883話 暗影の魔女は後遺症が残る 【シリア視点】
昼食を食べ終え、セリにエルフォニアを診せたところ、身体には異常は見受けられないとのことじゃった。
じゃが、魔力の方には若干問題を抱えておるらしく。
「“悪魔化”の影響かは分かりませんが、【暗影の魔女】様の魔力がかなり増大しておりますわ。それだけなら好ましいのですが、常人のそれよりも強く、闇属性の力を帯びてしまっているようです」
「適性が上がっていると言う事かしら」
「どちらかと申し上げますと、闇属性以外の適性が大幅に下がっていると言った方がいいかもしれませんわね」
セリのその診断を受けたエルフォニアが、手の平で魔力を操作しようとした時に、その反応は露骨に表れていた。
恐らく炎属性の魔力を隆起させようとしたのだとは思うが、手の平で一瞬燃え盛ったかと思いきや、すぐさま霧散してしまっていた。
「……初級魔法すら満足に使えないかもしれないわね」
「これはちと、代償が大きいやも知れぬな」
各属性の初級魔法が使えぬとなると、その影響は尋常ではないレベルとなる。
火が使えなければ暖が取れず、水が使えなければ喉を潤せぬ。
土が使えなければ創造ができず、光が使えなければ灯りを灯せぬ。
雷は攻撃的な魔法しか無い分、闇が使えるだけで多少はマシではあるが、他がほぼ使えぬとなれば生活に支障が出るほどじゃ。
さらに言えば、大魔導士として認められるためには、最低限三属性以上は相応以上に使えなくてはならない。
つまり、これが意味することは――。
妾を始め、大魔導士である二人が押し黙ると、当の本人はさほど気にしていないかのように息を吐いた。
「別に構わないわ。自分の得意属性が殺された訳じゃないもの」
「だけどお前、もう大魔導士には……」
「私は別に、大魔導士として認められたいから魔女をやっていた訳じゃないわ。それは師匠だって知っているはずよ」
エルフォニアはまっすぐに妾を見据えて、言葉を続ける。
「私が力を求めたのは、あくまでも魔術師を皆殺しにするため。そのために磨いてきた技術が残っているのであれば、戦えなくなった訳じゃないわ。生きていくだけなら、魔道具でもなんでも使える訳だから」
「……お主は強いな」
「これが私ではなく、大魔導士を志して魔導連合に来た魔女だったら、心が折れていたかもしれないかもしれないわね」
エルフォニアの言葉に苦笑しながら頷く。
じゃが、こ奴の根底にある“魔術師を皆殺しにする”という点はどうするべきか……。
そんなことを考えていると。
「失礼しまーす。セリさん、頼まれていた薬品を――」
何と間の悪いことか。
その魔術師の一人である、【流星】のユリアナが医務室に姿を現しおった。
相も変わらぬ、黒を基調とした錬金術師特有の制服を自己流にアレンジしたものの上に、だぼっとした白衣を羽織っていたユリアナは、ぎょっとした様子でエルフォニアを見つめておる。
この魔導連合において、一番魔術師を敵視していると言っても過言ではないエルフォニアじゃが、果たしてどう反応するか。いざとなれば力づくで止めさせる用意はあるのじゃが。
警戒しながら様子を見守っていると、先に視線を逸らしたのはエルフォニアの方じゃった。
まるで自分は関係がないと言わんばかりに、セリとの会話に戻ろうとし始める。
「要は一属性に特化させられただけ、と言う認識でいいのかしら」
「え? あ、そうですね。ですが先ほど【暗影の魔女】様も仰られた通り、日常生活に支障は出ると思われますわ」
「なら後で、魔道具を買いに行くわ。師匠、行くわよ」
「あ、おい! 何勝手に話を終わらせてんだお前! 待てって!!」
そのままツカツカと部屋を出て行こうとするエルフォニアじゃったが、気まずそうに顔を背けていたユリアナの一点を盗み見てから出て行った。
エルフォニアを追ってネフェリも出て行き、何とも言えぬ空気に包まれた医務室じゃったが、いつまでもこんな空気では仕方あるまいと判断し、妾は盛大に溜息を吐いた。
「やれやれ……。お主にそれを付けさせておいて良かったのぅ」
「【暗影の魔女】様も思うところは多々おありでしょうが、やはりそれのおかげですわね」
妾とセリの視線が、ユリアナの襟元に付けられているピンバッジに注がれる。
それは六大元素の中央で猫がふんぞり返っている、魔導連合のシンボルをあしらったものじゃった。
「いやぁ……本当にこれが無かったら、私って今頃殺されてましたかね」
「無い、とは言い切れんな。奴も寝起きであるが故に、あの山での決戦の記憶が定かでは無かったやも知れんしな」
「うへぇ……」
ユリアナは心底安堵した様子で、襟元のピンバッジを軽く触れた。
あの決戦の際に捕虜とした魔術師の中で、妾達の話を聞き入れる気になった者共は、こうして魔導連合内で匿いつつ労働力としている。
その者達には全員、このピンバッジの着用を義務付けておるおかげで、魔導連合内で殺傷事件が起きるようなことはここ数か月で一回も無かった。
このように捕虜として働かさせるのもちと心苦しい所はあるのじゃが、魔導連合の在り方を変えていくには、あまりにも確認しなければいけないことが多すぎるからの。
そういう訳で、ユリアナにも錬金術の技術提供をするように指示を出し、妾との共同開発で、セリが王城に潜入する際に使っていた医療器具や薬品などを作っておったのじゃが、エルフォニアに説明する暇が無かったのぅ……。
「ともあれ、【暗影の魔女】様が目を覚ましたのは喜ばしい出来事ですわ。これで来週の最終決戦での戦力が大幅に増えたと言えましょう」
「そうじゃな。“悪魔化”に頼らずとも、あ奴自身のポテンシャルはすこぶる高い。本当の奥の手として温存させながらであれば、エルフォニアも十分に戦えよう」
「では私は、【暗影の魔女】様の心身の様子を観察しつつ、リハビリにお付き合いさせていただこうと思います」
「うむ。妾はこの後、大神様らの下へ向かう。もしあ奴のことで何か急ぎの報せがあれば、ウィズナビを鳴らすが良い」
「かしこまりましたわ」
「ユリアナ、お主も妾と来い」
「え、私もですか?」
まさか自分に話が振られるとは思っていなかったらしい反応に、妾は頷きながら踵を返して部屋を後にしようとする。
「レナの件じゃが、もしかしたらお主の錬金術の力が必要になるやもしれぬ。その話をこれから詰めに行くぞ」
 




