860話 ご先祖様達は障害を払う 【シリア視点】
「……ちゅう訳で、うちら海王族は年に一回脱皮するんやけど、あえて脱皮を遅らせて致命傷を防ぐこともできるんやで。あ、そこの柄もっと明るくできる?」
「注文の多い奴じゃな!! まぁ、お主が死なずに済んだ理由は概ね分かった」
シュタールの和服を生成しながら、こ奴が生き延びた理由を聞いておったが、何ともまぁ魔族という物は理不尽じゃなと呆れる他無かった。
レオノーラもそうじゃったが、死を無効化して逃れられるのはズルいじゃろう。妾達人間は、一度死ねばそれまでと言うのに。
深い溜息を吐き、完成した和服をくれてやると、シュタールはぴょんぴょんと跳ねながら喜びおった。
「ほわぁ~!! ほんま凄いわぁ! うちが前まで着とった奴よりも物理・魔力抵抗格段に上やし、何より可愛らしい! ほら、うちの肌って暗めやさかい、黒基調の服はちょいなーって思うとったけど、こないな風に鮮やかな花柄で彩られてると全然気にならへんな!シリア様、うちの専属仕立て屋になる気はあらへん? お給料は言い値で払うで?」
「阿呆。妾のこれは趣味じゃ、金に困ったことなぞ無い」
「えぇ趣味やなぁ……。ほんなら、シルヴィちゃん達の服も作ってあげとったん?」
「うむ。と言うのも、シルヴィの奴がほんに物欲が無さ過ぎるせいで、放っておくと妾の魔女服を着続けようとするからのぅ」
思い返しても、あ奴が自ら街に出て買い物をしたがるところは一度も無かったな。
王家に目を付けられてはならん、魔女は目立ってはならんと言い聞かせ過ぎたか?
シルヴィを連れ戻したら、今度は遊ぶ大切さを教えてやるかの。などと考えていると、上空からレオノーラの悲鳴に近い怒号が聞こえて来た。
「ちょっとシリア、シュタール!! いつまでのんびりと話し込んでおりますの!? 手が空いたのなら、こちらを手伝ってくださいませんこと!? ……きゃあっ!?」
「くふふ! 勇者一行を相手にしておるならいざ知らず、たかが十七の魔女に押されるとは情けないのぅ!!」
「たかが十七とは言え、既に全盛期の貴女を軽く超えてますのよ!? 勇者なんて必要ありませんわ!!」
さて、このままからかいながら眺めているのも悪くは無いが、ここでレオノーラが負けるのは計画に四方が出るからの。妾も戦闘に復帰するとするか。
「行くぞシュタール、シルヴィの話はまた後でしてやろう」
「おおきに! 楽しみにしとくで!」
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流石のシルヴィの幻体と言えども、魔族の王や【始原の魔女】、魔族屈指の前衛の三人を相手取るのは無理があったらしく、さほど手間取らずに討つことが適った。
じゃが、三対一にも関わらず多大な魔力を消費させられ続けた妾達は、もう一度シルヴィの幻体が出てきたら勝ち目がないほどに疲弊させられていた。
「本当、何なんですのあの子は……! 判断ミスが多かったから押し通せましたけれども、本人だったらどうなっていたことか……!」
「うむ……。本人は攻撃できないという最大の枷がある以上、こうはならんとは思うが、あの技術を最大限に振りかざされようものなら、妾達も危ういやも知れぬな」
「はぁー! はぁー!! シルヴィちゃん、おっかないわぁー!!」
「じゃが、これで最大の障害は排除できたはずじゃ……。進軍は、どうなっておる?」
「確認しますわ。――クローダス、戦況の報告をなさい」
レオノーラが耳に手を当てながら連絡を試みると、ほんの僅かにクローダスの声が聞こえて来た。
その声と数度言葉を交わし、通信を終えたレオノーラは、ほっと胸を撫で下ろすように妾達に告げる。
「作戦通り、現在人間領との前線を押し上げ中だそうですわ。何も無ければ、今日の戦いで五分の一程度は侵略できると」
「そうか。上々じゃな」
「えぇ。願わくば、シルヴィの幻体がしばらく出てこないことを祈りますわ」
「あんなんポンポン出されたら適わんわ! うちの皮、何枚あっても足りへんよ!!」
シュタールの泣き言に笑いながらも、ソラリアがどう動くかを予測する。
幻体とは言えども、シルヴィに直接干渉してその力を引き出さなくてはならん以上、日に何度もどころか、短期間で連続して幻体を生み出すことは出来んはずじゃ。
ならば自身が出向く、という線も考えられなくは無いが、恐らくその線は薄いじゃろう。何より、あ奴自身の魔力の核が半壊しているのもあるが、シルヴィとメイナードの幻体を生み出すのに使った魔力はバカにならん量じゃ。魔力が大幅に失われている状態で、全面的にことを構えようとするのは愚の骨頂と言える。
では、どうするか。
兵も無い、体力も無い。そんな奴が取る行動は単純じゃ。
「次にソラリアが打ってくるとすれば、まずは大結界の拡張じゃろうな」
「えぇ、私もそうだと考えますわ」
「そやけど、そんなんしたら王都の守りが薄なるんちゃうん?」
シュタールの疑問は最もじゃ。
その疑問には、レオノーラが答えた。
「いいですこと? ソラリアの目的はあくまでも、シルヴィから力を抜きだし続けることと、自身の損傷を癒すことですわ。そのためには、目立って敵対している私達魔族を何としてでも遠ざける必要がありますの。貴女の言う通り、王都の守りは手薄になりますけれども、シリアのような力のある魔女以外は全て消したと思い込んでいる以上、人間領内に敵はいないと判断するはずですわ」
「うむ。まぁ、中には数名潜らせてはおるが、そ奴らには魔力感知を遮断する魔道具を持たせておる。その魔道具の効果を破るならば、直接対面する他無いという優れものじゃ。あ奴が気づくはずもない」
「ですので、多少のリスクを踏まえても大結界を拡張した方が安全だと言う事になりますの。このタイミングで魔族が戦争を仕掛けてきているイコール、シリアと結託していると思われておかしくありませんもの」
「なるほどなぁ。そやから、このまま進軍させ続けてその大結界の拡張を強いらすってことなんやな」
「えぇ。それが今日中に行われるかは怪しい所ですけど、明日の夕刻までには行われると読んでいますわ」
妾もレオノーラと同意見じゃ。
故に、この進軍はスピード勝負。妾達という最大戦力を以てして、障害を取り除く必要があった。
「あとはクローダスの奴が、どこまで軍を進められるかによっては、今後の展開が変わってきそうじゃのぅ」
「頼みましたわよ、クローダス」
今もなお進軍を続けている魔王軍の健闘を願いながら、妾達は一足先に撤収することにした。




