887話 ご先祖様は共同作業をする 【シリア視点】
「仕事じゃ。妾を手伝え、リンディよ」
唐突に訪れて旧名を呼ばれたリンディこと、元<秘匿の魔術>の長であるプラーナは、ビクリと体を竦めながら振り向いた。
閉じた瞳のまま妾を確認したリンディは、深く溜息を吐きつつもそれに応じる。
「仕事は構いませんが、もう少し配慮と言う物を覚えてはいかがでしょうか」
「それは悪いとは思うが、ちと急用でな。先に確認しておくが、お主……レナは知っておるな?」
「レナ? レナと言うと、あの謎の魔法を使う異世界の人間でしたか」
「お主は正常そうじゃな。ならば続きは妾の工房で話す」
「はぁ……」
不満げにしながらも、妾の後を付いてくるリンディ。
足早に工房へ戻り、ユリアナが去る前に机の上に置いておいた設計図を渡しながら、手短に説明をすると。
「なるほど。件の大神様によってユリアナの記憶が抜き取られた結果、錬金術を使えてレナと接点のある者が私しかいなくなってしまったと言う事ですか」
「そういう事じゃ。ユリアナとまではいかずとも、お主も錬金術の知識はそれなりにあるじゃろう?」
「まぁ、そうですね」
「故にお主の力が必要なのじゃ。手伝ってくれるな?」
リンディは「それは構いませんが」と言いながら、設計図をパラパラと捲っていく。
「随分と複雑そうに見えますが、どの程度の納期を想定していますか?」
「三日じゃ」
「……冗談でしょう」
「大真面目じゃ。五日後にはシルヴィを救いに行く必要があるが、そのためにはレナを先に連れ戻さねばならぬ。三日で仕上げ、翌日にレナを連れ戻し、その翌日に最終決戦という日程じゃ」
はっきりと言い切る妾に、リンディは額を押さえた。
妾は工房の奥で複製が完了した疑似神創兵器を取り出しながら、言葉を続ける。
「妾一人でもできなくは無いが、一部に錬金術の安定性を取り込みたくてな。半ば独学の錬金術を使うよりは、お主やユリアナのような本職の腕を用いたい。どうじゃ、付き合ってはくれぬか?」
リンディは悩み抜いた末に、自分の負けだと言わんばかりに両手を顔の前まで上げて見せる。
「……事が済んだら、休暇を申請します。それで手を打ちましょう」
「くふふ! 好きなだけ取るがよい。無論、この世界が続いていればの話じゃがな!」
「また縁起でもないことを。本当にこの世界が終わってしまったら、どうするおつもりですか」
その問いかけに、妾はくふふと笑って指を立てて見せる。
「そんなもの決まっておろう。世界の終焉なぞ、妾の全てを懸けてでも引き起こさせん。妾には、シルヴィがどう育っていくかを見届ける義務があるからな」
「塔に幽閉され、失った十五年を取り返すまでは、ですか」
「まぁそれもあるが」
手元で光る疑似神創兵器を眺めながら、妾はあ奴に思いを馳せる。
妾の血を継いだが故に、苦労を重ねて来た罪無き少女。
世界の命運という、あまりにも重すぎる責任を両肩に背負ってしまった、哀れな子孫。
そんなあ奴が、本当に心から穏やかに過ごせる未来を切り開く。
それが妾に課せられた、最大の罪滅ぼしじゃ。
「魔女だ魔術師だなんだかんだと、もうあ奴を苦労させたくないのじゃよ。全てが終わったら、あ奴のしたいことを存分にさせるつもりじゃ。その過程で魔女を辞めるならば、それもまた良し。シルヴィには、己の人生を謳歌してもらいたいのじゃ」
いつか語っておった、あ奴の細やかな夢。
ただ愛する人と共に、小さくても構わないから幸せな家庭を作りたい。
その相手すら見つけておらぬのに、世界が終わる方が先なぞあってなるものか。
「……ふふっ」
「何じゃリンディ、何がおかしい」
「いえ、何でもありません」
「何でも無ければ笑うところでは無いじゃろう。隠さずに言わんか」
「そうですね……。シリア様も、人間だったのだと思ってしまいまして」
「何をたわけた事を。妾は昔から――」
昔から変わらぬと口にしようとしたところで、妾はリンディが何を言いたいのか察してしまった。
そうじゃな。こ奴から見れば、当時の妾なぞ血の通わぬ鬼にしか見えておらんかったのやも知れぬ。
その頃に比べれば、今の妾はどれだけ牙が抜けておるか測りしれんのじゃろう。
「確かに、昔に比べれば丸くなったと言われることが多いな」
「そうですね。あの頃は私達を強くさせることに全てを注いでましたから」
「一応手心も加えていたつもりなんじゃがのぅ」
妾にとっては懐かしい記憶じゃが、リンディにとっては恨むべき過去でもある。
その過ちを二度と踏まぬためにも、妾自身も身の振り方を考え直さねばならん。
「この話はさておき、じゃ。後進を育てるためにも、当時不満を抱いておったお主視点の話も取り入れねばならんからな。作業の暇つぶしの話の種にでもするかの」
「回答によっては、思わず工具を投げてしまうかもしれません」
「くふふ! それもまた一興じゃ。眠気覚ましにはちょうど良かろうよ」
そう笑いながら、必要な材料を錬成して机に並べて行く。
すっと隣に立ち並び、閉じたままの瞳で設計図を凝視するリンディじゃったが、その顔は少しだけ楽し気に見えた。
 




