902話 王都制圧戦・2 【レオノーラ視点】
下段に大鎌を構えているソラリアに警戒を続けていると、彼女はゆらりとこちらへ振り返り、何も言わずに斬りかかってきました。
「……交わす言葉など無い、ということですわね。一国の王となってから、挨拶も無しに斬りかかられるなど久しぶりでしてよ?」
数度斬り合い、互いに距離を取っては再び肉薄して互いの獲物をぶつけ合います。
私達の様子をぼーっと見ていた勇者一行に、私は短く指示を出します。
「そんなところで見ていないで、早く支援部隊と合流なさい!! 手負いの貴方達で何ができまして!?」
「あ、あぁ! 悪い!! 行くぞアンジュ、メノウを頼む」
「うん」
まだ動けるセイジとアンジュが、サーヤとメノウを背負って撤退を始めました。
それを狙ってソラリアが動きを見せますが、生憎とそちらに向かわせるわけには参りませんのよ?
地面に槍を突き刺し、ソラリアの眼前に柵のように槍を生やして妨害します。
怯んだその隙を狙い、横腹に回し蹴りを放つと、面白いように決まりました。
ゴロゴロと吹き飛んでいくその姿に、追撃の槍を投擲します。
それは流石に躱されましたが、どうにも彼女の動きに違和感が拭えませんわね。
これがシリアの言っていた、魔力の核が半壊して弱体した結果なのでしょうか?
それにしては、動きが緩慢すぎると言いますか、戦う意思が弱い気がしますわ。
そう考えていた私の背後に回り込んだソラリアの一撃を屈んで回避し、私の周囲を闇の炎で燃え上がらせます。
そのカウンターはすんなりと決まり、彼女の体に治癒妨害の刻印が刻まれました。
「手加減をしてくださっているのならありがたい話ですが、それにしては手を抜き過ぎではございませんこと?」
素早く彼女の足を払い、驚いたように目を剥くその顔に、ゼロ距離で炎弾を爆ぜさせます。
勢い良く吹き飛んでいくソラリアを見ていると、やはり手ごたえが無さすぎることに強い違和感しか感じられませんでした。
何かがおかしい。そう判断し、魔力視で彼女の体を注視してみると、その原因が即座に理解できました。
「……なるほど。死神兵の体を作り直して、自身を模倣させていたというトリックでしたのね」
それならばこの弱さも納得ですわ。
ですが、耐久面が大きく上昇しているので、こちらの消耗が激しくなるのは否めませんわね。
とにかく、今はコレの相手に時間を割いている場合ではありません。
起き上がり、こちらに向けて武器を構えた彼女の眼前まで距離を詰め、にっこりと笑って見せます。
「次は本物の貴女にお会いしたいところですわね」
素早く斜めに切り上げ、返しで脳天から一直線に切り裂きました。
鮮血を吹き上げながら崩れて行くその姿に背中を向けます。
さて、急いでシュタールの下へと向かわなくては。
一分ほど無駄にしてしまったことに焦りを感じ、地面を強く蹴ろうとした瞬間、シュタールがいた方向から凄まじい魔力の爆発を感じ取りました。
「もう!! 次から次へとなんなんですの!?」
支給されたウィズナビで時刻を確認すると、既に二分半が経過してしまっていました。
こうも立て続けにイレギュラーが起きてしまうと、作戦に支障が出てしまいかねませんのよ!?
全速力で前線に駆けつけると、その惨状に言葉を失ってしまいました。
「何が、起きたんですの……?」
そこにはシリアが極大魔法を撃ち込んだのかと思えるほどのクレーターが出来上がっていて、少し離れたところにシュタールが倒れています。
そして、そのクレーターから後衛側に視線を移すと。
「今日も、絶好調」
「わははははは!! 思い知ったか神様! どれだけ数で攻めてこようと、Sランク冒険者の俺達ドリームチェイサーの敵じゃないぜ!!」
「私がゴーレム出すの間に合わなかったら巻き込まれてたんですけど!? ユニカはプラネット・エンドを撃つなら事前に言って!! アーノルドは何もしてないんだから威張るな!! シュウはしれっと私のお尻触んないで! そう言うのは夜じゃないと嫌!!」
「すまない、不可抗力だ」
「てか、夜ならいいのかよお前」
「白昼堂々とお楽しみする性癖は無いわよ! あ、でも路地裏とかなら盛り上がるかも?」
「悪い、話を振った俺が悪かったから黙っててくれ」
「はぁ!? アーノルドだって物陰があればゴソゴソしちゃうくせに!!」
「バッ!! バカお前!! 誤解を招くようなことを言うんじゃねぇよ!! 流石に外じゃやらねぇよ!!」
「へぇー? ってことは、宿があればやるんだ? 言質取りましたー」
「テメェこの野郎!!!」
……何なんですの、あの冒険者達は。
こんな戦場で呑気にシモの話が出来るのは、相当胆力があるのか、彼らの頭の質量が無いかの二択ですわよ?
