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869話 ご先祖様は激怒する・後編 【シリア視点】

「ラティス、止めてくれるな。こ奴は妾に余程殺されたいようじゃ」


「望むところですわ。その凝り固まった脳を一度取り出して、スライムにも劣らないほど柔らかくしてあげましてよ」


「だーかーらー! 一々ケンカ腰にならないでくれよ! 話が進まないだろ!?」


「じゃがこ奴が!!」「ですがシリアが!!」


 口を揃えた妾達を黙らせんと、首元のそれがチャキリと音を立てる。

 ほんの僅かに肉に食い込むのを感じ、妾達は口を(つぐ)んだ。


「落ち着きなさい。本当に首を落としますよ?」


「まずは話しを進めようぜ? そうすれば、何で魔王様がキレててシリア様が無力扱いされたのかも分かるだろ? な?」


 ネフェリが話を振った先には、すっかり怯え切っておるセイジとアーノルドがいた。

 アーノルドに至っては精神も女に寄ってきているのか知らんが、涙目で若干震えておる。

 それでもネフェリの意見には同意であるらしく、二人はこくこくと何度も首を縦に振っておった。


 その情けの無い姿にすっかり毒気を抜かれてしまい、妾は盛大に溜息を吐いて剣を消した。


「……ちと頭に血が上り過ぎた。夜風を浴びてくる」


「あ、おい! シリア様!」


 ネフェリの呼び止めを無視して、一人宿屋の外へと向かう。

 二月の夜中ともなれば、イースベリカのような極寒の地では容易く人が死ぬほどの寒さとなるが、会合の場に選んだ辺境の街フェティルアでは、外に出た瞬間に身震いをする程度の寒さで済んだ。


 夜空を見上げ、己の吐く白い吐息をぼんやりと見つめていると、先ほどレオノーラが見せた、心底失望した顔と共にあの言葉が脳内で再生される。


『……つまり、シルヴィが今後目を覚まさなくても構わないと言うことですのね。見損ないましたわ』


 あ奴にとってのシルヴィは、己の行き詰った未来を切り開き、魔族の問題にも介入してくれる良き友であり、妾以外に打ち明けることの無かった弱みを見せられる良き理解者なのじゃろう。

 それ故に、妾が口にした最悪のリスクを受け入れられず、あの反応を示した。

 その反応が間違っているとは思わぬ。むしろ、友が死ぬやも知れぬともなれば、誰しもが不安を抱くのは正しい反応じゃろう。


 にもかかわらず、妾は己自身が焦っているところを刺されたと感じてしまった。

 魔導連合の戦力向上のための戦術指南。冒険者共の武具生成。シルヴィの守護結界を一時的に破るための疑似神創兵器作成。そして、セリやコレットを始めとした、王都潜入組の報告受けと指示出し。

