912話 夢幻の女神討伐戦・1 【レナ視点】
「嘘、でしょ……? 何よ、これ……!?」
さっきまでみんなが戦ってたはずの王都が、一瞬で消し飛んだ。
あたし達が攻めていたはずの塔も、シリアが防護陣を張ったところ以外は消滅している。
そしてその中心には、まるでウル〇ラマンぐらいのサイズにまで巨大化しているソラリアがいた。
呆然とあたし達が見上げる中、総長さんが慄いた。
「これが、神の本気という訳か……」
「いや、いくら神と言えども、あれほどまでの力は行使できん。恐らくは、シルヴィを利用した力の増幅なのじゃろう」
「シルヴィ……。そうだ、シルヴィは!? 王城にいたみんなはどうなったの!?」
「レナちゃん! あそこに!!」
フローリアが指で示す先には、ソラリアのネックレスがあった。
そこにあしらわれている赤い宝石に目を凝らしてみると、その中にシルヴィが囚われているのが分かった。
「アイツ……!!」
「待てレナ! あれを見よ!」
今度はシリアが、空を杖先で指し示す。
そちらへ視線を向けると、ふらふらと不安定ながらも、こっちに向かって飛んできている黒い何かが見えた。
あれはもしかして……メイナード!?
「あ奴が落下する前に受け止めるぞ! トゥナ、手を貸せ!」
「はい!」
総長さんとシリアが杖をかざし、メイナードの方向へ光の橋を作る。
それに気付いたらしいメイナードは、高度を調整してその橋に胴体を乗せると、滑り台を降りてくるかのように滑走してきた。
あいつが自力で飛べなくなるくらいになるなんて……と、見守っていると、その背中に何人か乗っていることに気が付いた。
「エミリ! ティファニー!」
「っ! レナ様ー!!」
「レナちゃん! エルフォニアさんを助けて!!」
倒壊寸前の塔の上に辿り着いたメイナードの上で、エミリ達が鬼気迫った声でそう叫ぶ。
メイナード自身も、自慢の燐光も出せず全身がボロボロだけど、その背中で倒れているエルフォニアはもっと悲惨だった。
メイナード同様に全身がボロボロになっていて、腹部は縦に穴が開いている。
この傷の形から、何かに突きさされたって感じだと思うけど、考えられるとしたらソラリアのあの鎌よね。
「シリア様! ティファニーでは血を止めるしかできなくて……!!」
「よくぞ頑張ったな、ティファニー。トゥナ、セリを呼べ! その間、妾が応急手当はしておく!!」
「はい、お願いします先生!! ……嘘だろ、ウィズナビが使えないぞ!?」
「何じゃと!?」
治癒魔法を使い始めたシリアに、総長さんがウィズナビを見せる。
あたしもつられるように自分のウィズナビを取り出してみると、いつもなら電波マークが立っているところに“圏外”と書かれていた。
シリアはハッとした様子でポケットから何かの魔道具を取り出し、それを操作しようと試みていたけど、どうやらそっちも起動しなかったらしい。
「先の魔力爆発で、魔道具は全てイカれておるのか……。すまぬが、セリを探してきてくれ。作戦通りなら王都の噴水エリアを拠点にしていたはずじゃ」
「分かりました。行くぞ、ヘルガ」
「おう!」
総長さんと副総長さんが、塔から飛び降りていく。
今の指示が出される間、いつの間にか二人をあやしてくれていたらしいフローリアが、優しい声で二人に訊ねた。
「エミリちゃん、ティファニーちゃん。一体、王城で何があったのか教えてくれるかしら?」
「うん。あのね……」
エミリのたどたどし説明を要約すると、だいたいこんな感じだった。
玉座の間で国王と王妃を倒したまでは順調だったけど、そこにエルフォニアの姿を模したソラリアが現れ、玉座の間に呼び出された本物のシルヴィの目の前でその二人の首を刎ねたらしい。
そのショックでシルヴィの魔力が暴走し始め、咄嗟にエルフォニアがメイナードの背中に自分達を乗せて逃げ出してくれなかったら、あの光の爆発に巻き込まれていた、と。
