877話 王女様は天啓を受ける
魔王軍による過激な進軍が始まってから二か月が経過した、三月十日のことでした。
王城内にけたたましい鐘の音が鳴り響き、お母様とお父様とのお茶を飲む手が止まった私の下へ、ある速報が飛び込んできたのです。
「お、おくつろぎ中のところ申し訳ございません!! 火急のご連絡がございます!!」
「そんなに慌ててどうしたのだ」
「冒険者が……冒険者が数多のギルドや一部の貴族を扇動し、王都内でクーデターを引き起こしました!!」
「クーデターだと!?」
クーデター。それは王政を武力で強制的に交代させる、政権奪取を目的とした行為です。
その原因の多くは、圧政や重税などによる生活苦を脱するために行われるものと聞いていますが、現在のグランディア王国では過剰な税収はしていないはずですし、圧政なんてとんでもない話です。
身内贔屓と言われてしまえばそれまでかもしれませんが、私が受けている歴史の授業の中でも、お父様が展開している政策はとても民に寄り添ったものだと理解していますし、これまでに国民から大きな不満が出たことなんて一度も無かったはずです。
小さな不満が積もりに積もったという可能性もゼロでは無いとは思いますが、国民の皆さんも王家は耳を傾けてくれると知っているはずですので、こんな武力に訴える行動を取るなんてあり得ないのですが……。
そうは思っていても、現実として起きてしまったものを無かったことにすることはできません。
それを理解しているお父様は席を立ち、私とお母様へ告げました。
「お前達は今すぐ、大聖堂へ避難しなさい。この城内ではあそこが一番安全だ」
「あなたはどうするの!?」
「私は兵を統率して、事態の鎮圧を図る。行くぞ」
「はっ!」
お父様が騎士の方と共に部屋を出て行ったのと入れ替わりで、給仕の方が私達の方へと駆け寄ってきました。
「さぁ陛下、姫様。道中を護衛いたしますので、移動をお願いいたします」
「え、えぇ。分かったわ」
私達は給仕の方と共に、大聖堂へと移動を開始しました。
大聖堂のある階まで避難することができた私達は、廊下の窓から見える王都の様子を見て、声を失ってしまいました。
平穏だった街並みからは、あちこちから火の手が上がり、至る所で騎士と冒険者らしき方々が戦闘を繰り広げています。
戦火と言う物は、正しくこういったことを指し示すのでしょう。そう思ってしまうのと同時に、本当にクーデターが引き起こされてしまっているのだと認識せざるを得ませんでした。
そんな時、城内の遠くからも怒号や悲鳴のような声が聞こえてきました。
恐らく、城内にまで本格的に攻め込まれているのでしょう。
騎士の皆さんやコレットさんを信用していない訳ではありませんが、本当にこのままクーデターで処刑されてしまうかもしれないと考えると、恐怖で動けなくなってしまいそうになります。
「陛下、姫様、どうか大聖堂の中へ」
「はい……」
私達が大聖堂の中へと入ったことを確認し終えた給仕の方は、私達を安心させるためか、優しく微笑みながら扉に手を掛けます。
「我々は大聖堂への立ち入りを許可されていないため、ここまでとなります。ですが、この大聖堂内には賊の一人たりとも近づけさせませんので、どうかご安心ください。では、失礼致します」
そう言って扉を閉めようとした給仕の方へお母様が手を伸ばしかけますが、お母様が何かを口にするよりも、扉が閉められてしまう方が先でした。
いつもなら静寂に包まれていても安心できる大聖堂内ですが、今日という日においては、私達の不安をより一層駆り立てるような気がしてしまいます。
「お母様……」
不安げな声を出してしまい、我ながら情けなくも感じますが、そっとお母様の顔色を伺います。
すると、お母様は私の不安を感じ取ったのか、無理やり笑顔を浮かべながら、優しく言ってくださいました。
「大丈夫よシルヴィ。お父様や騎士の皆が頑張ってくれているんだから、絶対に大丈夫。私達はここで、皆の無事を○○○○様に祈りましょう?」
「そう、ですね。分かりました」
お母様の仰る通り、避難している私達に出来ることは、戦神であるソラリア様へ祈ることです。
どちらともなくソラリア様の神像へと歩み寄り、そっと片膝を突いて祈りを捧げ始めます。
どうか。どうか騎士の皆さんとお父様が無事でありますように。
私達グランディア王家が、無事でいられますように。
偉大なる守護神、ソラリア様。私達をどうかお守りください。
今までの祈祷が不真面目だったとは言いませんが、これほどまでに心の奥底からソラリア様への祈りを捧げたのは初めてかもしれません。
両手を固く組み、一心不乱に祈りを捧げ続けていると。
『シルヴィ。あなたにやってもらわないといけないことがあるわ』
突然、脳内にソラリア様の声が響いて来ました。
私がガバッと頭を上げて周囲を見渡すも、当然ながらソラリア様の姿は無く、祈り続けているお母様が隣にいることから、やはり私にしか聞こえていないようでした。
『今すぐに宝物庫へ向かいなさい。あの宝石を奪われてはいけないわ』
「宝物庫……」
「どうしたのシルヴィ?」
顔を上げ、独り言のように呟いたのを不審に感じたお母様に心配されます。
ですが、私はソラリア様の言葉が気になり、応えるよりも先にその場から駆けだしました。
「シルヴィ!? どこへ行くの!?」
「ソラリア様から天啓をいただきました! 宝物庫へ向かいます!」
「今はダメよ! 待ちなさい! シルヴィ!!」
すみませんお母様。恐らく、今でなければいけないのです。
私は扉を押し開け、急いで宝物庫へ向かいました。
 




