905話 王城攻落戦・2 【エルフォニア視点】
王都の大通りを駆け抜けながら周囲を確認していたけれども、ミナからの連絡通り既にルート確保は済んでいて、今は残った敵勢力との交戦をしつつ、王都内の制圧を進めているようだった。
既にシルヴィの防護結界によって退路は塞がれている状態ではあるものの、逆を返せば、その結界がある間は第三勢力などの余計な妨害はされないということ。
シルヴィ本体の奪還さえ成し遂げられれば、あの結界も解除され、私達が撤退することも容易となる。
……とは言っても、最終目的がソラリアによって歪められた世界を元の形に戻すことだから、撤退のことを考えても仕方が無いのかもしれないわね。
そんなことを考えていると、あっという間に王城へと到着し、既に先行していた魔術師達によって撃破された兵達があちこちに転がされていた。
それなりに負傷はあるものの、命までは奪っていないあたり、アイツらにも殺す以外のやり方があったのだと思うと同時に、何故ネイヴァール領を攻めた時はそれをしなかったのかと怒りを覚えそうになる。
今は作戦だけに集中するのよ、と何度も自分に言い聞かせながら王城内へと突入し、事前に受け取っていた王城内の見取り図を参考に駆け上がっていくと、その異変はすぐに起きた。
「あぁ? ここ、さっきも通った道だよな?」
『すんすん……。うん、この道からティファニーの匂いがするよ』
「エミリ!? 何故ティファニーの匂いで判断するのですか!?」
『え? だってティファニーが走った後って、すっごいいい匂いがするんだよ?』
「やめてください! 何だか恥ずかしいです!!」
エミリちゃんの上で、両頬を押さえながら恥じらい始めるティファニーちゃん。
何とも気が緩みそうな光景だけれども、エミリちゃんが狼では無くて犬に思えてきそうになるわね。
「どうだ、エル。お前から見て、ここの構造はどうなってると思う?」
「そうね……。見取り図は頭に入っているから間違いは無かったはずよ。それなのに、同じ道を走っているのだとすれば、【夢幻】を司るソラリアの罠に外ならないわ」
「あぁ、そうだな。となれば、どこかにこれを突破するための仕掛けがあるか、この術式を保持している何かがいるはずだが」
師匠がそう言った次の瞬間、廊下の壁を破壊しながら巨大な死神が飛び出してきた。
それも、大量の死神を従えながらと言うオマケ付きで。
「おーおー、こいつは随分と派手な歓迎じゃねぇか」
「探す手間が省けたわね」
「うっし、さっさと片付けるぞ! 亜人軍は雑魚共を頼む! あのデカブツはあたしとエルでやる!」
「いくぞ妹殿! 私達に続いてくれ!!」
『分かった!』「承知いたしました!」
即座に二手に別れ、巨大な死神を引き連れて奥へと向かう。
走りながらエミリちゃん達のフォローをどうするか考え始めた矢先、視界の端で濃紺色の燐光を纏わせながら、シルヴィの使い魔であるカースド・イーグルがボソリと私に言った。
『エミリ達の面倒は引き受ける。お前はソレを倒せ』
……随分と手厚いフォローだわ。彼を寄こしているのなら、最初からそう言って欲しかったわね。
シリア様に苦笑しながら、やや開けた中ホールまで誘導した私達は、同じ獲物を構えながら背中を合わせた。
「さーて、どっからでも掛かって来いよ死神さんよ!! どっちが死神か、身を以て教えてやろうじゃねぇの!!」
「デザインだけなら、向こうが上ね」
「見た目なんてどうだっていいんだよ! それともあれか? あたしにあの恰好をしてほしいのか?」
「してくれても構わないわ。私は興味ないけれど」
「チッ、本当に面白くない女だなお前――はっ!!」
話を遮るように、挑発された死神の大鎌が横薙ぎに振るわれる。
