885話 異世界の神は当たり屋をしていた 【シリア視点】
「……と言う事で、こちらが設計し直した図面になります。問題なければ、これから作成に取り掛かろうと思います」
「ふむ。私はこうした魔道具の造詣は浅いので分かりませんが、お前が自信を持っているのならばいいでしょう。シーラ、お前はどう思いますか?」
異世界交信を行っているマジックウィンドウに問いかける大神様。
それに応えたのは、またしてもだらしのない恰好をしておる異世界の創造神――シーラ様であった。
『うんうん、いいんじゃない? ってかウチに聞かれても魔法とか錬金術とか分からないから、門が開通できるなら何でもオッケー☆』
そう言いながらシーラ様は、胸元に大きく書かれている文字をアピールしてくる。
今日は“無問題”か。相変わらず訳の分からないセンスじゃな。
「ありがとうございます。では、早速着手致します。遅くても三日以内には完成させます」
『はっや!? え、大丈夫なのその納期!? ドチャクソブラック企業にお勤め!?』
「どちゃ……? よく分かりませんが、ざっと七二時間もあれば完成できるかと」
『うぇっ、ちょっと待ってシリアちゃん。それってさ、自分が不眠不休で働くこと前提の納期じゃない!?』
「そうですが」
何を当たり前のことを、と返す妾に、シーラ様は――いや、大神様も含めた全員が心底引いておった。
何じゃこれ、妾が悪いのか?
「シリアは本当に、働くことに悦びを覚える変人ですね」
「いい歳して犬の扮装をして、腹を撫でられて悦に浸っている貴様だけには言われとう無いわ」
妾の冷ややかな視線を意に介さず、スティアは大神様に撫でていただくのを止めようとしない。
仮にも異世界の大神様ポジションの方の御前じゃぞ? と叱りたくもなるが、シーラ様もシーラ様で妾の報告はあまり興味無さそうにしておられるから何とも言えぬ。現に、マンダムとかいうよく分からんロボットの人形を組み立てるのに必死じゃしな。
妾もそれなりに神として努力してきたつもりじゃが、こうも雑に扱われると来るものがあるな……と溜息を吐くと、シーラ様が何かを思い出したかのように声を上げた。
『あぁ、そうそう! 例の彼、相葉くんだけど、やっと見つけたよ!』
「それは本当ですか!?」
ヨウスケが見つかった。それはつまり、レナを連れ戻す鍵が揃ったとも言える。
これで残すは、妾達の門作成のみじゃと希望を持った妾に、シーラ様は『ただねぇ』と言葉を続けた。
『彼の方、見つけるのが遅すぎてかなり消滅が進んじゃってたんだ』
「それは、どういう……」
『まぁ、口で説明するよりは見てもらった方が早いかな。ってことで、VTRどうぞー!』
シーラ様はそう言うと、指を鳴らしてマジックウィンドウの表示を切り替えた。
そこに映し出されていたのは、見慣れぬ街並みをふらふらと歩くスーツ姿のリョウスケであった。
あ奴の顔色は、研究が多忙を極めている時は悪い時があったが、この映像の時ほど悪い時は無かったはずじゃ。
よもや、異世界での暮らしの方が奴を追い詰める環境にあるのか? と注意深く見続けること数分。その要因は容易く理解できるものじゃった。
「こ奴……いつ家に帰っているのじゃ?」
『ウチが見つけた時は、もう一週間は帰ってなかったっぽいね~。毎晩毎晩会社で寝泊まりして、睡眠も四時間あるかないかくらいのデスマーチの日々だったよ』
シーラ様の言う通り、リョウスケは会社とやらに入ってから一度も家に帰る様子が無かった。
ただひたすらに、レナの言う“パソコン”とやらと睨めっこを続け、時々外出したかと思えば、適当な飯を引っ提げて食べながら作業を続ける。
夜も遅くなり、日が上り始めようかと言う頃に仮眠を取り、数時間後にはまた作業を始める……。
