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862話 王女様は体調が優れない

 翌朝。

 私が目を覚ました頃には、既に日が高く登っていました。


 寝過ごしてしまったのでしょうか!? と慌てて跳ね起きると、枕元にメモが置かれていたことに気がつきました。


『シルヴィへ』

『おはよう。深夜に発熱したと聞いたわ。体は大丈夫かしら?』

『いつも貴女にばかり祈祷の負担を掛けさせていたせいかもしれないわね。本当にごめんなさい。』

『今日はゆっくり休んで欲しいから、いつもの時間に起こさなくていいと給仕係達には言いつけてあります。寝過ごしたと焦っていると思うけど、安心していいからね。』

『お腹が空いていたら消化のいいものを作ってもらえるみたいだから、遠慮なく呼び鈴を使うこと。私は今日はお父様と一緒に忙しくしてるから、傍にいられないの。ごめんなさいね。』

『貴女のことを、誰よりも愛しているわ。早く元気になってね。』

『貴女の愛する母、リヴィより』

『P.S 本当なら今日は私達の健康診断だけど、急用でキャンセルになってしまったからリンデ先生が暇をしてるわ。動いたり話をする元気があったら、話し相手になってあげてね。』


 お母様が書き置きしたと思われるメモを読み終え、自然と笑みが零れました。

 私が慌てることまでお見通しだなんて、何だか恥ずかしい気持ちです。


 お薬を飲んでから、体調もだいぶ良くなった気がしますし、心配はいらないと顔を見せに行くべきでしょうか。

 そう考えながらベッドから降りてみると、それはあくまでも気分的なものでしかないと言うように、私の体はしっかりふらついていました。


 ……これは無理をしない方がいいかもしれません。

 過労とは言われていましたが、風邪の可能性も拭いきれませんし、今日一日は大人しく静養している方が賢明な気がして来ました。


 おぼつかない足取りで机まで歩み寄り、呼び鈴を鳴らします。

 しばらくすると、マスクで口元を隠した給仕係の方が姿を現しました。


「おはようございます、姫様。お呼びでしょうか?」


「おはようございます。少しお腹が空きましたので、軽食をいただけないでしょうか」


「かしこまりました。すぐにチキンスープをご用意いたします。生姜は入れてもよろしいでしょうか?」


「大丈夫です」


「では、一旦失礼させていただきます」


 深々と頭を下げた彼女は、静かに部屋を出ていきました。

 それから十分経ったか経たないかと言った頃に、ドアをノックする音が聞こえてきました。


「お待たせいたしました。お食事をお持ちいたしました」


「ありがとうございます。入ってください」


「失礼いたします」


 ワゴンを押して入室してくる彼女の後ろには、半日ぶりのリンデ先生の姿がありました。


「こんにちは、シルヴィ王女。暇をいただいてしまったので、経過観察に来てしまいました」


「リンデ先生……! すみません、私なんかのために」


「ふふっ、そんなに卑下なさらないでください。本当に、そう言ったところは前から変わりませんね」


「前から?」


 リンデ先生が口にした言葉が引っかかり、問いを投げてみましたが、彼女は「あー……」と視線をさ迷わせてから、力無く笑います。


「こちらの話です。気になさらないでください」


「はぁ……」


「それよりもシルヴィ王女。食欲がありそうでしたら、少量でもいいのでパンも口にしてください。炭水化物は栄養の基本ですので」


「分かりました」


 ベッドテーブルの上に置かれたスープの横に、スライスされたパンが二切れ追加されました。

 このくらいなら今でも食べられそうです、と両手を合わせて食への感謝をしていると、ベッドの傍に机と椅子を用意した給仕係の方が、リンデ先生に座るように促していました。


「リンデ先生も、こちらで食べられるのですか?」


「はい。ちょうどお昼はまだいただいていませんでしたので。あぁ、もちろんシルヴィ王女がよろしければですが……」


「風邪が感染(うつ)ってしまうかもしれませんが、それでも良ければ大丈夫です」


「ふふ、その点はご心配無く。シルヴィ王女のそれは風邪ではありませんので」


「そうなのですか?」


「はい。夜にもお伝えしましたが、過労は風邪とは異なる物です。念の為、シルヴィ王女を触診した際に確認もしましたが、風邪の兆候は見られませんでした。――ありがとうございます」


「では、私はこれで失礼させていただきます。またご用命の際には、呼び鈴でお呼びください」


 リンデ先生の前に食事を並べ終えた給仕係の方が、ワゴンと共に部屋を後にします。

「では、いただきましょう」と食べ始めたのに倣って、私も食事に手をつけます。


「そう言えばシルヴィ王女。お食事中の話としては不適切かもしれませんが、貴女のお耳に入れておきたいお話があります」


「……はい、何でしょうか?」


 リンデ先生は私のさらに奥――窓の外を見ながら、私に言いました。


「昨晩、魔王軍が人間領に攻め込み、領土の五分の一を占領したとの報告が上がっています」


「そんな……。魔王軍の勢いは、それほどまでに強いのですか?」


「はい。此度の進行は、かつてないほどの勢いだと言われております」


 恐らく、お母様がお父様と共に忙しくしなくてはいけなくなった理由はこれなのでしょう。

 人間対魔族。この戦争は私が生まれる前から続いている、終わりの兆しが見えないものとなっていますが、近年の魔族の動きは非常に危険性が高いもののようです。


「何か、私にもできることがあったらよかったのですが……」


「それなのですが、もう一点お伝えしておきたいことがあります」


「何でしょうか」


 リンデ先生は一口お茶を啜って間を置くと。


「此度の進行において、人間側の安寧が損なわれていると各地の教会から糾弾された聖導院が、王家に――いえ、シルヴィ王女に結界拡張をするようにと通達にいらっしゃっているようです」


 私達王家が、一番嫌っている組織の名を挙げるのでした。

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