8話 新米魔女は初めて戦う(前編)
今日は前後編の2話を投稿します!
後編は夜に投稿予定です。お楽しみに!
しばらく森の中を歩き回り、運良く洞窟のような場所を見つけることが出来たので、今晩はここで一夜を過ごすことになりました。
持ち出した荷物の中から、毛布と枕替わりに衣類の詰まったカバンを取り出し、なるべく地面に服を当てないよう包まって横になります。シリア様は地面で寝るのは嫌だからという理由で、実体化を解いて姿を消してしまいました。
久しぶりに訪れた、自分しかいない空間。これまではそれが当たり前でしたが、たった数日でも誰かがいてくれることに安心感を覚えていたらしく、少し寂しさを感じながら夜空を見上げます。
いつもは窓の限られたスペースからしか見上げることのできなかった夜空ですが、今はこんなにも広がっていて、ガラス越しではない星々の輝きがとても綺麗に感じられます。
私は仰向けになり、空に向けて手を伸ばしました。
「空ってこんなに広くて高くて、綺麗だったんですね」
手を伸ばしても届くことはあり得ませんが、それでも何か掴めそうな気がして指で四角を作ってみたり、星をつまむように動かしてみます。我ながら十六歳にもなって何をしているんでしょうと少し恥ずかしくなってきた時、手で作っていた四角の中に一筋の流れ星が見えました。
「あ、流れ星……」
塔の中にあった本に、『流れ星を見たら三回願い事を口にすれば願いが叶う』というお話を読んだことがあります。私は星に願いが届くよう、早速試してみることにしました。
「この広い世界で自由に生きられますように」
三度繰り返す頃には既に流れ星は見えなくなっていましたが、それでも他の星々が瞬いてくれたような気がして嬉しくなりました。
こんな小さな幸せでも、私にとっては大きすぎる幸せなのです。自由を手に入れることが出来た私は、これからどんなことにでも挑戦することが出来ますし、楽しむこともできます。
外の世界へ連れ出してくださったシリア様には感謝してもしきれませんが、あまり目の前でお礼を言われ続けるのはお好きではないらしいので、心の中で改めてお礼を言います。
――シリア様。私に翼を授けてくださって、本当にありがとうございます。
明日はどうなるのでしょうか。またシリア様の無茶で慌ただしくなるのでしょうか。
初めて明日への希望が芽生えた胸を抱いてそっと目を閉じ、夜風の心地よさを感じながら眠りにつくのでした。
☆★☆★☆★☆★☆
朝日が洞窟に差し込み、私は眩しさから目を覚ましました。
塔以外の場所で寝るといった行為が初めてでしたので、まだ気持ちが落ち着かない部分がありますが、それ以前にベッドではない地面で寝ていたので、体が悲鳴を上げています。
「っく、いたた……」
『ふあぁ……ん、今日は早いお目覚めじゃなシルヴィ』
「おはようございますシリア様。外の空気がとても気持ちが良かったもので」
『そうかそうか。じゃが、体は気持ちよくはなかったらしいのぅ? くふふっ』
ふわふわと漂いながらおかしそうに笑うシリア様は、どうやらどこかでぐっすりとお休みされていたようです。少し羨ましく思い、寝る時はどうしていたのか尋ねてみたところ、なんと自然と同化していたそうです。到底真似できるものではなかったので、今を生きている人間として諦めることにしました。
『シルヴィよ、ここからそう離れておらぬ場所に川がありそうじゃ。顔を洗うついでに散歩としよう』
「分かりました」
寝るために取りだした荷物を手早く亜空間の中に格納し、先に進んでしまっていたシリア様の後を追いかけます。ちなみに今も実体化を行われないのは、どこで誰が見ているかも分からない場所では使いたくないとのことらしいです。
なので、私が一人で森の中を彷徨いながら独り言を言っているような図となり、少し危ない人に見えなくもありません……。
