896話 異世界人は決意する 【レナ視点】
あたしをこっちに送り返すために、自分の命を使って相葉さんが消滅した。
その事実を受け入れたくないあたしは、フローリアに当たるしかなかった。
「何でよ……何でなのよ!? 何でそうなるって分かってて、誰も教えてくれなかったのよ!? フローリア達が知ってるってことは、梓も知ってたんでしょ!? 何でそれをあたしに言わなかったのよ!?」
「リョウスケくんを見つけるのが遅すぎたの。レナちゃんは陽奈子ちゃんと強い繋がりがあったから、地球に戻された瞬間にシーラが気づくことができたけど、リョウスケくんにはそれが無かった。そのせいで、ただ消えていくだけの存在としてしかシーラも認識できていなかったのよ」
「そんなはず無いでしょ!? だって梓、大神様達と連絡とってるって言ってたわよ!? それならすぐに分かったんじゃないの!?」
「その連絡を取れるようになったのも、レナちゃん達が地球に行ってから一か月弱経ってからなの。その間にシーラが傍にいたレナちゃんは、あの子に存在を補強してもらってたおかげで影響は無かったけど、リョウスケくんはその間、存在を消耗し続けちゃってたの」
「そんなのって……! ねぇシリア、この門もう一回開けて!! まだ相葉さんいるんでしょ!? あたしが全力で連れ戻すから!!」
「……無理じゃ。門を開くのには、莫大な魔力が必要となるのもそうじゃが、今から向こうに行ったとしても、既にリョウスケはおらん」
シリアに静かに否定され、あたしは膝から崩れ落ちた。
頭の中で、相葉さんとの最後の会話が再生される。
『レナちゃん。俺もレナちゃんに会えてよかった』
『え、何いきなり?』
『……ほら、向こうの世界に転生して、ラティス様に助けてもらってから五十年くらい過ごしてきたけど、今までこっちの世界の話ができる人っていなかったからさ。懐かしい話ができる相手がいて、とても嬉しかったんだ』
『あぁ、そういうこと? そうね、確かに異世界人ってあたしと相葉さんくらいしかいなかったもんね。別に寂しかったわけじゃなかったけど、あたしもこっちの世界の話ができる人がいて、なんか安心したわ』
『うん。だから、改めてお礼を言わせて欲しいんだ。事故だったかもしれないけど、向こうの世界に来てくれてありがとう、レナちゃん。キミのおかげで、俺はこの二年間最高に楽しかった』
『相葉さんと会ったのは去年の冬だったから一年だと思うけど……。まぁあたしも楽しかったわ! また向こうで色々聞かせてね!』
『うん。また、いつか』
相葉さんとの会話に、微妙に違和感があった理由がようやく分かってしまった。
あの時点で相葉さんは、自分がここで消えることを自覚してたんだわ。
だとすると、あたしに預けてきた騎士団長さんへの手紙は、遅れることのお詫びなんかじゃなくて、別れの手紙なんだ。
だから騎士団長さんは、あたしに相葉さんの最後の様子を聞いてきたんだ。
全てが繋がり、あたしは悔しさと無力感に拳を握りしめながら泣くことしかできなかった。
あたしが、記憶を失っていなかったら。
あたしが、シルヴィ達みたいに魔法を使えたら。
押し寄せる後悔に混じって、人を馬鹿にするように笑うソラリアが浮かんでくる。
そうだ。全部あいつのせいだ。
あいつさえいなければ、シルヴィが捕まることなんてなかったし、相葉さんが消滅する必要なんてどこにも無かった。
あいつだけは、あいつだけは絶対に許しちゃいけない。
今度こそ、あたしが――!!
