873話 異世界人はきっかけを手に入れる 【レナ視点】
絶品の和牛を堪能したあたし達は、早速熱海名物でもある温泉へと向かい、昼間から贅沢に満喫していた。
「あ゛ぁ゛~……!! 沁みるぅ……!!」
「あっははは! 梓、もうおっさんのソレよ!」
「いやだって、こんなの声出すなって言う方が無理じゃん! ほら、恋奈も入りなよ!!」
天然の露天風呂に肩までどっぷり浸かってる梓に誘われ、お湯にそっと足を入れていき――。
「う゛ぁ゛ぁ゛~……!!」
「恋奈のおっさんボイスやばー!!」
あたしまではしたない声を出してしまうくらいには、真冬に入る露天風呂は反則級の気持ちよさだった。
これで雪でも降ってれば最高なのになぁとか思っていると、しれっと持ち込んでいたらしいお酒をおちょこに注ぎながら、梓があたしに話しかけて来た。
「恋奈さぁ~」
「んー?」
「向こうの世界とこっちの世界、どっちが住みやすいと思う?」
「え、いきなり何?」
注ぎ終わったおちょこをあたしに手渡し、自分の分を注ぎながら梓は続ける。
「いやほら、向こうの世界の文化と比べるとさ? 私達の世界って便利な物に溢れてるじゃん? 電車だってそうだし、ホテルだってそう。魔法のような自由度は無いかもしれないけど、とにかく何もかもが効率よく快適に作られてるでしょ?」
「まぁ、そうね」
「それに比べると、向こうの世界って良くも悪くも古いでしょ? 文明レベルも違うし、ゲームみたいな世界だから何かの拍子で死ぬ危険性だってめちゃくちゃ高いし。私的には、お金さえあればボタンひとつで好きな物が何でも家まで届くこの世界が快適なのよ」
「そうよねー。こうやって温泉に入ってる時に、誰かに襲われるってことを考えなくてもいいのも利点よね」
「そうそう。って、私が向こうの世界を見た訳じゃないし、聞いた話からの想像だから詳しい所は分からないんだけどね」
そう笑った梓は、お酒を軽く口にする。
確かに、梓の言う通りだとは思う。あたしもまだぼんやりとしか思い出せてないんだけど、どこかに出かける時とかでも、ある程度緊張感を持って出かけてたような気もする。
こっちの世界では当たり前な宅配なんてものも無いし、ホテルみたいなしっかりした宿泊施設もほとんどない。言ってしまえば、向こうの世界は歴史の本とかに出てくるような、中世ヨーロッパって感じだわ。
「だけど、向こうにはきっと、向こうなりの良さがある。だから恋奈も、この話を聞いた時にこっちの世界に残る方法じゃなくて、向こうに帰る方法を聞いてきたんでしょ?」
「うん。何て言えばいいか分からないんだけど、向こうの世界があたしの居場所だったんだって思えるのよ」
ぼんやりとしか思い出せない人達に囲まれて、今では想像もできないくらい毎日笑って過ごしてたあたし。
独り暮らしが長く続きすぎてたから寂しさもあったんだとは思うけど、命の危険とかを踏まえた上でも、あっちの世界は何もかもが温かかった。
「何より、あっちの世界は隣の人に優しくしようってみんなが思ってるから、こっちみたいに素っ気なくないのよね」
「こんなに隣で恋奈を助けようと頑張ってる友人もいるのに?」
「あんただって、本当の同期じゃないんでしょ?」
「あっははー! それを言われると辛い!」
梓はそう笑うと、少し寂しそうな顔を浮かべた。
「ごめんね、恋奈。恋奈の居場所に無理やり私を作っちゃって。でもさ、こうしないとダメなような気がしてさ」
「ううん、全然気にしてないどころかありがたいのよ? あんたのおかげで、何も思い出せないまま消えていくって未来を回避できたんだし」
「それはまぁ、私の不手際でもあるって言うかなんて言うか……。ほら、詫び石的な?」
「え、あんた人の生き死にをゲームのお詫びと同列に見てんの?」
「そ、そんな訳ないじゃん! そんな訳ない! ――待って待って、何その目!? いやホントだって!? ねぇ恋奈信じてよぉ~!!」
「ちょっと抱き着いてこないでよ! 近い近い、離れろー!!」
ソラリアとかいう神様によって、こっちの世界に戻されたあたしが辿るはずだった道から連れ戻してくれた梓。
きっと梓も、何かの神様とかそれに近い存在なのかもしれないけど、梓がいてくれたおかげであたしはあたしでいることができている。
――じゃなかったらきっと、もっと早くにぼーっとすることが増え続けて存在ごと消えてたんだと思うから。
「梓」
「何?」
「ありがとね。見ず知らずのあたし何かのために、ここまでしてくれて」
本心からのお礼を口にしたあたしに、梓はしばらくきょとんとしていた。
だけど、それも長くは続かず。
「なーに言ってんの恋奈! もう私達友達でしょー!? 友達が困ってるなら、助けてあげないと!」
にぱっと笑いながらそう言う彼女に、あたしはまた、あの子の影が重なった。
『困っている人がいるなら、助けてあげたいです』
『それが友達なら、私は何でもすると思います』
シルヴィの中のあたしは、どれくらい心の中に居場所を貰えてたのかな。
この記憶が間違いじゃないなら、会って話をして確かめたい。
あたしにも、居場所はあるんだって。
そんなことを考えてると、あたしに肩を組んできていた梓が、あたしの頬をうりうりと押し込みながら尋ねて来た。
「そう言えば恋奈さ、やたらとシルヴィちゃんって言う子のことを思い出すじゃん?」
「そうね」
「こういうのってさ、よくアニメとかである展開なんだけどね? 記憶喪失の人が、その人から貰ったプレゼントを見て思い出すーみたいなのがあるのよ。恋奈、シルヴィちゃんから何か貰ってたりしない?」
「えぇ? そんなものがあったらとっくに――」
とっくに思い出している。
そう言いかけたあたしは、梓の言葉に衝撃を受けたような気がした。
そうだ、何で今の今まで忘れてたんだろう!?
「あるわ!!!」
「わぁ!? タオル! タオル剥がれてるよ恋奈!!」
「ぎゃあああああ!?」
勢いよく立ち上がってしまったことで剥がれたバスタオルを巻きながら、あたしは急いで脱衣場へと向かう。
申し訳程度に体を拭き、自分のバスケットから取り出したものを、追いかけて来た梓に見せる。
「これ! この桜のキーホルダー! 確かシルヴィに作ってもらった物だわ!!」




