886話 大神様は人の心が分からない 【シリア視点】
その後もリョウスケに関する話を聞いていたが、どうやらリョウスケは直接戦っていたレナほどは影響は受けておらず、“この世界の者では無い人間をあるべき場所へ戻せ”という定義によって戻されただけであったらしい。
故に一時的な記憶喪失とはなっていたが、レナのように記憶を封じられると言うことは無く、シーラ様の話ですんなりと記憶を取り戻せた、とのことじゃった。
「して、レナの方はどうなのじゃ?」
『恋奈も記憶は全部取り戻してるよ。ただ、最初にも言ったけど存在の消滅がかなり進行してきてて、もう会社には居場所は無いかな』
「そうか……。レナ自身も危ういのか?」
『うん。かなりぼーっとする時間も増えてきてて、いつも眠そうにしてる。寝る前にウチが恋奈の存在を保護しないと消えちゃうくらいにはヤバイね』
「と言う事は、今はお主の下で保護しているのか?」
『そゆことー。あ、久しぶりに恋奈見たい? いいよ、ちょーっと待っててね?』
別に見たいとは言っておらぬのじゃが……。まぁレナの顔を久しく見ておらんのは事実ではあるか。
椅子から飛び降りてバタバタと準備を始めたシーラ様を待っていると、マジックウィンドウの映像が切り替わり、ベッドの上で眠っているレナが映し出された。
一見、健やかに眠っているだけにも見えなくはないが、よく目を凝らすと、レナの体が時々若干透けているのが見て取れる。これが存在の消滅ということなのじゃろう。
『こっちはもう夜八時くらいだけど、今日はお昼過ぎに寝てからずっと起きてこないね。小まめに確認はしてるけど、このまま起きてこないんじゃないかって不安になるくらい』
「……レナは今週末までもちそうか?」
『際どいかも。相葉くんは確実に今週末まで大丈夫だけど、恋奈に掛けられてる呪いが強すぎて、ウチでも消滅の進行を遅らせるのが精いっぱいってとこ。ヴィジアくんに、そっちから恋奈の存在証明を補完できるもの無いか聞いてみてもらえない?』
一瞬、誰じゃ? と疑問を浮かべそうになったが、大神様の本名であることを思い出した。
大神様へその旨を伝えると、「分かりました」と小さく頷き、指先をくるくると回しながら桃色の光を集め始める。
やがて、飴玉ほどの大きさになったそれを妾に手渡して来た。
「これは?」
「こちらの世界における、レナと関わった者の記憶です。多分に抜きすぎるとこちら側の存在が希薄になりますので、ほんの僅かではありますが」
「記憶、ですか? では、誰かが代わりにレナを忘れたと……?」
「私なりに、関りの希薄な相手を選んだつもりです。それよりも、これを早くシーラに渡しなさい」
大神様が記憶を抜いた相手が気になるが、今はレナの存在を確固たるものにすることが優先じゃ。
マジックウィンドウに押し込むようにそれを送ると、部屋の天井から落ちて来たのをシーラ様が受け取った。
『おぉ、ありがとうシリアちゃん! ヴィジアくんにもお礼言っといて!』
「うむ。レナを頼んだぞ」
『まっかせてよ☆ それじゃ、また週末に最後の連絡するね~!』
寝ているレナの口にそれを突っ込み、妾達に手を振りながらシーラ様は通信を切った。
何もねている間に食わせることは無いじゃろうに……と呆れながらも、妾は己の役割を遂行するべく立ち上がる。
「では大神様、私は門の制作に取り掛かります。恐らく工房に籠るかと思いますので、何かあればそちらまでお願いいたします」
「えぇ、任せましたよシリア。レナの消滅についてはこちらに任せなさい」
「ありがとうございます。……では行くぞ、ユリアナよ」
「あ、はい!」
大神様(と未だに犬になっているスティア)に別れを告げ、ユリアナを連れて工房へと戻る。
妾が工房の扉を開け、中に足を踏み入れたところで、今まで何かを思案していたユリアナがふと口を開いた。
「あの、シリア様。ひとつ聞いてもいいですか?」
「何じゃ?」
「レナって、誰のことですか?」
「……は?」
何をとぼけたことを、と振り返るも、ユリアナが冗談を口にしている様子は無かった。
設計図を見ながら、本当に誰のことかが分からないと言うかのように問いかけてくるその姿を見て、妾は先ほどの大神様の言葉を思い出した。
『私なりに、関りの希薄な相手を選んだつもりです』
「関係の希薄さはその通りじゃが、何も作業を共にする物から奪わなくても良かろう!?」
「わぁ!? どうしたんですかシリア様!?」
思わず膝から崩れ落ち、床を殴りつける妾に、ユリアナが慌て始める。
何故、大神様はいつもこうなのじゃ!? 確かにユリアナはレナとの接点は少ない上に、大した仲でもないが故に効率的であったやも知れぬが、もう少し妾に理解を示してくれても良かろう!?
やり切れない気持ちをしばらく床にぶつけ続け、盛大な溜息と共に諦めの悟りを開いた妾は、ゆらりと立ち上がって工房を後にする。
「あの、シリア様? どちらへ……」
「ちと急用じゃ。お主には他の作業を頼むことになるが故に、一旦下がって良いぞ」
「え、えぇ?」
困惑するユリアナには悪いとは思うが、こればかりはもうどうしようもない。
妾は足早に廊下を進み、目的の部屋へ辿り着くと同時に、中にいる者へ声を掛けた。
「仕事じゃ。妾を手伝え、リンディよ」
 




