904話 王城攻落戦・1 【エルフォニア視点】
「……ミナから連絡があったわ。大通りを経由して王城へ向かえるそうよ」
そのほかにも若干気になることを口にしていたけれども、その部分は省いて要点のみ伝える。
それを聞いたネフェリ=グラゼイヤこと師匠は、待っていたと言わんばかりに自身の左手に拳を打ち付けた。
「うっし! それじゃああたし達の番だ! 魔王様やシューがきっちり五分で終わらせたんだ、あたし達がミスする訳にはいかねぇぞ!!」
「うん! お姉ちゃんを助けるために頑張るよ!!」
「頑張りましょう、エミリ!!」
「「えい、えい、おー!!」」
エミリちゃんとティファニーちゃんが仲良く拳を握り、空へと突き上げる。
この子達は本当に、見ているだけで微笑ましいわね。本当ならこんな戦場には来させたくなかったけれども、ここまで連れてきてしまったからには、可能な限り守りながら進まないといけないわ。
「そう気負わないでくれ、エルフォニア殿」
「……私のどこが、気負っているように見えたのかしら」
「どこが、か。私の勘違いなら詫びるが、どうにも妹殿達のことを気に掛けているようだったからな。もしかしたら、魔女殿に無事に会わせるためにも自分が守ろうと考えていたのではないかと思ったんだ」
このエルフ、かなりの洞察力ね。
数回しか話した記憶は無いはずだし、私が名前を覚えていないくらいには興味の無い人物だったけれども、少し評価を改める必要があるかしら。
そんなことを考えていると、私達の話が聞こえていたらしいエミリちゃん達が駆け寄って来て、私に抗議をし始めた。
「心配しないでエルフォニアさん! わたし達、結構戦えるんだよ?」
「そうですエルフォニア様! 自分の身は自分で守る。それがシリア様からの教えですので、どうかティファニー達のことはお気になさらずに、作戦にだけ集中してください!」
「……な? この子達は、貴殿が思う以上に強く逞しい。だからエルフォニア殿も、エルフォニア殿にしかできない務めを果たしてくれないか?」
私にしかできない務め。
それは、万が一シルヴィと敵対した場合に無力化させること。
そのためにはアイツと協力しなければならないと言う話だったけれど。
自分でも自覚ができるほどに、少し先で待機している魔術師の長――プラーナ=ルクスリアを睨みつける。
秘匿の魔術のボスであり、私達から父を、領土を奪った側の魔術師。
今は協力関係にあるからと手を出さないように言いつけられているけれども、この作戦の行動次第では即座に斬り捨てる容易だってある。
私はお前を、絶対に赦しはしない。仲間だとはひと欠片も思わない。
コイツを赦せば、私の今までの人生が無駄になってしまう。私だけではなく、ミーシアの努力も無駄になる。そんなことになるくらいなら、自分の首を切った方がマシだわ。
そう考えていたことで殺意が漏れたのか、プラーナがこちらに気が付いた。
アイツは今日も目を開けないまま、何を考えているか分からない表情でこちらを見つめ返してくる。
そのまま魔術でも打ってくれれば、シリア様に許可をもらうまでも無く殺せるのに。などと考えていた矢先、プラーナがすっと指先をこちらに向け始めた。
「……」
「おいエル!!」
「エルフォニアさん待って!!」
静止など聞かず、即座に影の剣を生み出して飛び出そうとした私を、師匠が羽交い締めにしてきた。
力の差では敵わないことを知りながらも抵抗を続けていると、プラーナの指先がスススと動き始める。
何を仕掛けてくるつもりかしら。
あの挙動なら、無詠唱型で一点集中のレーザー系統? それとも、座標指定系?
