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908話 王城攻落戦・5 【エルフォニア視点】

 空間を爆破させると言う魔術は、大して珍しいものでもない。

 魔女で言いかえれば、火属性の中級魔法を操る程度の技術力に過ぎないのだから。

 だけどその火力は魔法よりも低く、命中精度も粗い。


 その代わりに、大気の魔素を転換して行使するという特性から、ほぼ無限に撃ち続けることができる。


 進行方向上の空気が圧縮される気配を感じ取り、右斜め前方へと回避する。

 その直後に左側の空間が爆発し、若干の熱が私の肌に伝わってきた。


「今のを躱すか。素晴らしい反応速度だな」


「生憎、魔術師の相手は慣れているのよ」


「ほう?」


 一気に距離を詰め、剣を振るうも、その攻撃は見覚えのある結界によって阻まれる。

 私が今まで、一度も割ることができなかったシルヴィの防護結界だ。


「その剣が私に届くことは無い。これが、我らグランディア王家を守護する○○○○様の御業(みわざ)だ」


「それがソラリアの力ですって?」


「そうだ。それと――」


 偽の国王が言葉を切った瞬間、背後からほんの僅かに甲高い音が聞こえた。

 攻撃を止めて姿を影に溶かすと同時に、私のいた場所が爆発した。

 距離を取った場所で再度姿を現したところを、プラーナが使っていたあの光線で狙われ、剣の腹でそれを受け流す。


「神の名を呼び捨てにするのは不敬だと知れ」


「……悪いけど、自分の信仰していない神にまで敬意を払えるほど人間ができていないのよ」


「ふっ。愚かだな」


 四方八方から連続で撃ち込まれる光線を全て弾き、攻撃が収まったところを狙って剣を飛ばす。

 しかし、案の定それはシルヴィの防護結界によって阻まれてしまった。


 このままだと埒が明かないわね。

 まだ完全にモノに出来てないけれども、この一週間で形にはなったアレを使うしかないかしら。


 横目でエミリちゃん達の方を確認すると、メイナードが単騎で王妃とやり合いつつ、二人が対処しきれない攻撃を器用に捌いていた。

 本当に、口だけではないと言う事ね。大した強さだわ。


 そんなことを考えていると、一瞬彼と目が合った気がした。

 彼の瞳は、『その程度か』と語っているようにも見え、私を挑発しているようにも見える。


 ……そうね。出し惜しみは時間の無駄だわ。


 再度死角を狙って放たれる光線を弾き、限定的に悪魔化の力を解放する。

 刀身に禍々しい魔力が宿ったのを見た国王が眉をひそめた。


「何だその力は」


「あなたの言う、神様の力の反対に位置する力よ」


「訳の分からないことを」


 国王が大きく手を薙ぎ払い、私の周囲に爆発と光線が放たれる。

 影の中に姿を消し、国王の背後に回り込んだ私を防ぐべく、彼が防護結界を展開させた。


「無駄だと言っているだろう」


「本当にそうかしらね」


 私が振り抜いた剣は防護結界を切り裂き、こちらに向かって突き出していた彼の右腕をも切り裂いた。


「なっ……」


 腕の先が切断されたこと、絶対と過信していた防護結界が破られたことに驚愕の色を浮かべているところ悪いけれど、いつまでも構ってあげられるほど時間も無いのよ。


「終わりよ。シルヴィはいただいていくわ」


 剣を正面に構え、国王の胸を突き刺そうとした瞬間。

 脳裏にシルヴィ(あの子)の言葉が浮かび上がり、体の動きを止めてしまう。

 ……本当に、私も甘くなったものね。


「ごっ……!!」


 国王の眼前に右手をかざし、ゼロ距離で初級魔法――ダークブラストを放つ。

 その直撃を受けた国王は壁まで勢い良く吹き飛んでいき、全身を強く打ち付けて失神した。


 さて、次は――と振り向いた私に、血相を変えた王妃が飛び掛かって来ていた。


「よくも!! よくもあの人を殺したわね!?」


「殺し合いを望んだのは国王陛下の方よ。邪魔をしないなら見逃すと伝えたはずだわ」


「黙りなさい!! このっ!!」


 ……王妃の方は、魔術の扱いがそれほど長けていない設定なのかしら。

 申し訳程度に放たれる炎弾や雷閃を軽く捌き、剣の峰で側頭部を強打する。

