの攻撃だったらまだしも、巨大化したことで全ての動きが遅くなっているソラリアは全く脅威じゃない。
落雷の合間を縫って接近し、全力の一撃を入れては離れ、大鎌の攻撃を誘導して再度接近する。
完全にヒットアンドアウェイに徹して攻撃を繰り返すあたしに、ソラリアが次第に苛立ち始めていた。
「このクソガキ!!! いいわ、ならこれでどうかしら!?」
ソラリアが両腕を大きく開くと、アイツの背後から黒紫色の鎖が無数に伸びて来た。
あの感じ、たぶんシルヴィが使う“万象を捕らえる戒めの槍”と同じだわ。
あれに捕まったが最後、何もできなくなって殺される。それだけは絶対に何とかしないと!
どこまで伸びるか分からないけど、とりあえず射程限界があるかを確かめるために、全速力で離れながら周囲を飛び回る。
だけどやっぱりどこまででも伸ばせるらしく、鎖はあたしを追いかけ続けてきていた。
ならしょうがないわ。捕まらないように迎撃あるのみ!!
「はっ! やぁ!! せい! もう一丁!!」
限界まで速度を上げ、鎖に捕まらないように身を捻りながら迎撃していく。
でもこれ、キリが無いわ! 無限に増え続けてる気がする!
「レナ様、後ろ!!」
「えっ――うわあああああああっ!?」
ティファニーの叫びに気づいた時には、背後から音も無く伸びてきていた鎖に足を取られていた。
あたしを掴んだ鎖は、勢いよくあたしを振り回し、そのまま地面に叩きつける。
「がっ…………はっ!!」
灰の中の空気が全て押し出され、体全身がミシミシッと嫌な音を立てながら軋む。
その激痛に悶える暇も無く、他の鎖があたしの手足を縛り上げ、あっという間にあたしは大の字に拘束されてしまった。
「げっほ、げほ……! フローリア!!」
時を止めて助けてもらえないかと声を上げてみる。
しかし、あたしの視界の先ではフローリア自身も同じように縛り上げられてしまっているのが見えた。
それはフローリアだけではなく、エミリやティファニーまでもが同じように縛られている。
「あっははははははは!! 誰が早いですってぇ!? もう一遍、言ってみなさいよ花園 恋奈ぁぁぁぁぁ!!!」
狂気に歪んだ笑みを浮かべたソラリアが、あたしに向かって大鎌を振り下ろしてくる。
まずい、まずいまずいまずいまずいまずい!! 何か、何かできることは!?
全身の魔力を使って筋力を引き上げようとすればするほど、鎖に力が奪われていく。拘束力、弱体化の性能、その何もかもがシルヴィの魔法そのものだった。
ガチャガチャと鎖を鳴らすしかできないあたしに、大鎌がどんどん迫ってくる。
このままじゃあたし、本当に――!!
「目を瞑るな、レナ殿。前だけを見ていろ」
どこからか、渋い男性の声が聞こえて来たと思った瞬間。
あたしを縛り上げていた鎖は粉々に砕け、ソラリアの大鎌は大きく離れた場所に突き立てられていた。
今、何が……と困惑するあたしに、いつの間にかあたしの前に立っていた裃姿の男性が振り向く。
幕末の武士が好むような黒いちょっとしたポニーテールに、右頬に残る刀傷。
壮年のその横顔は、今まで見てきた中でもダントツに渋いおじ様であり、あたしの記憶の中の人物と合致する。
「マガミさん!!」
「応とも! 神住島領主、マガミ=ショウイチロウ――遅ればせながら助太刀に来た!!」
半身を起こしながら歓喜するあたしに、マガミさんがにぃっと笑って見せる。
そんな彼に、またしても無数の鎖が伸びてきていた。
「マガミさん、鎖が!!」
「なに、この程度なら案ずることはない」
マガミさんはそう言うと、腰を低く下ろし、大河ドラマとかで見るような居合の構えを取った。
そして静かに、ただ一言だけ発すると。
「マガミ流、閃技――爆蘭」
一瞬だけ僅かに鍔鳴りが聞こえたと思ったら、周囲に伸びてきていた鎖が粉々に砕けていた。
「……何、今の」
「これか? これはマガミ流の技のひとつだ。レナ殿は打撃技を好むと聞いたが、剣技も悪くないだろう?」
「いやいやいや、今の剣技って領域超えてるでしょ!? 何で“万象を捕らえる戒めの槍”を斬れるの――」
そう言いかけたあたしは、マガミさん達と会った夏の出来事を思い出した。
そうだ。確かマガミさんの使う刀って、神様の力を断ち切ることができる凄いやつだったっけ!?
「ははは! 思い出してもらえたようで何よりだ! だが、何もこの刀だからという訳では無いぞ?」
マガミさんは空の一点を指さしながら言う。
その指先に釣られるように視線を上げると、フローリア達の鎖を粉々に斬り割いていたシューちゃんの姿があった。
「シューちゃんも斬れるの!?」
「あぁ。彼女の剣もまた、神々に対抗できる力を持った剣だからな。そして同じマガミ流を会得している者と来れば、俺と同じことは容易にできる」
マガミ流って何なの……?
困惑していたのはあたしだけじゃないらしく、鎖を斬られたソラリア自身もまた、大きく困惑していた。
「何なのよあんた達……? なんで、この鎖を斬れるのよ!?」
その問いに、マガミさんの隣に降り立ったシューちゃんが答える。
「ウチらはな? 神様に愛してもらえへんかった者同士、ただただ研鑽を積んできたんや。その剣技がようやっと、神様の喉元まで届くようになったっちゅうだけの話やわぁ。な、ショウイチロウ?」
「その通りだ、シュー。俺達には、ただこれさえあればいい」
刀の柄を握りながら言うマガミさんに応じるように、シューちゃんが背中合わせで剣を構える。
「ソラリア様。かつては貴殿と共に、時の牢獄とやらから抜け出すために手を取り合った仲だ。俺とて、好き好んで斬りたいとは思わん。だがな、世界を滅ぼそうとするのであれば話は別だ。貴殿が悪神と堕ちるのならば、俺は悪鬼とも修羅ともなろう」
そして二人は、声を揃えてソラリアに言った。
「マガミ流の剣技、とくと味わってもらおうか」
「マガミ流の剣技、たっぷりと味おうてもらおか」
 




