6話 魔女様は料理を教える
シルヴィの料理の腕前を買われ、兎人族の子達へ料理を教えることになりました。
簡単な料理から始めるはずが、とんでもないことになってしまい…………。
お祭りから一夜明け、村の集会所にある厨房をお借りして兎人族の皆さんに料理を教えています。
本来なら今日は診療所の営業日なのですが、獣人とハイエルフの皆さんが気を使ってくださって、今週は兎人族の子達に時間を割いてあげて欲しいとの話になり、診療所は臨時休業になっています。
また、魔女としても今週は休業とシリア様に言われてしまったため、今日からしばらくは私服で料理教室に立つ予定です。
私はエプロンを身に纏い、兎人族の皆さんを見渡します。今日集まっていただいた子達は、兎人族の中でも手先が器用と推薦を受けた六人と、ペルラさんの合計七人です。
「さて……。それでは、簡単なものから作ってみましょうか」
私に頷き返して気合を入れる皆さんですが、揃って少し不安そうな顔をしながら一人を見つめています。
「よろしくお願いします!」
見つめられているのはペルラさんでした。人一倍気合が入っているように見えますが、何か不安な部分があるのでしょうか……。
気になるところではありますが、まずは料理を始めながら様子を見ることにしましょう。
「今日はシンプルにオムレツを作りましょうか。主な具材は、テーブルに出ている玉ねぎと合い挽き肉、卵と牛乳とケチャップ、あとはバターでいきます。まず初めに、こんな感じに玉ねぎを細かく刻んでみてください」
お手本となるように玉ねぎをリズムよく刻み、ボウルの中へと移すと小さく感嘆の声が上がりました。続けて、各々がおぼつかない手つきながらも同じように刻み始め、玉ねぎの汁で泣き出してしまう子もいましたが、概ね全員刻み終えることが出来ていました。
しかし――。
「できましたシルヴィ様ぁ! ……わきゃあ!?」
ペルラさんが出来上がりを見せようとボウルを抱えてこちらへ向かってきたはいいものの、突然何もないところで足を躓かせてしまい、ボウルをひっくり返しながら床にびたんと体を打ち付けてしまいました。
……ペルラさんの玉ねぎ和え、出来上がりです。
「だ、大丈夫ですかペルラさん?」
「うえぇ~……。ごめんなさいシルヴィ様ぁ……」
顔を激しくぶつけたせいで、おでこが真っ赤に腫れあがってしまっています。私は体についてしまった玉ねぎを払ってあげて、おでこに治癒魔法を掛けながら慰めることにします。
「いえいえ、大きな怪我が無くて何よりです。玉ねぎはまた切ればいいので、先に掃除をしましょうか」
「はいぃ……」
ペルラさんを立ち上がらせて全身の玉ねぎを払い落し、近くにあった箒を手渡して一緒に片付けます。そして片づけが終わり、再び玉ねぎのみじん切りをしてもらって、何とか軌道を元に戻せました。
「えっと、お待たせしました。次は合い挽き肉をフライパンで炒めます。油が跳ねることがあるので、そこだけ気を付けてやってみてください。火のつけ方は……」
手順を説明すると、初めての炒め物に戦々恐々としながらも取り組み始め、あちこちで香ばしいお肉の匂いが昇り始めました。これは付きっきりで教えなくても、皆さん上手くやれるかもしれません。
そう思っていた時、私の予想は甘かったと思い知らされました。
「熱っ、いった、あうっ!」
「あっ! ペルラさん、手を離してはいけません!」
「えっ、ひゃあ~!?」
飛び跳ねた油に驚いたペルラさんが、フライパンを持った状態で手を離してしまい、けたたましい音を立てながらフライパンが床に落下しました。その衝撃で挽き肉が飛び散り、ミニスカートだった他の子達の脚に触れ、連鎖的に悲鳴が上がります。
「あっつ!?」
「わわわ、わぁ~!?」
「きゃあああ!?」
悲鳴が上がり、フライパンが落下し、再び挽き肉が飛び、また誰かの悲鳴が……と負の連鎖が続いていきます。もう、私は見ているしかできませんでした。
少し落ち着いてから、改めて見渡すとそれはもう酷い光景です。