歯が軋むほどに強く噛みしめ、爪が食い込むほどに拳を握りしめていたあたしを、フローリアが背中から抱きしめて来た。
「レナちゃん。その憎悪の力はレナちゃんの武器だけど、殺意に歪む顔はレナちゃんらしくないわ」
「だけど」
「だけど、じゃないの。私が大好きなレナちゃんは、そんな顔をしないいい子なの。それに、陽奈子ちゃんだってレナちゃんに“殺しておいで”なんて言ってないでしょ? 陽奈子ちゃんが言ってた“頑張れ”って、そういう意味じゃないでしょ?」
その言葉に、あたしの頭が急激に冷静さを取り戻し始めた。
おばあちゃんは昔から、その舞いの実力で見る人全員の心を奪って来た。
その過程で色々あったはずだけど、おばあちゃんならきっと、排除するんじゃなくて屈服させて自分を認めさせるはず。
そのおばあちゃんがあたしに“頑張れ”って言ったんだから、それは自分を曲げずに相手に認めさせろってことじゃないのかな。
そう考えると、あたしがやるべきは復讐じゃない。
シルヴィを連れ戻して、神様気取ってふんぞり返ってるあいつに、あたし達を認めさせることだわ。
“人間はお前のオモチャじゃない。人間をナメるな”って。
「……ごめんフローリア。ちょっと冷静じゃなかった」
「いいのよ。誰かのために本気で怒れるっていうのも、大事なことだからね」
優しく頭を撫でてくれるフローリアに頷き返し、ゆっくりと立ち上がる。
「シリア」
「何じゃ」
あたしには、シルヴィみたいな人を癒す力はない。
シリアみたいに何かを作る力も無いし、フローリアみたいに世界を渡る力も無い。
元々、ちょっと運動ができる程度の、どこにでもいる普通の人間だ。
そんなあたしでも、その運動能力を伸ばして今まで戦うことができた。
これがあたしの武器だって言うなら、あたしはこれで頑張るのよ。
「今からじゃ時間が無いかもしれないけど、できるだけ戦闘の勘を取り戻したい。相葉さんの分まであいつをぶん殴りたいから、特訓できる何かを貸して」
「……くふふっ! いい顔になったな。良かろう、とっておきの場所に案内してやろう」
シリアはくるりと背を向けると、転移用の魔法陣を展開させた。
あたしの日付感覚が間違っていなければ、期限は明日まで。
絶対に負けないためにも、できる限り勘を取り戻すのよ!
魔法陣に入って姿を消したシリアに続いて、あたしもその後を追って転移をする。
一瞬の浮遊感を経て到着した場所は、こっちの世界には相応しくない場所だった。
「……何かの監視部屋?」
「ここはお主の世界にあると言う、VRシステムを流用した施設のコントロールルームじゃ。ここでは保存された記憶上の敵と好きなだけ戦い、技術を高める仮想狩りを行うことができる」
「え、待って待って。VRって本気で言ってんの? あたしの世界でも、まだそんなに普及してないのよ?」
「む、そうなのか? フローリアの奴はレナの世界の技術とか何とか言っておったが……まぁ良い。ほれ、そこを見てみよ」
シリアが指で示す先には、マジックウィンドウの中で誰かが戦っているのが映し出されていた。
あたしの見間違いじゃなければ、あの人は――。
「エルフォニア!?」
そう。【暗影の魔女】エルフォニアが、影の剣をぶんぶんと振り回して何かと戦っているのだった。
シリアは頷き、あたしに振り返る。
「まずは軽く流していくが、ここでの最終目標は、仮想ソラリアを圧倒できるようになることじゃ。都合がいいことに、ここの内部と外では時間の流れが異なっていてな。内部でどれだけの敵と何日戦おうとも、外では一分も経過しておらんのじゃ」
「何その精神と時の部屋……流石に魔法、何でもあり過ぎない?」
「これは魔法と言うよりは、フローリアの奴のせいなのじゃが、まぁ気にするでない。使えるものは最大限利用し、己が糧とする。今の妾達には、それが必要じゃからな」
うーん……。色々ツッコミたいけど、シリアの言う通り、今はそんなことを言ってる場合じゃないわよね。
あたしはシリアに頷き、使い方のレクチャーを受けることにした。




