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878話 王女様は死を招く

 螺旋階段を駆け足で下りて行くにつれて、戦いの音が鮮明に聞こえてきます。

 騎士の方々の怒号のような指示や、誰の物かも分からない悲鳴。それらに徐々に近づいていくと言う事を考えるだけでも、身が竦んでしまいそうになります。


 それでも、ソラリア様から宝物庫へ向かうよう指示を受けたからには、何よりも優先しなくてはなりません!


 恐怖を無理やり押し殺しながら一階へ辿り着くと、そこは既に戦場と化していました。

 傷つき、倒れた騎士と冒険者の方々の傍には、彼らと運命を共にした武器の残骸が散らばっています。

 そのさらに奥では、私達を処刑するために王家に攻め入ろうとしている冒険者を始めとした方々を、騎士の皆さんが食い止めてくださっていました。


 いつもは給仕の皆さんが綺麗にしてくださっている床も赤く染まってしまっています。

 ですが何故か私は、それを見ても気分が悪くなると言った症状が起きませんでした。


 血を見慣れていたのでしょうか?

 いえ、そんなはずはありません。少なくとも私が今まで生きて来た中では、こんな光景は一度も見たことが無かったはず――。


 そう思った直後、脳裏に突然、見覚えの無い森の光景が映し出されました。

 そこでは夢の中で時々出てくる獣人族の方々が血まみれで倒れていて、私よりも何倍も大きな熊が雄叫びを上げていました。


 今のは、一体……?

 困惑して立ち尽くしてしまっていると、鋭く私を呼ぶ声が聞こえてきました。


「姫様!!」


「コレットさん?」


「姫様、何故こちらに!? 大聖堂で身を隠されていたはずでは!?」


「ええと、ソラリア様から天啓を受けまして。とにかく、宝物庫までご一緒していただけますか!?」


「お、お待ちください姫様!!」


 駈け出す私を、コレットさんが鎧の金属音を奏でながら追いかけます。

 コレットさんの静止の呼びかけを無視して廊下を駆けていると、今まさに、目的の宝物庫の中へと冒険者の方々が足を踏み入れようとしているところを見つけました。


「その中へは入らないでください!!」


「っ!?」


「し、シルヴィさん!?」


 茶色の髪をツンと立たせている冒険者の方が、あたかも私と知り合いだったかのような反応を見せました。

 私は彼とは面識がないはずですが……と訝しんでいると、隣にいた小柄な少女が、お姫様のような桃色の髪を揺らしながら剣の柄で彼の腿を突きました。


「おい、名前で呼んだらマズいだろ! 予定通りにやるぞ!」


「そ、そうだった……! ごほん。おいおい、一国の姫様が姿を見せてくださるとはなぁ! 探す手間が省けたぜ!!」


 何とも言葉と表情がちぐはぐな状態で、彼は私に剣を向けてきました。

 その切っ先に怯えた私を庇うように、コレットさんが間に割って入ります。


「おのれ狼藉者め! 姫様に剣を向けるなど無礼千万!! 今ここで、その首を叩き落としてくれる!!」


「お、おぉー怖い怖い! だが俺達をナメてもらっちゃ困るぜ騎士サマ。こう見えても俺達はS級の冒険者!! そんじょそこらの騎士に負けるはずがないんだよ!!」


「姫様は下がってください! この者達は私が!!」


 素早く抜いた剣で彼の剣を防いだコレットさんに従い、私は数歩後ろへと下がります。

 激しい斬り合いを始めるお二人の脇を抜けて、何とか宝物庫まで行きたいところなのですが……と思案していると、既に宝物庫の鍵を入手していたらしい小柄の少女が、扉の鍵を解錠し始めていました!


「やめてください!! 中に入らないでください!!」


「お宝を前にして、冒険者が止まると思うか? お姫様?」


 まるで男性のような口調でそう言った少女は、簡単に解錠した宝物庫の中へと入っていってしまいます。

 このままでは、グランディア王家の宝石が奪われてしまいます! 何としてでも彼女を止めなくては……!!


