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9話 魔女様は兎人族になる

 そして翌日の早朝。

 昨晩から楽しみにしていたシリア様に連れられ、診療所を開く前に二人だけで酒場に顔を出しに行きます。

 酒場の前まで辿り着くと、既に中から準備で慌ただしくしている音が聞こえてきました。


「おはようございます。準備は順調ですか?」


「あ、シルヴィちゃんだ! おはよ~! 猫の魔女様もおはようございます!」


 扉の近くにいた子が元気よく挨拶を返してくれると、それに反応して店内の準備をしていた皆さんが「おはよ~!」と同じように挨拶をしてくれました。


「うん! メニュー表も昨日作ったし、料理の下準備も終わってるから時間通りに開けるよ!」


 見て見てと差し出されたメニュー表を受け取って中を開くと、料理の絵と料金の他に、可愛らしい兎人族の子の顔の横に「私イチオシ!」と吹き出しが添えられていました。その他にも「シルヴィちゃん直伝!」だったり、「猫の魔女様のお手製!」など、ポップに仕上げられた可愛さ満点のメニュー表です。


『ほぉー……。良く出来ておるの。じゃが、安過ぎはせぬか? もう少し値を張っても構わぬと思うが』


 それなりに手間のかかる主食系で大銅貨一枚、お酒はどれも銅貨八枚、小物料理やデザートは銅貨五枚です。いかに私達から安く仕入れられているからとはいえ、私から見ても安くしすぎているような気がします。


 シリア様と二人で検討し直した結果、主食系とお酒が銀貨一枚、小物系は大銅貨五枚となりました。

 兎人族の皆さんは「そんなに貰えない!」と慌てていましたが、ボランティアに近い値段でやるなど言語道断とシリア様に一喝され、大人しく受け入れて頂きました。


 その他には気になるところは無かったので、差し入れの軽食を渡して帰ろうとした時、シリア様が何かを思いついたように発言しました。


『そうじゃ。せっかくじゃしシルヴィよ、お主も昼頃までは手伝ってやれ』


「ですが、一週間も診療所をお休みしていましたし、流石にこれ以上は森の皆さんとしても困るのでは……」


『何、どうせ奴らも新しいもの見たさにここへ来るじゃろうよ。食料の備えもまだまだあるとも言っておったし、午前休んだ程度では困らんじゃろう』


「……分かりました。では午前中だけ、私もお手伝いすることにします」


『うむうむ。して、周囲が兎人族しかおらぬのにお主一人だけ人の姿というのは浮くじゃろう? そこでじゃが、こんなものを用意してみた』


 そう言いながらシリア様は床をとんとんと叩き、私の目の前に黒いチョーカーを出現させました。反射的にそれを受け取って観察すると、チョーカーの真ん中に緋色の宝石が埋め込まれていて、杖の先についている魔石に似た印象を受けます。


「これは、一体……?」


『まぁ付けてみよ。すぐに分かる』


 シリア様の言葉に疑問を感じながらも、早速首につけてみます。


「特に変わった様子はありませんが…………。きゃっ!?」


 突然、お酒の栓を抜いた時のような音と同時に、私を中心に煙が沸き上がりました。思わず目を瞑って顔を覆いましたが、帽子に手が当たって外れてしまった以外は、それ以上の何かが起きることはありませんでした。


『ふむ、なかなかに似合っておるではないか』


「わぁ~! シルヴィちゃん、私達とお揃いだぁ!」


「え……?」


 ペルラさんとシリア様の言葉の意味が分からない私に、兎人族の子が手鏡を手渡します。

 何故手鏡……? と思いながら受け取って鏡を見ると――。


「なっ、何で!? 私に耳が!!」


 鏡に映った自分の頭の上に、ペルラさん達とお揃いのうさぎの耳が生えていました。手で触ると触った感触がありますし、自分の耳があった場所を触ると、そこに人の耳はありません。


 軽くパニックになりそうな私を笑いながら、シリア様が詳細を説明してくださいます。


『くっふふふ! それはじゃな、変身魔法を封じ込めた魔具なのじゃ。しかもお主を知らぬ者にはバレないように細工もしておるし、うっかりお主が魔法を使ってしまわぬように魔力も封じ込めてある』


 シリア様はそこで一度言葉を切ると。


『して、今回は兎人族をイメージして作ったが故、お主の姿は兎人族のそれになっておるのじゃ。ちゃんと尻尾もあるぞ? ほれ』


「ひゃん!?」


 シリア様に私の尻尾を触られ、変な声が出てしまいました。し、尻尾とはこんな変な感じがするものなのですか!?


 未知の感覚に戸惑っていると、兎人族の皆さんがじりじりと私に迫りながら、不気味な笑みを浮かべています。その顔は私も良く知っています。フローリア様がレナさんに何かイタズラを仕掛ける時の顔です……!!


 何かされる前に逃げなければと振り返った瞬間、背後から飛びつかれて床に押し付けられてしまいました。


「ふっふっふ、逃がさないよシルヴィちゃん?」


「同じ兎人族なのに、一人だけ浮いた格好はダメだよね?」


「あ、あの……」


「みんな! シルヴィちゃんを着替えさせるよ! 体持って!」


「ま、待ってください! 私はこのままでも! あの、シリア様ぁー!!」


『くっふふふふ! 早う着替えてこい!』


 そのまま二階へ連れていかれ、彼女達とお揃いの服を着せられた私を見たシリア様は、ここ最近でも見たことが無いほど笑い転げていて、私はようやくシリア様が楽しみにしていたのはお店だけではなかったのだと悟ったのでした。

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