「妾ならばこの程度何とでもなるが、こ奴はただの人間のはずじゃろう。こんな状態で生きていられるのか?」
『まず無理。って言うか、相葉くんはそれで死んでるからね~』
「は?」
聞き捨てならない言葉に反応を示した妾へ、シーラ様はどこからか取り出した書類を読み上げ始める。
『相葉 亮介。享年三五歳。死因は脳梗塞。だけどその死因に繋がるきっかけが、この過酷過ぎるブラック企業のデスマーチの日々だった。満足に休息も取れず、食事もコンビニのパンやおにぎり、カップ麺だけだったから体もボロボロ。買い出しの途中で倒れた相葉くんは緊急搬送されたけど、そのまま病院から出られることなく人生を終えるの』
「そう、じゃったのか……」
レナの話では、平和な異世界では平均寿命も長く、大体が六十を軽く超えてから衰弱していくと聞く。
そんな高齢寿命の異世界の中で、三五歳で死を迎えたとなれば、相当な早死にだったのじゃろう。
死後はどういう訳か、妾達の世界で生を受け、ラティスの力で二十そこそこの年齢で肉体の変化が止まっていたようではあるが、その若々しき肉体でもすっかり衰弱しきってしまっておる。
レナもそうであったように、異世界から出戻りした者は元の歯車に戻される仕組みがあるらしく、存在が消滅するまでその穴埋めをし続ける……という話じゃが、これはあまりにも酷であった。
「それで、シーラ様」
『もう今さらだし、タメ語でいいよ。いつも通り喋った方が楽でしょ?』
「それは、まぁ……。ではシーラ様、どうやってリョウスケと接触できたのじゃ?」
『それはそろそろ映ると思うけど……。あ、ここここ』
丁度シーラ様が接触した場面であったらしく、リョウスケが夜遅くにコンビニに買い出しに出ていた映像が流れていた。
相も変わらずふらふらと軸の無い足取りでコンビニへ向かい、適当に食べ物を買い終えたリョウスケが外へ出た瞬間。
『きゃあ!』
『うわっ……』
真正面からリョウスケにぶつかった、スーツ姿の女が現れた。
これは確か、シーラ様が現界する時に用いてた外見――白井 梓じゃったか。
派手に尻もちをついた腰を擦っていた白井 梓ことシーラ様は、リョウスケがぼんやりと自分を見下ろしていることに気が付き。
『ちょっと何!? ぶつかっておいて謝りもしない訳!? っていうか、私のパンツ見たでしょ!?』
訳の分からん、チンピラのような言いがかりをつけ始めた。
どう見てもシーラ様からぶつかったようにしか見えんかったが……と複雑な気持ちで見守っていると、今さらながらに自分が人にぶつかったことに気が付いたリョウスケが狼狽え始めた。
『えっ、あ、すいません……! 大丈夫ですか?』
『大丈夫じゃない! めっちゃお尻痛い!』
『あぁ、すいません……』
何だか、リョウスケが可哀そうに見えてくる映像じゃな。
妾達の世界なら、既に戦闘が起こっても仕方のない状況じゃぞこれ。
『責任取って』
『え?』
『私のお尻を痛めつけた分と、パンツ見た分の責任を取ってって言ったの!』
『いや、俺は見てない、です……いいいいいっ!?』
『いいから来てって!!』
『なっ、あのっ、ちょっと、お姉さん!? どこへええええええ!?』
そのまま襟首を掴まれ、裏路地へ連れていかれたところで映像が切れた。
誰もが口を開けぬほどの沈黙が続くこと数十秒。その沈黙に耐えきれんかったらしいシーラ様が、取り繕うように笑いながら言った。
『あっははー……。という訳で、こうして相葉くんは記憶を取り戻したのでした! この後は会社関連の連絡を全部切らせて、二日間寝かせてから話の続きをしたんだけど、とりあえず万事オッケーってことで! ねっ!?』
シーラ様の言葉を聞きながら、神という存在はどうしてこうも身勝手なのかと、頭痛を覚えずにはいられぬ妾であった。




