876話 異世界人は振り返る・後編 【レナ視点】
妹と仲がいいとは言っても、それはあくまでも世間体を気にした外面だけの関係性。
学校や家の外でも姉として慕ってくれてたし、一生懸命で可愛い妹を演じていたけど、あたしという目がいなくなると、それは急変する物だった
「あの子はどこまでも完璧なのよ。こんな出来損ないのあたしにも優しくしてくれたり、学校でもお姉ちゃんお姉ちゃんって可愛い妹を演じてたりしてたんだけど、それはあたしに気取られないための演技でしかなかった。あの子はあたしがいないところで、何もできないあたしを笑いの種にしてたのよ」
「そんな……!?」
「あたしがそれに気づいたのは、中学三年くらいの時だったわ。だからこそ、それまでずっと慕われてたと勘違いし続けていたのが崩れた時の絶望感は凄かったわね」
花園家は、あたしにとっては地獄のような環境でしかなかった。
物心ついた時から毎日舞踊の練習をさせられ、優しくしてもらった記憶なんてほぼゼロに等しい。
その上で、あたしを突き放した両親と、表裏の激しい妹の裏切りに、あたしは人を信じることができなくなっていた。
「だけど、そんなあたしにも一人だけ、本当の味方がいたのよ」
「そうなの? 誰?」
「おばあちゃん」
「おばあちゃん? え、今の話に出てきてなくない?」
「うん。時系列的にも出てこなかったからね」
少し話し過ぎた喉を潤すべく、再び缶チューハイを流し込む。
「花園家の当代はあたしの父親なんだけど、おばあちゃんは先代の当主――つまり、父方のお母さんなのよ。で、引退して本家とは別宅で一人暮らしをしてたの」
「もしかして、そのおばあちゃんが恋奈を見て、本家にカチコミに来たとか!?」
「あんた、ゲームのやり過ぎよ。そんな訳ないじゃない」
まぁ、近からず遠からずって感じではあるんだけど。
「おばあちゃん曰く、当時目の色も生きる気力も失ってたあたしを見てられなかったみたいで、本家で使わないなら家事手伝いとして引き取りたいってことで、あたしを引き取ってくれたのよ」
「今の恋奈を見てる私としては、恋奈にそんな時期があったなんて考えられないわ~……」
「でしょうね。そんな素振り一切出さないようにしてるし」
「ってことは、明るく振舞えみたいなことをおばあちゃんに言われたの?」
「まぁ……そんなとこ?」
へぇ~と感心しながらするめを口にする梓に、あたしは話を続ける。
「おばあちゃん家に引き取られたあたしは、言われた通りに家事手伝いをしようとした。だけど、おばあちゃんは“そんなことしなくていい”って止めて来たの。その理由がさっきの引き取る理由なんだけどね。で、おばあちゃんはそのままあたしを連れて、庭にある大きな桜の木を見せてくれたんだ」
あの桜の木は、いつまでも記憶の中に残ってる。
一生忘れたくない、あの満開の桜。
その桜が舞い散る夢のような景色の中で、おばあちゃんはあたしを撫でながら笑ってくれたっけ。
「“恋奈。これからは家のことは忘れて、明るく楽しく、自分のしたいように生きて行きなさい。そうすればきっと、恋奈だけの花が綺麗に咲くはずだから。そしていつか、この桜のように立派な花を咲かせることができたら、それを私に見せて欲しい”って」
当時はそんなの無理だって受け入れられなかった言葉だったけど、あれからずっと、あたしはあの言葉を支えに生きてきている。
どんなに理不尽なことがあっても、どんなにめげそうな時でも、心の中のあの桜とおばあちゃんがずっと支えてくれている。
だからあたしは、これまで前向きに生きてくることができたのよね。
「それからは、おばあちゃんの家で二人で暮らしてたわ。学校行事にはおばあちゃんが来てくれるようになって、のんびりと流れる時間の中で、生きる楽しさを教えてくれて……。時々、おばあちゃんの趣味の生け花とか、現役だった頃の舞いを教えてもらったりしてたわね。いつもの髪型も、おばあちゃんがこうした方が可愛いって言ってたから続けてるしね」
「そっかぁ。恋奈にとっておばあちゃんは、恋奈を取り戻してくれた唯一の味方だったんだね」
「うん。おばあちゃんが来てくれなかったら、下手したら自殺してたかもしれないしね」
「今だから笑えるかもしれないけど、冗談じゃないからねそれ?」
「あっはは! まぁそのくらい病んでたってことで、ね?」
「恋奈が死んじゃってたら、私もきっと飢え死にしてるよ……」
「あんたは趣味にお金使いすぎなのよ。いい加減我慢ってものを覚えなさいよ」
「それは無理」
即答って……。
何故か得意げな梓に苦笑していると、梓はあたしに質問を投げて来た。
「そのおばあちゃんってまだ会えるの?」
「まだまだ元気なはずよ。今年で七三歳とかになるはずだけど、平気で犬と一緒に走ってたし」
「うわ、スーパーおばあちゃんだ! じゃあさ、今度恋奈のおばあちゃんの家に行ってもいい?」
「何であんたが来るのよ」
「いいじゃんいいじゃん! 恋奈を一目惚れさせた桜も見てみたいし、何よりそのおばあちゃんに会ってみたい!!」
「桜はあたしも見せたいけど、おばあちゃんはどうかなぁ……」
おもむろにスマホを取り出して、おばあちゃんにメールを送ってみる。
送ってから一分も経たないうちに、それに対して返信が届いた。
「えっ、早!! おばあちゃん監視してた!?」
「違う違う。おばあちゃんはだいたい家でのんびりしてるから、メールとかすぐ返してくれるだけよ」
中を確認すると、『全然構わないよ。恋奈のお休みの日に連れて帰っておいで。でも桜が見たいなら、来月の方がいいかもねぇ』と書いてあった。
「いいって。でもまだ二月だから桜は咲いてないし、三月でどう?」
「おっけーおっけー! じゃあ私、何としてでも恋奈がそれまでに消えちゃわないように頑張るね! その相葉くんって子にも連絡取れないか試してみるから!」
「あはは! よろしくお願いするわ」
頼もしい友人がはしゃぐ姿に笑いながら、スマホをポチポチと操作して画像フォルダを開く。
お目当ての写真を表示して、あたしは優しい気持ちで微笑んだ。
満開の桜の木の下で、犬を抱えたおばあちゃんの隣でピースしている大学卒業したてのあたし。
社会人になってからあんまり会えなくなっちゃってるけど、いざ会いに行こうと考えると心が弾んだ。