 はやる気持ちを抑えながら、お二人の剣筋を必死に見極めます。

 何度か打ちあい、冒険者の男性の体が大きく右側へ逸れたのを見計らい、私は一気に駆け出しました。


「なっ!? 姫様!?」


「よそ見するなよ騎士サマ!!」


「ぐっ!! 姫様! お戻りください!!」


 すみませんコレットさん! ですが、今行かなければ奪われてしまうのです!!


 そのまま宝物庫の中へと駆け込み、お宝を物色していた少女に後ろから抱き着いて妨害を試みます。


「捕まえました! もうこんなことはやめてください!!」


「……ただのお姫様が、冒険者に腕力で勝てると思ったのか?」


「えっ……きゃああ!?」


 しかし、彼女は私を容易く振り払うと、壁に叩きつけられた私の首筋に剣を添えました。


「大人しくしてるなら命までは取らねぇ。そこで黙って見てな」


「……っ!!」


 そのまま宝物庫にあった剣をもう一本抜き、私の首を壁に縫い付ける形で、壁に剣を突き刺しました。

 少しでも首を動かせば切れてしまう状況に歯噛みしかできない私の前で、彼女は悠々とお宝を物色し続け。


「お? これとか良さそうだな!」


 ついにグランディア王家に伝わる宝石を手にしてしまいます。

 天井からの灯りに宝石を掲げ、その煌めきを楽しんだ彼女は、それをサイドポーチの中へと押し込み、今度は近くにあった大きな木箱をひっくり返しました。

 中のお宝を床に散乱させると、その木箱を私の隣に置き、剣を抜きながら私に言います。


「この中に入れ」


「嫌です。あなたの指示には従いません」


「そうか。なら――!」


「きゃあ!!」


 彼女は私の後ろの襟を掴み、木箱の中へと放り投げました!

 したたかに打ち付けられたお尻の痛みに顔をしかめていると、すぐさま木箱の蓋が閉じられ、その上に何かが載せられたような重い音がしました。


「開けてください!! このっ……! くぅっ!!」


「無駄だよお姫様。魔法も使えない今の体じゃ、この重さは持ち上げられるはずがない」


「魔法? 何を言っているのですか!?」


「ん? あぁ、そうか。今は魔術って言わないといけないのか。まぁどっちでも――うおっ!?」


 真っ暗で何も見えませんが、箱の外で先ほどの少女が慌てて飛びのいたような音がしました。

 それとほぼ同時に、剣同士が激しくぶつかり合う金属音が響いて来ます。


「貴様!! 姫様になんて無礼を!!」


「コレットさん!!」


「ちっ! 何やってんだセイジ!!」


「わ、悪い! 一瞬抜けられた!!」


「クソッ、なら一気に片付けるぞ!!」


「片付けるのはこちらのセリフだ! 姫様、今そこからお出しして――」


 度重なる金属音に混じって、コレットさんの呼びかけが聞こえていましたが、何かが切られたような音がした直後、先ほどまでの剣による金属音とは異なる、床に何かが崩れ落ちるような音が聞こえてきました。

 それと同時に、水が噴き出すような音も薄っすらと聞こえます。


 これは、まさか……。


「コレットさん? コレットさん! コレットさん!! 返事をしてください、コレットさん!! どうしたのですか!? コレットさん!!!」


 信じたくないという想いで必死に彼女の名前を叫びますが、彼女からの返答はありません。

 この箱の外で起きている最悪の展開が脳裏をよぎり、首をふるふると振るしかできない私に、冒険者の男性の声がトドメを刺しました。


「……ったく、手間取らせやがって。だが、首を落とされれば王城の騎士だろうとここまでだな」


「首、を…………?」


 その言葉を聞いた瞬間、今までの音の全てに説明がついてしまいました。

 床に崩れ落ちた金属音は、彼女が身に纏っていた鎧の音。

 薄っすらと聞こえた水の音は、彼女の首から噴き出ている血の音。

 そして、何かが切り落とされたような音の正体は――彼女の首が、刎ねられてしまった音です。


 この箱の外で起きてしまった惨劇を想像してしまった私は、気が狂ったように叫び声を上げました。

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