いつ、どのような攻撃を仕掛けられても、影に潜れる準備をしておこうと魔力を練り始めていると、それは思いもよらぬ形となって私の視界に飛び込んできた。
『私のことは信用しないでいただいても構いません』
『ですが、この作戦においてはそれぞれの役割を果たす必要があります』
『あなたは不要だと感じるかもしれませんが、私の判断でフォローさせていただきます』
『それでは、先に行っています。後程お会いしましょう、【暗影の魔女】』
「……っ! お前!!!」
「落ち着けエル!! アイツは敵だが敵じゃねぇんだよ!!」
「放して頂戴、師匠!! アイツは!! アイツだけは!!!」
怒りで全身が熱くなるのを感じながら、他の魔術師を率いて進軍を始めるプラーナに牙を剥く。
だけど師匠はそれを許さず、私を地面に組み伏せると、腕を捻り上げながら私を怒鳴りつけて来た。
「いい加減にしろ!! お前が今やるべきことは復讐か!? 違うだろう!?」
「ぐっ……!! だけどアイツは!!」
「あぁ、そうだよ! アイツはシリア様にボコられて改心したとか言ってたが、それもどこまで本音かなんて分からねぇ!! だからそのためにあたしがいるんだろ!? アイツが何かしでかそうとしたら、あたしが斬る!! だからお前は、シルヴィを助けることだけに集中しろ!!」
「師匠こそ、甘くなりすぎじゃないかしら!? あんな簡単に手の平を返せる人間を、どう信じろって言うの!?」
「だから信用なんかしてねぇって言ってんだろうが、このバカ弟子が!!」
師匠が吠え、私の口元を影で覆いかぶせてくる。
魔術回路にも干渉されているせいで解呪ができず、ただ睨みつけるしかできない私に、師匠は言葉を続けた。
「いいかエルフォニア! あたしは前からずっと言ってたよな!? この力は復讐にも使えるが、魔女になると言う事は己の私利私欲のためだけに力を振るってはならないって!! それでもお前が復讐を続けることを許していたのは、その傍らで魔女としての責務を果たしていたからだ!!」
そんなことは言われなくても分かっているわ。
魔術師を殺すために、魔導連合での仕事をこなしていたのだから。
「それは今回も同じだ! 復讐がしたいなら、まずは魔導連合の仕事を先に終わらせろ!! それとも何か? お前はこの子達の前で、人を斬り殺すところを見せたいってのか!?」
そう言いながら師匠は私の髪を掴み上げ、私の視界にエミリちゃんとティファニーちゃんを入れた。
その二人の表情を見た瞬間、私は急激に頭が冷えていくのを感じてしまった。
それと同時に、あの日の約束が脳裏に強く浮かび上がってくる。
『エルフォニアさん。エミリ達をどうか、よろしくお願いします』
『たぶん、私が捕まった後は何を言っても聞かないと思うんです』
『あの子達は強い子達です。ですけど、まだまだ幼い可愛い妹達です』
『だから、仮に誰かを殺さなくてはいけなくなった時は、あの子達に見えない場所でお願いします』
『私は、あの子達には怖い思いをさせずに育って欲しいんです』
……そうだったわね。必ず守るとは言わなかったけれども、少なくとも私自ら、こんな顔をさせるつもりは無かったわ。
心配と不安、そして恐怖で今にも泣きだしそうな二人を前に冷静さを取り戻した私を、師匠はそっと開放する。
自由になった体を起こし、二人の前でしゃがみ込み、手を取りながら私は約束した。
「ごめんなさい、怖がらせてしまって。今はあなた達のお姉さんを優先して助けると約束するわ」
「でも、エルフォニアさん」
「私のことは気にしないで頂戴。それに、シルヴィとも約束をしていたのよ」
「お母様とですか?」
「えぇ。あなた達を怖いものから守って欲しいと。……その怖いものに、私自身がなっていたのだから元も子もないのだけれ」
自虐気味にそう口にすると、二人は急に私に抱き着いてきた。
「そんなことないよ! もう、いつものエルフォニアさんに戻ってるもん!」
「はい! エルフォニア様はとても強くて頭が良い、ティファニー達の憧れです!」
「……こんな私を憧れにしたら、シルヴィが泣くかもしれないわよ」
「お姉ちゃんは大好きだから大丈夫!」
「エルフォニア様には申し訳ございませんが、お母様には遠く及びませんので!」
純粋ながらに失礼な子ども達に、思わず笑いが込み上げてきてしまう。
そうね。シルヴィにはまだまだ、遠く及ばないのも事実かもしれないわ。
それなら、シルヴィに勝っている部分をこの子達にしっかりと見せてあげるべきね。
「なら、あなた達には私の強さを再認識させてあげるわ。私の戦いを、よく見ておきなさい」
「うん!」「はい!」
二人の頭を軽く撫でて立ち上がると、両手を頭の裏に置いてニヤニヤとしていた師匠が声を掛けて来た。
「ははっ。随分と良い顔になったじゃねぇか、エル」
「えぇ。取り乱して悪かったわ」
「構わねぇよ。それじゃ、出遅れた分をしっかり働きで取り返してもらいますかね」
「分かったわ」
私は改めて、残っている面々にはっきりと宣言する。
「必ず、シルヴィを取り戻すわよ」
「「おー!!」」