師匠は上へ、私は下へと躱し、そのまま反撃に転じる。
私とお揃いの影の剣を両手に持ち、体の回転を加えながら斬りかかる師匠を受け止めた巨体の背後に回り、がら空きの背中に向けて剣を振るう。
しかし、思いの外大きさに見合わない俊敏さを持っているらしく、師匠を跳ねのけて流れるように迎撃されてしまった。
「へぇ、やるじゃないの! だったらこいつはどうだ!? ――アサシネイト・ブレード!!」
飛ばされた勢いを利用し、師匠が双剣から剣閃を二つ放つ。
それに合わせて、私自身も三日月を描くような剣閃を放つと、死神はゆらりと姿を消し、正反対の位置から放たれたそれらがぶつかって消滅した。
「おいエル! 技を打つ時は掛け声を入れろって言ってんだろ!?」
「発声した後、敵に読まれるのを防ぎたいのよ。あと詠唱や技名を口に出すのは恥ずかしいわ」
「なーに言ってんだバカ弟子が! わざわざ口に出して気合いを入れるって行為が分からないのかね!?」
などと意味の分からない力説をしながらも、師匠は背後を取ろうとしていた死神にカウンターの一撃を叩きこんだ。
よろけ、離脱しようとした死神の影を縫い留め、その移動を封じる。その好機を逃さず、師匠がより一層強い魔力を帯びさせながら斬りかかった。
「そぉら!! クロスクリーパー!!」
勢いよく振り下ろされた両刃が、死神の胴をX字に切り裂く。
死神が大きく咆哮しながら、斬られた傷跡から黒いモヤを流出させた。
死神を模した召喚獣でも、痛みの概念はあるのかしら。などとくだらない観察をしていると、師匠から「エル!!」と鋭く名前を呼ばれた。
直後に感じた魔力の高まりに、その場から大きく後退すると、死神の姿が黒い炎に包まれて燃え上がり始める。
「自爆、という訳では無さそうね」
「どっちかっつーと、進化だろうな」
「死神の次は何になるのかしら」
「閻魔様とかか?」
剣を構えなおして注意深く観察していると、その炎の内側の姿が徐々に小さくなっていき、やがて見覚えのあるシルエットへと変化していく。
そのシルエットは鎌を大きく横に薙ぎ、進化が完了したと言わんばかりに私達の前に姿を見せた。
「ほーん。どうやら死神は、進化するとソラリアになるらしいぜ?」
「悪趣味ね」
「ならこっちも、獲物を変えるとするか。――来い、黒刀ミッドナイト!!」
師匠の両手の剣が姿を変え、漆黒色の二振りの刀へと変化する。
その刀身からは、強い闇属性の力が溢れ出している。
そこまで威圧することは無いんじゃないかしら、と見つめていると、師匠は顔で「お前は?」と尋ねてきていた。
……あまり口にしたくはないのだけれど、師匠に細工をされている以上、銘を読まないといけないのよね。
「出でよ、暗影の剣。――影刃、ナイトメア」
私の詠唱に応じ、足元の影からずるりと大剣がせり上がってくる。
その柄を掴み、刀身を斜めに振り払うと、私を中心に暴力的な魔力の渦が広がっていった。
影刃ナイトメア。闇属性の魔女の中でも、特に指折りの者にしか扱えない古代兵器のひとつ。
これを抜いたのはいつ以来かしら。もしかすると、シルヴィと戦った時以来かもしれないわね。
「よしよし、錆びてないようで安心したぞ」
「古代兵器が錆びることなんて無いでしょう」
「あぁ? 返り血を放っておいたら流石に錆びるだろ」
それは初耳だわ。手入れなんて一回もしたことが無いけれど、切れ味は落ちてないのかしら。
そんな心配をし始めた私へ、ソラリアを模した死神が突っ込んでくる。
「よし、行くぞエル! たまには派手にぶっ放そうじゃないか!!」
「……そうね。切れ味の確認はしておきたいわ」
師匠、私、ソラリア。
全員の獲物が一気に激突し、ホール内のガラスが吹き飛ぶほどの衝撃波が発生した。
 




