910話 幽閉の塔攻略戦・2 【シリア視点】
もう何体目とも分からぬソラリアを屠り、再び上の階へと急ぐ。
いやはや、シルヴィに力を制限されて数を増やせんようになったとは言え、まだこれほどの数が残っていたとはな。
あ奴の一時的な覚醒が無ければどうなっていたことやら……と、シルヴィの功績に溜息交じりに賞賛を送っていると、後方から情けの無い声が聞こえて来た。
「シ~リア~……。私、もうへとへとよ~……」
「何を抜かしておる。まだ始まってニ十分も経っておらんじゃろう」
「それはそうだけどぉ……」
フローリアの阿呆が弱音を吐き、壁に手を付けて呼吸を整えていた。
こ奴はほんに、体力が無いな。下手すれば、シルヴィよりも体力が無いのではないか?
日々、無駄飯を喰らい、贅肉を蓄え続けていたからそうなるのじゃ。と呆れ、妾はフローリアに言った。
「他の者を見てみよ。疲労のひの字も見せておらんぞ?」
「え~? そんなことないわよきっと! ね、レナちゃん? 疲れたわよね?」
「何であたしに振るのよ。……まぁ、疲れてないって言えば嘘になるけど、まだまだ戦えるわ」
「ほら、疲れてるって! 地球から帰って来たばかりの女の子に、こんな無理をさせるの?」
「貴様、己が休みたいがために他者を利用するなど、卑怯だとは思わんのか」
とことんクズじゃな。
じゃが、やや手強い相手に連戦を強いられている現状、当てもなく倒し続けるよりも、一度策を練った方がいいのやも知れぬ。
「……ならば、一度下へ戻るぞ。この阿呆に付き合うつもりは無いが、このまま闇雲に登り続けるだけが正解とも思えん。作戦会議がてら、小休憩とする」
「やったぁ! さっすがシリア、分かってるぅ~!」
「貴様のためだとは言っておらんじゃろうが! ほれ、分かったらさっさと降りよ! ……何じゃラティス、何がおかしい」
「いえ、あなたも何だかんだ甘いのですねと思っただけです」
「やめよやめよ。妾の威厳が損なわれるであろう」
「私は初めから、あなたに威厳など無いと思っていましたが?」
「何じゃと貴様。親しき中にも礼儀ありという言葉を、身に刻まれたいのか?」
「おや、友と酒は古い方がいいという言葉を聞いたことが無いのですか? そんなもの、今さらでしょう」
「阿呆。多少なりとも礼儀はあって然るべきじゃ。ほれ、行くぞ」
ほんにこ奴を前にするとペースが乱されて敵わん。
まぁラティスの言う通り、今さら礼儀なぞ求めんし、互いに貶しあえる気心の知れた仲ではあるのじゃが。
ラティスもそうじゃが、レオノーラやトゥナと言った、妾の生前の頃からの付き合いの連中と、いつかはゆっくりと酒でも飲み交わして話したいものじゃ。
そのためにも、さっさとこの塔に隠れているソラリアを見つけ出して仕置きをくれてやらんとな。
そんなことを考えながらひとつ前のフロアへと戻り、適当に椅子と茶を用意してやる。
存外、他の者も疲弊していたらしく、「どっこいしょー!」と腰を下ろしたヘルガの隣でトゥナが苦笑していたり、腰を下ろした瞬間に疲労の色を見せたレナをフローリアが抱いていた。
最近の若いのはスタミナが無いのぅ。と苦笑し、妾自身も椅子に腰かけて、水筒から茶を注いでいると、ヘルガが天井を見上げながら言った。
「しっかし、こんな構造に作り変えられてるとはなぁ……。外から見たら、ただの五階建てくらいの塔だったのにな」
「それだけ相手が強大だということだ。何せ、相手は【夢幻の女神】だ。この他にも何が仕掛けられているか分かったものでは無い」
「例えば、隣にいるお前自身が幻だったりしてな? ――いっでぇ!!」
トゥナが言葉も発さずに、ヘルガの足を強く踏み抜いた。
