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889話 異世界人は懐かしむ 【レナ視点】

「ん~~~~っ!! これやばっ!! 恋奈(れな)のおばあちゃん、めっちゃ料理上手!!」


「あっはっは! 気持ちいいくらい食べる子だね! お代わりもあるから、たんとお食べ!」


「はーい!」


 家の中を散歩したり、あたしの小さい頃のアルバムを見たりしてた内に、あっという間にお昼の時間になった。

 おばあちゃんが作ってくれたお昼ご飯を、(あずさ)が幸せそうにモリモリと食べ進めて行く。


「はぁ~……幸せ。恋奈のおばあちゃんの子になりたい……」


「おや、梓は一人暮らしなのかい?」


「うん。私も大学出てから一人暮らししてるんだけど、両親は海外勤めだから会えなくて」


「へぇ、そうなんだねぇ。じゃあ、梓さえ良ければいつでも遊びにおいで。恋奈が使ってた部屋で泊ってもいいよ」


「本当に!?」


「あぁ、本当だよ。私も恋奈が独り立ちしてから、この家が広く感じちゃってたところだからねぇ」


「来ます来ます! なんなら毎週来ます!」


「あんた、タダ飯が食べたいだけなんじゃないの」


 梓の内心を抉るように言葉を投げると、本人は気まずそうな顔を浮かべながらビシッと姿勢よく固まった。

 それがまたおばあちゃん的には面白かったみたいで、ケラケラと笑いながらあたしに言う。


「いいじゃないの恋奈。お金を注ぎ込める趣味があるって言うのは良いことだよ? どんな趣味だろうと、それだけ熱中出来て、その分だけ経済を回せるってことだからねぇ」


「そうだよ恋奈! 私は推しを通して経済活動をしてるの!」


「度が過ぎてるって言ってんの。食費削りすぎなのよあんたは」


「だって、私が推さなかったら推しの食事が貧相になるんだよ……? ご飯と梅干しだけの食生活の推し、見たくなくない……?」


「あんたの推しは二次元でしょ。そんなリアルな食生活にはならないわよ」


「はぁ~、分かってないなぁ恋奈は! これだから恋奈は!」


 これだから何なのよ。

 訳の分からない理屈に軽く溜息を吐き、お箸を進める。

 今日のお昼ご飯は十穀米と具沢山の豚汁に、カツオの叩きと長いもとオクラの梅肉和え。

 豚汁で口の中がこってりしたところを、梅がいい感じに効いている和え物でサッパリさせて、カツオと一緒に十穀米を食べる。シンプルな和食ながらも、あたしが大好きなおばあちゃんの手料理だわ。


 梓ほどじゃないけど、あたし自身も久しぶりのおばあちゃんの手料理で食欲が進んでいる気がする。

 それは気のせいでは無かったみたいで、あっという間に食べ終えてしまったお椀を、何も言わずにおばあちゃんが取ってお代わりをよそいに行ってくれた。


「はいよ。恋奈もいっぱい食べてお行き」


「ありがと、おばあちゃん」


 おばあちゃんがあたしに優しく微笑むと、風に乗った桜の花びらが、ひらりとあたしの眼前を横切った。

 飛んできた方向へ顔を向けると、庭先の桜の大樹が満開の花を咲かせていた。


「……ここの桜は、いつ見ても綺麗よね」


「きっとうちの桜も、久しぶりに恋奈が帰ってきて喜んでるんだよ」


「何それ、毎年お正月には帰って来てたじゃない」


「でも桜の時期には、なかなか帰ってこれなかっただろう?」


「それはまぁ……。三月って何だかんだ忙しくなるのよね」


「うちの会社、決算の時期になると残業の時間凄いことになるもんね~」


「ホントに。サブロク協定なんてあってないようなものよ」


「ふふふっ! 今時、そういう会社も珍しくは無いさね。でも、辛い時こそ帰ってくるんだよ? ここは恋奈の帰る家なんだからね」


 あたしの、帰る家。

 その言葉が、あたしに深く突き刺さる。


 あたしが異世界に帰ったら、たぶんもう、おばあちゃんには会えなくなる。

 この手料理も二度と食べられないし、心が折れかけていたあたしを支えてくれたこの桜も見ることができなくなる。


 二年前にフローリアに連れていかれた時も、もうおばあちゃんに会えないって知って絶望しかけたけど、あの時は“この世界にいた形跡が丸ごと消える”から、悲しいけど我慢できた。

 とは言いながらも、時々フローリアがおばあちゃんの様子を教えてくれたり、桜の木の写真を撮って来てくれたりしてたんだけど。


 それでも、いざこうして帰ってきて、こうして言葉を交わしていると、こっちの世界があたしが生まれ育った世界なんだって思い知らされる。


 辛くて苦しいことの多い、息苦しい世界。

 それでも、あたしの帰る場所は確かにここにあった。


 ――だけどもう、あたしの居場所はここにはない。

 この世界に残ろうと思っても、この世界があたしを拒む。

 今のあたしの居場所は、あっちの世界なんだ。


「恋奈? どうしたの?」


「あ、ううん! 何でも無いわ! ちょっと、奥歯にネギが挟まっちゃって」


 そう誤魔化してみるけど、梓にはあたしが考えていたことが読まれていたみたいだった。


「そう言う顔は、おばあちゃんの前ではナシって決めたでしょ?」


「うん……。ごめん、もう大丈夫」


 あたしは下手だと自覚できる作り笑いを浮かべ、食事に戻る。

 うん。そうよね。おばあちゃんに忘れられちゃうとしても、今この瞬間だけは覚えててくれるんだから。

 先のことから目を背けて、今だけはおばあちゃんと暮らしていたあの頃を思い出さないと。

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