857話 魔王様は戦場に出る 【シリア視点】
大神様との面会から三日が経過し、妾は当初の計画通り、第二回目の大規模進軍を試みていた。
「進みなさい、我が兵達よ!! 立ち塞がる者は須らくねじ伏せるのです!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」
レオノーラの指揮下で魔族の兵が雄たけびを上げながら進軍を開始し、人間に擬態しておる死神兵共へと攻撃を仕掛けていく。
切り結ぶ剣戟音、魔法による爆発音が飛び交う中、普段着ではなく戦装束に身を包んでおるレオノーラが、妾の顔を覗き込んできた。
「そんなに険しい顔をする段階ではありませんのよ? まだ第一波が終わったばかりではありませんの」
「貴様にはアレが見えておらんのか?」
「しっかりと見えていましてよ。でも、アレを出すとしても、恐らくは今では無い……。私なら、勢いづいた頃合いに出しますわね。最強の盾を前に、私達の行為は無駄であると見せつけるように」
そう言いながら、レオノーラも妾と同じ物を見据える。
兵達が戦っている戦場のさらに奥――。国境を隔てる分離壁の上では、妾達もよく知っている姿があった。
妾と寸分変わらぬ姿を持ち、虚ろな表情でただこちらを見ているその人物の名は。
「やはり本体が眠らされている時にのみ、こうして姿を見せるようじゃな」
「耐久面こそ幻体であるが故に大きく劣っていますが、実力は彼女そのものというのがそれを余裕でカバーしているようですわね」
「あ奴も耐久力は低いが、あの守りを前にしては、攻撃がほぼ通らぬからのぅ。じゃが、これまでの戦闘で、本体とは大きく異なる部分が分かっておるのじゃろう?」
「えぇ。所詮は生み出された幻体。本人の機転の良さや判断力の高さまでは再現できていない、という点が最大の弱点ですわ」
「くふっ、そこまで再現されていたら妾達は手も足も出んかったやも知れぬな」
「笑い事ではありませんのよ? あの子なら、貴女の全てを無に帰す洛星ですら防いでしまうでしょうに」
「そうじゃなぁ……。全盛期の妾なら押し切れる可能性はあったが、今のこの身では容易く防がれてしまうじゃろう」
妾と出会い、日々の鍛練で魔力の扱いと魔力の貯蔵量を鍛え続けたシルヴィは、最早妾を超えたと言えよう。
あの幻体にソラリアの【制約】が掛かっていない場合、この魔族の軍勢が一瞬で全滅する可能性すらあり得る。
それほどまでに、今の妾達にとってはシルヴィが脅威となっていた。
あ奴の幻体が、いつ動き出すか。それが正しく、勝負の分かれ目となろうよ。
そう考えていた矢先、人間の姿を維持できなくなった死神の軍勢を押し始めた魔族軍に動揺が走った。
「う、嘘だろ!? 何でここに、“凶兆の大鷹”がいるんだよ!?」
「う、うわあああああああああ!!」
「シリア!! やはりいましたわ!!」
「うむ。可能性は考慮していたが、やはりシルヴィに紐づく情報は全て再現できるか」
濃紺の竜巻を引き起こし、魔族の軍勢を吹き飛ばしたのは、幻体として召喚されたメイナードじゃった。
文字通りの意味で戦場を一掃したメイナードの幻体は、主であるシルヴィの幻体の隣に降り立つ。
それは姫に仕える、忠実な騎士のようにも見える物じゃった。
「レオノーラよ、シュタールに指示を出すのじゃ」
「分かってますわ! シュタール、聞こえてますわね!?」
レオノーラが耳元に手を当てながら魔力通信を行うと、こちらも声を張り上げているらしいシュタールの声が聞こえて来た。
『聞こえてるさかい! こっちは任せとき!!』
それと同時にシュタールが軍勢の中から飛び出し、和服とやらをはためかせながら、海を切り取ったかのような大剣をメイナードへと振りかざした。
その一撃を翼で易々と受け止めたメイナードは、シュタールを弾き飛ばしながら自身もそちらへと飛んでいく。
「さて、妾達もそろそろ行くとするかの。いつまでも見ているだけでは寒かろう」
「予定より早い交戦となりましたが、致し方ありませんわね。ですが、いつものように無尽蔵の魔力が無いのを忘れないでくださいませ?」
「分かっておる。妾はあくまでも、お主のサポートじゃ。せいぜい、妾を上手く使って見せるがよい」
「まぁ、なんて態度の大きな支援者ですこと! むしろ、貴女こそ魔王である私を支援できる幸福を、もっと噛みしめるべきですわ!!」
そんな冗談を言いながら、同時に崖上から飛び立つ。
「全軍に告ぐ!! “凶兆の大鷹”のメイナード、及び【慈愛の魔女】シルヴィの幻体はこちらで対処しますわ!! その間、指揮責任者をクローダスとし、進軍を続けなさい!!」
「「はっ!!!」」
「さぁ、始めますわよ!! かつての大魔女の末裔である貴女の本気を、私に見せてくださいませ!!」
レオノーラが闇の槍を創り出し、それをシルヴィに向かって先制攻撃として投げつける。
さて、第二波の幕開けじゃ。今の妾の力がどこまで通用するか……試させてもらうぞ!