呆れ半分、警戒半分で彼らへと歩み寄ると、手を肥大化させたゴーレムの陰から、魔女らしきエルフの女性が声を掛けてきました。
「あっ、あれって魔王様じゃない!? 魔王様ー! 援護に来ましたー!!」
あの姿、報告書で見た覚えがありますわね。
確か、自称男性のアーノルドが率いる冒険者一行の魔法使いで、シリアに腕を認められたという方ではありませんこと?
名前は、確か……。
「テオドラ、でよろしくて?」
「はーい! 私がテオドラですー! こっちのドスケベ剣士はアーノルドで、あそこを爆発させたのはこっちのユニカです! これは武闘家のシュウです!」
「誰がドスケベだ!! それと、俺と魔王様は面識あるから今更だろ!!」
「俺はオマケ扱いか」
確かに彼……いえ、彼女ですの? 紛らわしいですけれども、アーノルドとは何度か会合をしておりますので今更ですわね。
しかし、あの爆発を起こしたという彼女は、何故私に平伏してますの?
そんな私の疑問を感じ取ったらしいテオドラは、少し気まずそうにしながらも説明をくださいました。
「あー……。どうか怒らないであげてほしいんですけど、ユニカは元魔族なんです。魔法が使えないからってことで迫害されてて、魔族を抜けた子で……」
「……あぁ、そういう事でしたの」
ここまで近づいてようやく分かりましたが、よく見れば彼女のカチューシャの裏に、角を折った形跡が残ってますわね。
魔族の象徴である角を折るという事は、人間と魔族の両方に所属できない爪弾き者になると言うこと。その状態で簡単に生きていけるほど、この世界は優しくはありません。
恐らく彼女は、魔族の王たる私に処されても異論は無いという覚悟を示しているのでしょう。
ならば、その覚悟に応じてみせなくてはなりませんわね。
「面を上げなさい。ユニカ=ミロスラヴァ」
魔王たる毅然とした口調でそう指示すると、ユニカは今にも泣きだしそうな顔をこちらに向けていました。
……何と情け無い顔をしているのでしょう。いえ、彼女からすればそれも仕方のないことなのかもしれません。
「魔族であることを捨て、人間として生きて行こうと素性を隠していた罪の重さは、どれほどのものかご存じですわね?」
「はい」
瞳を閉じ、一粒、また一粒と地面に染みが出来ていきます。
そんな彼女を見かねた他の面々が、私と彼女の間に割って入りました。
「頼む魔王様! ユニカだって好きで魔族を捨てた訳じゃないんだ!!」
「そうなの! ユニカは家族にも捨てられたから、行き場がなかっただけなの!!」
「せめてユニカの事情を聞き、情状酌量の余地を残してもらえないだろうか」
まぁ、当然の反応ですわね。
ですが、別に私もこの子を苛めたい訳ではありませんわ。
これ以上話の邪魔をされ、時間をロスしたくない私は、他の面々を鋭く睨みつけて威圧します。
「おどきなさい。話の邪魔をするのであれば、容赦は致しませんわよ」
そのひと睨みで彼らは縮み上がり、一歩、また一歩と左右に割れていきました。
怯えさせたことは申し訳なく思いますけれども、こうでもしないとこちらの話を聞いてもらえませんもの。仕方のないことですわ。
「聞きなさい、ユニカ=ミロスラヴァ。貴女のしでかしたことは、魔王である私への反逆行為です。普段であれば当然のように極刑に値するところですが――」
極刑と口にした瞬間、単細胞丸出しのアーノルドとテオドラが口を開きましたが、見た目に反して理性的なシュウがそれを諫めました。
「この作戦で私の補佐をなさい。その働きぶりによっては、今回の件は不問としましょう。……できますわね?」
私の問いに、ユニカは即座に頷きます。
「できます。やらせてください」
「ふふ! では、早速参りますわよ。そこの貴女達も、当然含まれてますので誤解のないように」
「俺達もか!? って、おい待ってくれ魔王様!!」
「早っ!? とにかく行くよ皆!! ユニカのため、シルヴィちゃんのために頑張るよ!!」
駆けだした私のあとを、ドリームチェイサーが追いかけます。
彼らがあのような戦力を隠していたのは驚きでしたが、これは嬉しい誤算ですわね。
これならば、王城までのルート確保以上に戦果を挙げられそうですわ!!




