865話 王女様は対面する
お母様から王家に代々伝わると言う特別な祈祷のやり方を聞いた私は、早速城内の大聖堂へと足を運んでいました。
日が傾き始めるか否かと言った時間ではありますが、ソラリア様を祀る大聖堂内は、既に薄っすらと夕暮れ色に染まっているようにも見えます。
これがステンドグラスによるものなのか、はたまたソラリア様の神聖さを表しているのかは分かりませんが、今日は一段と不思議な感覚を覚えるものでした。
私はお母様から預かってきた、ルビーに似ている宝石をソラリア様の神像の前に置き、片膝を突いて祈りを捧げる体勢を取ります。
ソラリア様と交信するために必要なのは、この王家で保管し続けていたという、ソラリア様の魔導石と呼ばれる国宝と、グランディア王家の中でも特にソラリア様と近しい魂を持った者。その二つが揃っている今なら、ソラリア様と声を交わすことも叶うはずです。
(――我らがグランディアの祖であり、【夢幻の女神】であられるソラリア様。どうか、私の祈りを聞き届けてください)
そう強く思いながら、ソラリア様へと祈りを捧げます。
しかし、それと同時に、私はふと疑問を覚えてしまいました。
私は今、ソラリア様を何と呼びましたか?
私が知っている限りでは、ソラリア様はグランディア王家に生まれ、魔族との大戦を終結させた英雄であり、その功績を認められて神々に招かれた、というところまでです。
その結果、ソラリア様が何を司る神であるかは分からなかったため、【戦神】として崇められていたと記憶しています。
では何故、私は【夢幻の女神】と呼称したのでしょうか……。
そんな疑問を覚えた瞬間、瞼越しでも分かるほどに宝石が眩く発光し始めました!
「な、何ですか!?」
その輝きは勢いよく増していき、私は眩しさから逃れるように両腕で顔を覆い――。
気が付いた時には、どことも分からない部屋の中にいました。
「ここ、は……?」
円形状の部屋のようですが、石造りのその部屋はやや手狭で、冷たい印象を受けてしまいます。
申し訳程度に用意されている寝具や筆記机、クローゼットなどから、誰かがここで生活を送っていると言う事は分かりますが、それにしても生活感が無いように感じられます。
突然場所が変わったことに困惑していると、背後から誰かが階段を上る足音が聞こえてきました。
そちらへ振り向くと同時に、キィッと音を立てながら扉が開き、一人の女性が姿を現しました。
「……よく来たわね、我が愛しの子孫」
先端が赤に染まっている長い黒髪を揺らし、柔らかく微笑んだその女性を見た私は、その面影に見覚えがあることに気が付きました。
「ソラリア、様……?」
「そうよ」
ゆったりとしたゴシック調のドレスに身を包んではいますが、彼女の姿は大聖堂で祀られている神像によく似ています。
初めて本物の神様とお会いしたという非現実感に呆然としていると、彼女は二つ手にしていたマグカップを机の上に置きながら声を掛けてきました。
「私に用があって来たのでしょう? 貴女のためにココアを淹れたから、飲みながら聞かせてもらえる?」
「は、はい!」
神様から飲み物をいただくなど恐れ多いとも思いましたが、ソラリア様は気負わなくていいと言わんばかりに、自分からベッドに腰掛けて見せました。
促されるままに私は椅子に腰かけ、ほんのりと湯気が立っているココアを一口啜ります。
「美味しい……」
「それは良かったわ。ここでの暮らしも慣れて来たところだったけど、他人をもてなすなんて初めてだから勝手が分からなくて」
「そんな! もてなしていただくなど!」
「いいのよ。これは私がやりたくてやっていることだから。それよりも、本題を聞かせてもらえない?」
「す、すみません!」
私は恐縮しながらも、ソラリア様に守護結界を拡大していただけないかと話しました。
一通り聞き終えたソラリア様は、こくりと頷き。
「いいわよ」
と、事情を深く聞くことも無く承諾してくださいました。
「よろしいのですか? その、お願いしている身でありながら不躾ではありますが、ソラリア様のお手を煩わせることに……」
「そうしないといけないくらい、魔王軍が攻めてきているのでしょう? これ以上被害を増やしたくないという貴女の願いを無下には出来ないわ」
「ありがとうございます、ソラリア様!」
椅子から降りてその場に傅こうとした私を手で制し、ソラリア様は続けます。
「その代わりに、王家の人間に伝えなさい。何があっても、宝物庫にはグランディアの人間以外は近づけさせるなと」
「分かりました。理由はお聞かせいただいても……?」
「貴女が祈りを捧げる時に使ったあの宝石。あれは私とグランディアの人間を繋ぐ重要な物だから、他の人間に触ってほしくないの」
「なるほど……。では、戻ったら伝えておきます」
「えぇ、お願いね。あぁ、それと」
ソラリア様はすくっと立ち上がると、私の手を取ってきました!
「な、何を……うっ!?」
直後に襲い掛かってくる、立ち眩みにもよく似た現象に嫌悪感を抱きます。
しばらくその状態が続き、ようやくソラリア様が手を離してくださった頃には、私は祈祷を終えた時のような凄まじい脱力感と倦怠感に苛まれていました。
「これは貴女から力を借りた時に起こる現象なの。口外しないで欲しいのだけど、貴女には特別な力があるのよ」
「私に、特別な力が……?」
「そう。その力を私の神像に捧げることで、結界を維持していると思っていいわ。だからこの先も、祈った後はこうやって脱力感が襲って来るでしょうけど、我慢しなさい」
ソラリア様の言葉で、ようやくこれまでの現象に納得がいきました。
原因不明のあの症状は、私の中の何かをソラリア様に捧げていたからだったのです。
「分かりました。私が一時的に疲弊することで、国を守る結界を維持できるのなら、今まで以上のものでも受け入れます」
「そう。強い子ね」
ソラリア様は優しく微笑み、「それじゃあ、明日からもお願いするわ」と言いながら、私の足元に光り輝く円状の何かを出現させました。
「ソラリア様、これは一体!?」
「貴女を大聖堂に戻す魔法よ。心配しなくていいわ」
「魔法……?」
魔法は魔族にしか使えないはずでは……? と疑問を感じると同時に、私の体が一瞬の浮遊感を覚えました。
その直後に強い光が私の全身を包み込み――。
気が付いた時には、私は大聖堂の神像の前に戻って来ていたのでした。