シリア様に付いていくこと十分ほど。木々の香りの中に澄んだ空気が混じってきたと思うと、山間を流れる川のせせらぎが聞こえてきました。
その川はとても水が澄んでいて、少し離れた先で魚が飛び跳ねていたくらいには綺麗な水のようです。
『ふむ、水の純度も良いものじゃな。この川の水はそのまま飲んでも問題なかろう』
シリア様のお墨付きも頂けたので、私は寝起きの顔を洗い始めます。川の水を試しに少し口に含んでみると、塔の水道水とはまた違った味わいがあることに驚きました。
「なんでしょう、とても飲みやすい水ですね」
『じゃろうな。ここはどうやら川上の方に当たるようじゃし、山頂からの雪解け水としても綺麗なものがそのまま流れておるんじゃろ。ほれ、そこの岩に腰掛けて朝食にせい』
私は塔で作っておいたサンドイッチを取り出し、川の流れを見ながら頬張ります。なんだか時間の流れがとてもゆっくりと感じられて、とても落ち着きます。
あぁ、外の世界は自然が溢れていて、なんて気持ちがいいのでしょう――と感じていた時でした。
突然私が座っていた岩や周囲の足場に大きな振動が伝わり、それと同時にどこからか地響きのような音が聞こえてきました。
「な、なんですか!?」
『どうやら、この森に住む者の縄張り争いが始まったようじゃの。もしくは、狩りが始まったか』
「狩りと言うことは、この森には人間がいるということでしょうか?」
『分からぬ。じゃが人間がいればそれはそれで好都合じゃ。行くぞシルヴィ、確認せぬことには始まらぬ』
「待ってくださいシリア様!」
先に向かい始めるシリア様の後を、食べかけの残りを頬張って急いで追いかけます。結構な速度で移動するシリア様に追い付くべく必死に走りますが、こんなに走ったことが無かったのですぐに息が上がってしまいます。
『なんじゃお主、魔女ともあろう者が地べたなど走りおって』
「そんなことっ、言われましても……!」
『ほんに世話の焼ける奴じゃな。止まるぞ、少し息を整えよ』
呆れながらもシリア様は立ち止まり、実体化をして手元に箒を出現させました。
『これに乗る。体を借りる故、お主は猫で実体化しておれ』
「はいっ」
まだ整い切らない呼吸を何とか落ち着かせながら、シリア様と体の主導権を交代し、猫になった私をシリア様がひょいと抱え上げました。箒に跨るとゆっくりと地面から離れ、森の木々の背を飛び越えて空を飛び始めました。
『と、飛んでる! シリア様! 飛んで! おちっ、~~~~っ!!』
「落ちぬわ阿呆! 飛んだくらいで騒ぐでない! 怖ければ目を閉じて妾に抱き付け――いたたたたたたっ!! シルヴィ、爪を出すな! 刺さっておる!!」
『ご、ごめんなさい!』
「やれやれ……。魔女たるもの、空くらい飛べるようになってもらわぬと困る。住む場所が定まったら基礎の練習じゃな」
半笑いで言うシリア様に申し訳なさを感じながらも、落ち着いてきた私は眼下で流れていく景色に言葉を奪われていました。
やがてシリア様が「あれじゃな」と指さしたので指し示された方向を見ると、再び鳴り響いた音と共に何本かの木が崩れるように下へ沈んでいくのが見えました。
「随分と派手にやっておるのぅ……。近場で下ろす故、その後は妾は姿を消すぞ」
『分かりました』
異変が起きている周辺まで近づき、地面に降りた私達はそのまま走って現場へと向かいます。
そして辿り着いた先では、私の体の二倍から三倍はありそうな大熊に襲われそうになっている、動物と人を足して二で割ったような人の姿がありました。その周囲には血塗れで倒れている人と、さっきの音で破壊されたのかは分かりませんが、彼らの荷物と思われる荷車が粉々になっています。
「い、いやだぁ! 死にたくねぇ!!」
「グゥオオオオオオオオオオオッ!!」
鋭い狂爪が高く振り上げられた瞬間、私は考えるよりも先に体が動いていました。
塔の中では使い道のなかった私の魔法ですが、この時のためになら使い道があります!