あ奴らも気が付けば喧嘩をしておるな。聞いた話では、トゥナとヘルガはかつては恋仲であったそうじゃが、男同士となった今でもそれは変わっておらんのかもしれんな。
恋愛も男女だけに縛られず、自由な形となっていることに関心を覚えていると、我が家の阿呆が口を開いた。
「でもさぁ、こんなに同じようなフロアが続いていると、このフロア自体に仕掛けがありそうな気がしちゃうわよね」
「って言うと?」
「ほら、ソラリアって【夢幻】を操れるじゃない? だから、やろうと思えば私達に夢や幻を見せ続けて、永遠と同じとこを攻略させ続けることもできちゃうのかなーって」
「あー、あり得なくもないわよね。実際どうなのシリア? なんかそれっぽい仕掛けってあるの?」
「いや、それは既に確認済みじゃ。このフロア、ひいてはこの塔の空間こそ歪められてはいるが、どれもが幻などではない」
「そっか。ま、そう簡単に魔法で解除できたら苦労はしないわよね」
「え~? でもこれだけ大きいんだから、何かきっと仕掛けがあると思うのよ~!」
「その何かが分からないんじゃ、探しようもないでしょうが」
「う~ん……。レナちゃん分かったりしない? ほら、こういうのってあっちの世界だとゲームになってたりするでしょ?」
「まぁ、ループ系は絶対何かしらギミックがあったりするものだけど、これが本当にループしてるのかもわからないでしょ?」
そう言いながらレナは、小さく開いている窓を指で示す。
確かに様変わりしないフロアが続いているとなると、ループに囚われている可能性を疑いたくはなるが、外の景色が若干ではあるが下に下がっている。となるとやはり、塔内部が細分化されていると考えるべき――。
いや、待てよ?
そう言えば以前、シルヴィが神住島でソラリアと共闘したと口にしておったな。
その中で、ソラリアは一日が永遠とループし続けていることをシルヴィに報せていた。
あのループ自体は、レナの“この楽しい日がずっと続いて、シルヴィが休めればいいのに”という願いに起因し、シルヴィとソラリアの力が共鳴した結果、フローリアの力が具現化したという話じゃった。
大幅に時を巻き戻すという行為はフローリアにしか成せん芸当じゃが、それを夢に落とし込むことができるのだとすればどうじゃ?
「……そうか、これは盲点じゃった!」
勢いよく立ち上がった妾に、全員が驚く。
そのまま杖を取り出した妾に、レナが慌てたように訊ねて来た。
「な、何!? どうしたのシリア!?」
「この状況を打破する方法が分かった。皆、衝撃に備えよ」
「え!? 何、全く分からないんだけど!?」
「ちょっとちょっと! 何で詠唱を始めてるの!? それって空間爆発系よね!? それも、私達まで巻き込まれるやつ!!」
「……なるほど、そういうことですか」
「おいおい、どういう事だよラティスさん。何であんたまでラーグルフを出してるんだ?」
妾の隣でラーグルフを地面に突き立て、魔力を高め始めるラティスに、ヘルガとトゥナも困惑し始める。
「くふふ! 流石は妾の良き友じゃ。この仕掛けが如何なるものか、理解できたようじゃのう?」
「えぇ。ですが、この推測が正しければ、私達は大変危険な状況にあるはずです」
「うむ。故に急がねばならん。妾に合わせよ、ラティス」
「いつでもどうぞ、シリア」
「皆、ちと痛いやも知れんが防がずにその身で受けよ! デモリッション・ノヴァ!!」
「シルバーヘイル・ワールド!!」
ラティスの放った極寒の魔法が妾達を凍てつかせ、その直後に妾の空間爆発魔法が炸裂する。
それは凍り付いた妾達を粉々にするにはあまりにも十分すぎる火力で――。
「あら、ようやくお目覚めかしら。子羊さん?」
次に目を開けた時。
地に伏していた妾の視界に入って来たのは、木箱の上で膝を組み、楽し気に笑っているソラリアの姿だった。
 