びっくりして泣きじゃくる子、床に落ちてしまった挽き肉を見て絶望する子、挽き肉にまみれる子、何故かフライパンを被って倒れているペルラさん。
……これは、一旦中止してペルラさんについてお話を聞いてみた方が良いかもしれません。その前に、まずは彼女達を落ち着かせましょう。
「えーっと……。掃除は私がしておきますので、皆さんはシャワーを浴びて来てください」
掃除を終え、シャワーに向かった子達が戻ってくるまでに、人数分のオムレツを作ります。
いつの間にかお昼になってしまっていたというのもありますが、これから自分たちが作るものを先に見せた方が、よりイメージしながら作りやすいかと思ったからです。
綺麗に卵で閉じられたオムレツに、ケチャップでうさぎの顔を描きます。それを七個書き終えたところで、ちょうど皆さんが階段を下りてきました。
「わぁ~……! これ、魔女様が作ったんですか!?」
「すごいふわふわ! うさぎちゃんも可愛い~!」
「美味しそうな匂い~!」
「はい。ちょうどお昼ですから、これを食べながらお話ししましょうか」
瞳を輝かせ、きゃっきゃと喜び合う彼女達はとても可愛らしく、私もつられて笑顔になっていました。
食堂のテーブルの一角でオムレツを並べると、皆さんはお行儀よく「いただきま~す!」と挨拶をしてから食べ始めました。一口頬張ると、頬を押さえながら幸せそうな表情を浮かべています。
「「美味し~!!」」
「ふふ、それは良かったです。皆さんはこれを目指して頑張ってくださいね」
「「は~い!」」
元気よく返事をしながら次々と頬張る彼女達を微笑ましく見守りながら、本題について切り出すことにします。
「ペルラさん、食べながらでいいのでお聞きしたいことがあります。もしかしてですが、ペルラさんは少し不器用だったりしますか?」
「んぐ……。はい、さっきみたいに失敗しちゃうことも多くて、よくおっちょこちょいだって言われます」
恥ずかしそうに答えるペルラさんでしたが、周りにいた子が追い打ちをかけるように口々に言い始めます。
「ペルラちゃんのはおっちょこちょいってレベルじゃないよ~! 超が付くドジっ子だよ!」
「うんうん! ペルラちゃんのドジっぷりは芸術だよね~」
「さっきもフライパン被ってたのペルラちゃんだけだし、どうやったらそうなるの? っていつも思うもん」
「み、みんな酷いよ~!」
涙目になって抗議するペルラさんに対し、他の子達は楽しそうにからかい続けます。どうやら、彼女達が最初に不安がっていたのはこのことだったようです。
「でもペルラさん、なぜ不器用と分かっていたのに料理を頑張ろうと思ったのですか?」
「私、こんなですが一番年長なので、兎人族のリーダーやっているんです。だから、リーダーの私も料理はできるようにならないとって思って……」
ペルラさんの返答に、なるほどと思いました。きっと彼女は、これまでも苦手なことがあってもリーダーだからと挑戦し続けてきたのでしょう。
ちょっぴり背伸びしていると言いますか、無理をしているように見えてしまいます。
その返答に対し、再び周りの子達が話し始めました。
「そんなこと言っても、みんなペルラちゃんとはほとんど同い年なんだから気にしなくていいのに~っていつも言ってるのに、ペルラちゃん全然聞いてくれないんだもんね~」
「私なんてペルラちゃんと誕生日も数日しか変わらないのに!」
「今日だって私達で行ってくるよ~って言ったのに、リーダーだから行く! って聞かないし」
「ペルラちゃんらしいって言えばらしいけどね~。でも私、そんな頑張り屋さんなペルラちゃん大好きだよ?」
「みんな大好きだって! じゃなかったらセンターあげないでしょ~?」
「言えてる~!」
「もぉ~! 今日のみんな意地悪だよぉ!」
そう言いながらも自分も笑っているペルラさんと他の子達の間には、強い繋がりのようなものを感じます。みんなで支え合って生きている。そんな彼女達を見ながら、私はこれも家族の形でしょうかと考えていました。




