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871話 異世界人達は旅行に行く 【レナ視点】

「…………んや、おーい恋奈(れな)さんやーい?」


「んぇ? って、うわっ!?」


 いつの間にか(あずさ)が話しかけてきていたみたいで、結構な至近距離で顔を覗き込まれていた。

 慌てるあたしをケラケラと笑った梓は、自席の肘置きで頬杖を突く。


「またぼーっとしてたの? 今週多くない?」


「そうかなぁ。うーん……あたし、そんなぼーっとしてる?」


「してなかったら言わなくない?」


「そうよね……」


 旅行中だからって、気が緩んでるのかな。

 自分の頬を軽く叩いて集中し直そうと試みていると、梓は「これ食べる?」と黒いガムを差し出してきた。

 それを一個貰って軽く噛むと、パリパリと言う音と共にキシリトール系特有の辛みが舌を突き刺してくる。


「かっら!!」


「当たり前じゃーん! 眠気覚まし用なんだから!」


「それもそうだけど。それより、今週のあたしどれくらいぼーっとしてた?」


「うひぃ~、かっら! んー、どんくらいって言われると分かんないけど、明らかに先週より酷くなってるよ?」


「そっか……」


 梓にそう言われ、あたしはいよいよ、自分に時間が無くなって来てるんだって自覚してしまう。


「あたし、あとどれくらい持つと思う?」


「少なくとも、この旅行中は大丈夫」


「ってことは、旅行が終わったらまずそうね」


 あたしは小さく溜息を吐き、窓の外を流れる景色を眺める。

 二月二十日、金曜日。あたし達は今、熱海へ社員旅行に来ている。

 朝七時半に京都駅集合とか言うハードな始まりだったから、ぼーっとしてた可能性も否めないけど、あたしがぼーっとする理由は別にあるのよね。


 あたしが異世界から来たことを忘れてるということが。

 いや――。この星で生まれ育ったあたしが、異世界に連れていかれたはずなのに、何故かこっちに戻って来てしまっていることが、あたしに影響を及ぼしている。


 それを教えてくれた梓が何者かは分からないけど、梓について詳しく聞こうとしたり、異世界について聞きすぎたりすると、急に激しい頭痛に襲われるのが最大の悩みだったりする。

 なんでも、梓が連絡を取ってる人とは別の人に呪いを掛けられてて、そのことを思い出そうとすると呪いの効果で頭が痛くなるらしい。


 呪いとか魔法とか異世界とか、全く理解ができないけど、現にこうして説明ができない現象が起きてるんだから、理解できなくても受け入れるしかない。

 と言うか、あたしが異世界に行ったって話すら信じられないし、アニメとか漫画でよく見るような、「おぉー勇者様聖女様! ようこそいらっしゃいました! 国を助けてください!」って感じの展開でも無くて、散歩してた神様が一目ぼれしたから異世界に誘拐したって話がさらに訳が分からない。

 しかも異世界に連れていかれたからって何をするわけでもなく、ただ居候(いそうろう)して時々戦ったりしてただけって言うんだから、記憶が無くなる前のあたしは何をしてたんだろうって余計に気になっちゃう。


「旅行が終わってすぐって訳じゃないとは思うけど、時間が無いのは恋奈(れな)の言う通り。恋奈自身もぼーっとする時間が多くなってきてるし、会社の人に忘れられ始めてるからね」


 梓の言葉に、あたしは自分の手の平に視線を落とす。

 そう。頭痛がする度に梓が話を中断してくれるのはありがたいけど、あたしにはタイムリミットがあるらしい。

 そのタイムリミットが近づくにつれて、あたしが存在していたという形跡がどんどん希薄になっていき、最終的にはあたしに関わる全ての記憶が消えて、あたし自身も消えると言う物だった。


 現に、今回の熱海旅行に行く時だって、あたしだけメールのCCから外れてたり、久しぶりに顔を合わせた他部署の子に忘れられてたりした。

 まだ指摘すれば思い出してもらえる段階ではあるけど、これが悪化すると、もう二度と思い出せなくなる……って言うのが、梓から聞いた今のあたしの置かれた状況だった。


「ねぇ梓。あんたはあたしのこと、忘れないわよね?」


「んー、美味しいご飯でも奢ってくれたら忘れないかも? なーんて!」


「先週も奢ったばっかでしょうが」


「あっははは! まま、私は最後まで恋奈を覚えてるから心配しないで。恋奈が私を覚えてる限り、私も恋奈を忘れないからさ」


「……ありがと、梓」


「なーに落ち込んでんのよ! ほら、これ美味しいから食べな? カロリー爆弾だから食べすぎるとデブ一直線だけど、ちょっと食べる分には幸せな脂肪になるだけだから!」


「ちょっ、何てもの食べさせようとしてんのよ!? あたしデブりたくな――むむぅっ!?」


「どうじゃい恋奈ぁ、美味かろう美味かろう~? 揚げバターにハチミツと砂糖をこれでもかとまぶした、犯罪級のお菓子ぞよ~?」


 暴れるあたしを抑え込みながら、次々とそれを食べさせてくる梓。

 口の中が甘さで大変なことになっているけど、こうしてじゃれ合っている間は、先の不安が少し紛れるような感じがした。

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