 身体的な強化もしていなかったらしい王妃は、それだけで白目を剥いて床に崩れ落ちた。


「お母様!? お母様ぁ!!」


 即座に偽のシルヴィが駆け寄り、昏倒した自分の母親を強く揺すりながら泣き崩れる。

 戦闘が中断されたエミリちゃん達がこちらへ合流し、四対一の状況で見下ろし続けていると、やがて偽のシルヴィが強い憎悪に染まった瞳をこちらに向けて来た。


「あなた達は最低です。私達が、一体何をしたと言うのですか。ここまでしなければならない理由がどこにあると言うのですか」


 その言葉に返答しそうになるけれど、これはソラリアの罠。

 シルヴィという外見で油断させて、さっきの師匠のように洗脳してくるという下衆(げす)の手法だわ。


 悪いわね。と内心であの子に謝りつつ、泣きながら睨みつけてくる偽のシルヴィに剣を向けた瞬間、強い魔力の反応を感じ取った。

 この魔力、間違いないわ。親玉の登場という訳ね。


「二人共、今すぐ下がりなさい!」


 防御のために剣を正面で構え、エミリちゃん達が下がったと同時に、私の刀身に凄まじい強さの衝撃が伝わって来た。

 それがつい数秒前まで泣いていたシルヴィから放たれたものだと理解するのは、彼女が大きく振り払っていた腕の動きだけで十分だった。


「嫌だわ~。こんな健気なお姫様の言葉に、耳も貸そうとしないなんて。あんたは王女様の友達だって思ってたけど、案外薄情なのね」


「友達? 笑わせないで貰えるかしら。そう思ってるのはあの子だけよ」


「あはっ! 本人が聞いたら泣くわよ~? 【暗影の魔女】様?」


 シルヴィだった物がそう笑い、ゆらりと立ち上がる。

 その姿は徐々に変わっていき、あろうことか私の姿を模し始めた。


「……人の姿を真似るのが趣味なのかしら。良い趣味とは言えないわね」


「これも夢幻の力の一種なの。どう? よくできているでしょう?」


 声色まで真似てくるソラリアに不快感を感じ、即座に剣を振り抜く。

 しかし、それは全く同じ形状の剣に容易く阻まれてしまった。


「短気は損気と言うでしょう? もう少し話しましょうよ」


「生憎だけれど、お前と交わす言葉は持ち合わせていないのよ」


 そのまま数度切り結び、お互いに距離を取ったところでソラリアが口を開く。


「残念だわ。ま、ちょっとした時間稼ぎのつもりだったから構わないんだけど」


「どういうことかしら」


「はい、後ろにご注目くださ~い」


 パチン、と指を鳴らして後ろを指さすソラリアに、視線が誘導される。

 そこには、ひとりでに開いた扉の前で立ち尽くしている本物のシルヴィがいた。


「お姉ちゃん!?」「お母様!?」


「あの、ここは……え?」


 自分に何が起きているのか分かっていないのか。それとも、たった今目を覚ましたばかりなのか。

 呆然とするシルヴィの登場に困惑していると、微弱な魔力の動きを感じ取った。

 正面へ視線を戻すと、そこには気を失い脱力している、国王と王妃が強制的に立たされていた。


「お父様、お母様? あの、これはどういう……」


「さぁ、刮目なさい王女様。こいつらは、この日のために用意しておいたんだから!」


「っ!? やめ――」


 ソラリアがやろうとしていることに気が付くも、時は既に遅かった。

 私の姿のまま剣を振り抜いたソラリアは、シルヴィが見ている前で、二人の首を刎ね飛ばしたのだった。


「……え?」


 ゴン、ゴンと転がる首と、噴水のように吹き上がる血。

 それを見たシルヴィが困惑する声を上げているけれど、それを理解するまでに数秒も掛からなかった。


「あ、あぁ……ああああああぁ……!」


 顔色を青ざめさせ、膝から崩れ落ちるシルヴィ。

 それに呼応するように、彼女の魔力が爆発的に高まっていくのを感じた私は、即座に行動に移していた。


「メイナード!!」


『分かっている! 乗れ!!』


「わっ!?」「きゃあ!!」


 突然の出来事に呆然としていた二人を抱えて、メイナードの背に飛び乗る。

 そのまま窓ガラスを突き破って外へと逃げ出した瞬間。



 王城が光の奔流で爆発し、光の柱が天を貫こうとしていた。

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