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879話 王女様は思い出す

「…………王女! ……シルヴィ王女!!」


 遠くから、誰かが私を呼ぶ声が聞こえます。

 それに合わせて、私の体が激しく揺すられている感覚も、薄っすらではありますが伝わってくる気がします。


 ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには心配そうな表情で私を見下ろしているリンデ先生の姿がありました。


「あぁ、シルヴィ王女! 良かった、気が付かれましたか!」


「私、は……?」


 また、気を失ってしまっていたのでしょうか。

 ぼんやりとした視界で周囲を見渡すと、どうやら私はベッドの上で寝かされていたようでした。

 体を起こそうと試みますが、何故か全身が異様に重く感じられ、思うように起き上がることができません。


 その僅かな動きで、私が身を起こそうとしていることを察したリンデ先生は、上から優しく押し付けてきました。


「今は横になられていてください。過剰な魔力消費――いえ、祈祷による体力の消耗が激しいので、しっかりと休まなければ危険です」


「祈祷……? あの、私は」


 リンデ先生の言っている意味が分からず、質問をしようとした瞬間でした。

 私の脳裏に、宝物庫を荒らそうとしている冒険者の二人組の姿が浮かび上がりました。


「そうです……! 宝物庫は!? いえ、クーデターはどうなりましたか!?」


「落ち着いてください、シルヴィ王女。まずはこちらを飲んでからにしましょう」


 そう言いながら彼女は、カップに飲み物を注いで手渡してきました。

 湯気と共にふわりと漂う甘い香りに、ほんのりと香る生姜の匂い。恐らく、お茶にすりおろした生姜とハチミツを溶かしたものです。


 温かなそれを両手で包み込み、香りを楽しみます。

 同じものをカップに注いでいたリンデ先生が、毒は入っていないと証明するかのように、先に口を付けました。


「……ふぅ。さて、どこからお話ししましょうか。やはりクーデターについてからお話しした方がよろしいでしょうか?」


「はい、お願いします」


「分かりました。まず、冒険者が先導して引き起こしたクーデターですが、範囲が拡張されていた守護結界がこのグランディア王城を中心に縮小されたことにより、現在は一旦活動を停止しております」


「守護結界の範囲が、縮小されたのですか?」


「えぇ。理由についてはいくつか浮かび上がりますが、大きく分けて二つでしょう」


 リンデ先生は「まず一つ目として」と、指を立てながら続けます。


「先日行われたクーデターにより、王城内に侵入してきた冒険者が宝物庫を荒らし、グランディア王家に伝わると言う宝石を盗み出したことです。これにより、ソラリア様のお力が弱くなったと考えられます」


「宝石が……! そう、ですか……」


 やはりあの後、宝石は盗まれてしまっていたようです。

 あの場にいたのは箱に閉じ込められていた私と、首を刎ねられてしまったコレットさんのみでしたし、どうしようもなかったのかもしれません。


 ソラリア様からの神託を遂行できなかったことに悔しさを覚えてしまいますが、それを悔やむよりも、今は現状の把握が最優先です。


「二つ目と言うのは?」


「こちらは(わたくし)の推測の域を出ない物ですが、恐らくシルヴィ王女の強い拒絶の想いが、王城を守ると言う結果として現れたのではないかと」


「私の想い、ですか? ですが、守護結界への干渉はソラリア様でなければいけないと……」


「ですので、私の推測となります。以前、シルヴィ王女がソラリア様と対話を行い、守護結界を拡張した時のことは覚えていらっしゃいますか?」


「はい。あの神像の前に宝石を置き、その後ソラリア様と対話を行ったことですよね?」


「それです。私がこちらの王城に出入りするようになり、色々と見聞きした情報からの推測ではありますが、恐らく守護結界を維持しているのはソラリア様ではなく、シルヴィ王女ではないかと考えています」


「私ですか?」


 リンデ先生はこくりと頷き、「ここからは他言無用でお願いします」と前置きをしてから続けます。


「以前から、シルヴィ王女が祈祷を行うと高確率で倒れていましたが、あれは祈祷による負荷ではなく、シルヴィ王女が体内に内包しているエネルギー……“魔力”を大量に消費していることから引き起こされている物です」


「魔力……?」


 その単語を口にした瞬間、私の頭がズキリと激しく痛みました。

 それと同時に、今口にした単語があまりにも馴染みのあるようにも感じられ、強い違和感を覚えます。


「大丈夫ですか、シルヴィ王女?」


「大丈夫、です……。ですが、あれ……?」


 何でしょうか。頭に次々と単語が浮かび上がってきます。

 魔力。魔法。魔女。魔女の診療所。魔導連合。


 ――【魔の女神】、シリア様。


「うぅぅぅぅっ!?」


 とても耐えられないほどに酷くなった頭痛に、カップを手放して頭を抑えてしまいます。

 割れそうなほどに痛む頭を振り回すように悶える私に、リンデ先生が慌てながら押さえつけようとしてきました。


「落ち着いて思い出してください! 貴女はただのお姫様では無いはずです! 貴女が守りたいものは、この王城ではないでしょう!? シルヴィ王女――いえ、【慈愛の魔女】シルヴィ様!!」


【慈愛の魔女】。

 そう呼ばれた途端、今まで私を苦しめていた頭痛が嘘のように引いていき、急に目の前がクリアになったような感覚に陥りました。

 そして今、何故自分が()()()()に押さえつけられているのか、理解ができませんでした。


「セリ、さん? あの、少し痛いです」


 彼女の名を口にすると、セリさんは心底驚いたような表情を見せましたが、やがて泣きそうなほどに表情を崩しました。

 どうして彼女がそんな顔をするのかは分かりませんが、何となく、彼女が安心したのだと言う事だけは伝わってきます。


「【慈愛の魔女】様……! 良かった、上手く行った……!!」


「あの、状況が分からないのですが……」


 脱力しながら私に抱き着いてくるセリさんに、どう反応を返したらいいかが分かりません。

 事態が全く読み込めないものの、恐らく心配をかけてしまっていたのでしょう。

 そう判断し、謝罪を込めて彼女の頭を優しく撫でようとした時でした。


『そう簡単に上手く行かれるのは、こっちとしては困るのよね~』


 体の奥底から感じる恐怖と危機感に、彼女を抱いたまま勢いよく横へと転がります。

 すると、先ほどまで私達がいた場所に、鈍く光る大鎌が突き刺さっていました。


 聞く人によっては、神経を逆撫でされているようにも感じられる独特な声色。

 人を殺すことを一切躊躇わない、大鎌を振るう女性。


 ベッドから転がり落ちた私は、セリさんを強く抱きしめながら彼女を睨みつけました。


「ソラリア様……!!」


「はぁい、王女様。魔女のあんたとこうして言葉を交わすのは、数カ月ぶりかしらね?」


 大鎌をくるくると弄んだソラリア様は、自分の肩にそれを乗せながらそう言うのでした。

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