 そこにシルヴィ奪還のための作戦立案も相まっていたが故に、己でも把握しきれんほどに気が立っておったのじゃろう。


 先のは、完全な八つ当たりに近い。

 それを詫びるのは容易いが……と、壁に背を預けて悩んでいると、宿屋の出入り口からラティスが出てきおった。


「何をしているのですか?」


「見て分からんか。考え事じゃ」


「こんな寒空の下で考え事などしても、満足に頭は働かないでしょう。私は慣れているので、この環境下でも問題はありませんが」


「何じゃお主、嫌味を言いに来たのか?」


「あなたがそう受け取りたいのなら好きにしてください。私は、あなたを散歩に誘おうと来ただけです」


「散歩じゃと?」


「えぇ。夜の街を少し見て回りたくなったので」


 ラティスはそう言うと、妾に背を向けて歩き始めた。

 許可も取らず勝手に始める辺り、ラティスらしくはあるか。と観念し、妾はその後に続く。


「フェティルアなぞ、田舎の冒険者の街じゃぞ。お主が見て面白い物なぞなかろう」


「勝手に決めつけないでください。ここはイースベリカとは異なりますし、ラヴィリスとも異なる街です。それならば、その地域に根差した暮らしなどもあるでしょう」


「例えば、ほら」と、ラティスは一点を指で指しながら言葉を続ける。


「冒険者ギルドに併設されている酒場。あれはイースベリカでは見ない物です」


「そう言えばイースベリカは、乱闘を避けるためだか何だかで酒場は別の場所に用意しておったな。確か、冒険者ギルドと併設されているのは素材の買い取りじゃったか?」


「えぇ。他にもパーティ募集用の掲示板も用意はしていますが、この街に比べると随分と静かな物です」


「酒場で飲み騒ぎながらクエストの吟味ができんと言うのもあるとは思うが、イースベリカは何分寒すぎるからな。口数もとんと減るのじゃろうて」


「そうかもしれませんね」


 そんな話をしながら冒険者ギルドの前を通り過ぎると、一歩先を歩くラティスが妾に顔だけ振り向いた。


「シリア。あなたはまだ、人に頼ると言う事が苦手なのですね」


「何じゃ、(やぶ)から棒に」


「あなたがさっき言っていた言葉の意味についてです」


 ……もしやこ奴、気づいておったのか?

 そう訝しんだ妾を、ラティスは小さく笑った。


「当然気づいていますよ。何年、あなたを見て来たと思ってるんですか?」


「せいぜい二十年そこそこじゃろう」


「そう、二十年ほど。ですが、それほどの時間があれば、あなたが何を考えているかくらい手に取るように分かります」


「嫌な女じゃな」


「本心を隠し続ける女も、大概だとは思いませんか?」


 はぁ、ダメじゃ。ほんにこ奴相手だとペースが保てぬ。

 妾は観念したように溜息を吐き、ラティスが求めている言葉を口にした。


「……そうじゃよ。あれはレオノーラ達の負担を最大限に抑えて、かつシルヴィへの負担を軽減した上でのリスクの話じゃ。レオノーラ達に負担を強いられるのならば、シルヴィに支障が出る確率も時間もグンと減る」


「なら何故、それを言わないのですか?」


「言える訳なかろう。レオノーラは阿呆じゃ。シルヴィのために己が犠牲になるという択を出そうものなら、一も二も無く飛びつくじゃろう。じゃがそれは、下手を打てば死に繋がる」


「かつて殺そうとしていた相手なのに、そこまで気にするのですね」


「昔の話じゃ。今では妾も、奴は友であり守るべき身内のように見ておる」


 そうであるが故に、奴に無理を強いたくはない。

 ただでさえあ奴は、不死の呪いがあるからと無謀な行動を取ることが多い。

 そんな軽率な行動をソラリア相手に行えば、最悪の結果、不死を利用されて永劫に殺され続けかねん。


 そう考えていた妾を、ラティスはクスクスと笑いおった。


「何じゃ、何がおかしい」


「いえ。あなたはシルヴィさんと出会ってから、随分と丸くなりましたね」


「何の話じゃ」


 訝しむ妾に、ラティスは何故か優しい顔を浮かべる。


「さぁ、何の話でしょうね?」


「チッ。ほんに嫌な女になったものじゃ」


「二千年もあれば、多少は変わりますから」


「お主のそれは、今に始まったことでは無いと思うがのぅ」


「それはお互い様でしょう」


 二千年来の友にそう言われ、妾は何も言い返さず、ただ苦笑いを浮かべた。

 そんな妾に、ラティスは言葉を続ける。


「魔王レオノーラは、あなたの言う通り無謀なところがあるかもしれません。ですが、彼女もまた、シルヴィさんと出会ってから大きく変わっているのですよ」


「そうか? 妾には昔から変わらんように見えるが」


「距離が近すぎると見えないものです」


「ふむ……?」


 あまりピンと来ない妾に、ラティスは足を止めて振り返ったかと思いきや、そのまま来た道を引き返し始めた。


「今度は何じゃ」


「冷えたので帰ろうかと」


「はぁ? この程度の寒さで、音を上げるお主では無いじゃろう」


「女性は体を冷やしてはいけない生き物です」


「はっ、何を今さら。体を冷やして生殖機能に支障が出たところで、お主に貰い手なぞ――いや、すまぬ。ほんの冗談じゃ」


 凄まじい殺意と共に向けられたラーグルフに、妾は即座に謝ってしまった。

 それに満足したのか、ラティスはにっこりと笑って再び帰路を進んでいく。


 奴が何を言いたいのか終始分からんかったが、概ねそういう事なのじゃろう。

 レオノーラの奴に、多少負担できるかと相談してみるかのぅ……。

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