875話 異世界人は振り返る・前編 【レナ視点】
相葉 陽介。
その名前を聞いた瞬間、あたしはまた頭が痛み始めた。
「……っ!!」
「大丈夫、恋奈!?」
「大丈夫……。痛むってことは、奪われてる記憶の中の人ってことよね」
「うん。私は向こうの世界のことはそんなに詳しくないから、ざっくり程度の知識しかないんだけど、その相葉くんって人は魔道具っていうものの開発をしてた人なんだって」
「魔道具って?」
「簡単に言えば、魔法が込められた道具。見るだけで操られちゃう催眠術の道具とか、ボタンを押すだけでポーションが出てくる自販機みたいなのとかいろいろあるみたい」
梓の説明を受けると、さらに頭痛がちょっと増した。
魔法関連もそうだったけど、よほどあたしに思い出させたくないのかな。
「なるほどね……。それで、その人もこっちに戻されてるってことは、その人も多分、あたしみたいに記憶を消されてるのよね?」
「そうみたい。でも、聞いた話では恋奈ほどじゃないみたいだよ。恋奈は向こうの世界だと中心人物だったみたいだから徹底的に消されてたらしいけど、相葉くんって子は同じ異世界出身だからってことで巻き込まれたみたいな?」
「え、あたしって中心人物だったの!?」
「いやいや恋奈さんや。世界を巻き込んだ戦いとやらで、神様と直接戦ってたんでしょ? そんな人物がモブな訳ないでしょ」
「そう言われるとそうかもしれないけど……。なんか実感無いわね」
「それはきっと、記憶を消されてるからだと思うよ~。きっとシルヴィちゃん達と、世界を守ろうって勇者パーティみたいなことしてたんだって」
そうは言われても、ホントにあたしがそんなことをしてたのかって疑問を感じてしまう。
だってあたし、人より優れた才能なんて無いし、頭も良くないし。
――なんなら、妹に全部の才能で負けて家族から爪弾きにされてたくらいだし。
暗く、嫌な記憶が蘇りそうになった思考を振り払うように、ぶんぶんと頭を振る。
そんなあたしを、梓は心配そうに見ていた。
「大丈夫? あんまり効かないと思うけど、バファロン飲む?」
「ありがと。でも今のはあたしの昔のことを思い出して嫌な気持ちになってただけだから、ホント気にしないで」
「ならいい……いや、良くは無いんだけど」
誤魔化そうと苦笑したあたしに、梓は気遣うような目をしながら缶チューハイを口にする。
やがて、聞いていいものかと迷いながらも、梓はあたしに尋ねて来た。
「ねぇ、恋奈。答えにくかったら答えないでもいいんだけどさ。恋奈の昔の話を教えて欲しいな」
「何で?」
「ほら、恋奈って時々、今みたいな暗い顔をする時あるじゃん。そう言う時って決まって“昔のことを思い出した”って言ってたから、そんなに思い出したくない過去があるのかなって」
梓は「もちろん、誰にだって言いたくない秘密とかあるだろうし、無理にとは言わないけど」と付け足した。
たぶん誰にも話したことが無い、あたしの身の上話。
何もかもが平凡で、取り柄が無かった普通のあたしが、ただ名門家系に生まれちゃったために感じ続けていた劣等感。
こんな話をしても、梓はきっと困るだけだと思う。
それでも、今の梓には、それを優しく受け止めてくれるという確信を持たせる何かがあった。
「……つまらない話よ?」
「平気平気! お酒があれば、つまらない愚痴でも悪口でも楽しくなるって!」
気のせいだったかもしれない。
あたしは小さく嘆息し、缶チューハイで喉を潤してから話し始めることにした。
「あたしの生まれた家、花園家はね? 代々日本舞踊の舞踏家を輩出する名家なのよ。それこそ、今の京都で舞踏家になりたいって思ったら、花園の門を潜る必要があるって言われるくらいの超トップの家なの」
「そうなんだ!? 私、日本舞踊詳しくないから分からなかったや」
「知らない人はそんなものよ。あたしだってアニメの制作会社とか分からないから、あそこの会社が凄いって言われても、へーそんな有名なんだってくらいにしか感じないし」
「あはっ、めっちゃ分かりやすーい」
「んで、そこに生まれたあたしももちろん、小さい頃から日本舞踊を学ばされてた。基本的な舞いの型とか、花園に相応しい所作、その他にも色々……。あたしは物覚えがいい方じゃなかったから、毎日毎日怒られてばっかりだったけど、それでも何とか覚えようと必死だった。でも、二つ下の妹が小学校に入学する頃くらいから、あたしが今までできなかったことをサクサク覚えてこなし始めたの」
「え、六歳とかそれくらいで踊り始めてたってこと?」
「そう。あの子はいわゆる天才って呼ばれるタイプで、教えたことは一度で吸収するし、期待されたものをそれ以上で答える凄い子だった。当然それは、あたしとの歳の差をグングン詰めて行って、あたしが中学に上がる頃にはとっくに、あたしが教わったことなんて出来て当たり前くらいになってた」
「それじゃあ、恋奈は……」
「うん。当然、あたしには見向きもされなくなってたわ。あたしに教えるくらいなら、妹に教えた方が遥かに効率的だし、より高いパフォーマンスを出してくれるんだから。そのおかげで、あたしは家の中でも学校でも、どんどん居場所がなくなっていったの」
花園の面汚し。
出来損ないの失敗作。
あの頃はそんな言葉ばかり耳にしていた。
それは家だけでは済まず、学校の先生とかからも、“花園さんには期待していたのに”と言われることも多かった。
「小学校の後半からは、両親には口も利いてもらえなくなったし、もう何もしないでいいと見捨てられて、最低限の衣食住だけを提供してもらうだけの関係になってた。学校行事なんかも、あたしの時には一切顔も出さなかった。まぁ当然よね。出来損ないの学校生活を気にするよりも、優秀な子を見ていた方がいいに決まってるし」
「そんなことはっ……!」
梓は否定してくれようとしたけど、今までの話の流れから、あたしの両親がそうは思っていないとは言い切れず、顔を俯かせてしまった。
やがて、梓はおずおずと質問を口にする。
「その、妹ちゃんとは、どうだったの?」
「妹とは仲は良かったわね」
「あ、そうなんだ。それなら――」
若干希望を持たせたところ申し訳ないけど、あたしはこう続ける。
「あくまでも、外面だけだけどね」