そして、逃げ出したまでは良かったけど、光の爆発から守ってくれていたはずのエルフォニアが、突然背後に現れたソラリアの不意打ちで刺されてしまい、逃げようとしたメイナードもさっきの爆発で本調子では無かったらしく、被弾が多くなって落ちる寸前だったらしい。
その説明を受けたフローリアは、二人をきゅっと抱きしめると、今度はメイナードの傍にしゃがみ込み、優しく顔を撫でた。
「みんなをここまで連れてきてくれて、ありがとうね。メイナードくん」
『勿体ない、お言葉です』
「ふふっ、あなたはいつだって立派ね。シルヴィちゃんの騎士でもあるけど、同時にエミリちゃん達を守るお父さんも担ってくれてるんだから」
その言葉にメイナードは何も返さず、ただ静かに瞳を閉じる。
そのまま死ぬんじゃないわよね? と一瞬焦りそうになったけど、寝ることで体力を回復させようとしていたと気づき、ちょっとだけ安心した。
そんな安堵を覚えるのも束の間。巨大なソラリアに動きがあった。
「総員、警戒しなさい! ソラリアが何かを仕掛けてきます!!」
騎士団長さんの鋭い指示が飛び、全員の意識がそちらへと向く。
ソラリアは大ぶりな動きで、あたし達がいる塔に向かって大鎌を振りかざそうとしていた!
今から魔力を反転させるには時間が足りない。
でも、逃げたらシリアとエルフォニアが危ない。
イチかバチか。やってみるしかない。
決意を固めて前に出ようとしたあたしを、騎士団長さんが腕で制する。
「あなたはこの作戦の要です。無駄な力の消費は抑えなさい」
「でもっ!」
あたしの反論に、騎士団長さんは小さく振り向く。
「私は【氷牢の魔女】ラティスです。【始原の魔女】と謳われるこの私を、あまり侮らないでください」
騎士団長さんはそう言うと、タンッと床を蹴って飛び上がる。
そして、足元に水色の魔法陣を展開すると、周囲の空気を凍てつかせながら魔力を高めていく。
「我が名はラティス=イレーニア。【始原の魔女】の一人であり、イースベリカを守護せし者。我が魔力を喰らい、仇敵を裁く剣と成せ――零刃ラーグルフ!!」
詠唱が完了すると、騎士団長さんの身長とほぼ変わらない氷の大剣が出現した。
それを斜めに構えると同時に、ソラリアが振るう凶刃がラーグルフに激突する。
「うっ……! ぐ、うううううううううううう!!!」
こっちまで吹き飛ばされそうな衝撃に耐えながら、騎士団長さんは足場のない空中で踏ん張り続ける。
「騎士団長さん!!」
「ここは、私が防いで見せます!! あなた達は、本体に向かいなさい!! 早く!!!」
剣をさらに斜めに構え、刀身を滑らせながら大鎌を受け流す。
しかしその直後に、もう一度と言わんばかりに大鎌が叩きつけられた。
いつもクールで、静かにシリアを手のひらで転がせるほどの人が怒鳴るように指示を出してくる。
それは、余裕なんてひとかけらも無いことを表すのと共に、それほどまでにあの一撃が凄まじいものであることを伝えるには十分すぎた。
「……っ! 行くわよフローリア!! エミリ達も戦えるならお願い!!」
「分かった!」「はいっ!」
「なら二人には、浮遊の魔法を使ってあげるわ!」
フローリアが指先をくるりと回し、エミリ達の体に魔法を掛ける。
その場を軽く跳ね、本当に飛べることに歓喜したのも束の間、エミリは即座に狼の姿に変身し、ティファニーがその背中に飛び乗った。
「いつでも行けます!!」
『行こう、レナちゃん! フローリアさん!!』
「えぇ、行くわよみんな! 絶対に、シルヴィを取り返すんだから!!」
「頼んだぞお主達! 妾達もすぐに駆け付ける!」
騎士団長さんが再度大鎌を受け流したのを見計らい、あたし達は同時に飛び出した。
 




