5話 兎人族は森に住みつく
ようやく体を動かせるくらいに回復した私の耳に、村の皆さんが盛り上がっている騒ぎ声が聞こえてきました。首を持ち上げて音の方へと向けると、出し物をやるための壇上の上に、兎人族の子達が十人ほど上がっているようです。
中央に立っていた赤いスカーフを巻いている子が、ぺこりと一礼した後に明るい笑顔を振りまきながら話し始めました。
「みなさん! 今日は楽しいお祭りの輪に加えて頂き、ありがとうございます! それでは一曲目、聴いてください! 【キミと見たい希望のミライ】!」
壇上の一番端に立っていた子が、見たことのない箱のようなものを操作して地面に置くと、その箱から軽快な音楽が流れてきました。その音楽に合わせるように兎人族の子達が踊り始め、前奏が終わると同時に明るく歌い始めます。
なんだか、とても元気を貰えるような素敵な歌詞です。それに、歌詞の内容を自分と重ね合わせられる部分もあって、すごく共感の持てる曲です。
まるで、シリア様と出会えたことを描いているような――。
そんなことを考えながら曲の余韻に浸っていると、私の体が誰かに持ち上げられました。
私を膝の上に乗せたシリア様が、頭を撫でながら話しかけてきます。
「お主の飛ぶ運命と言う名の空は、希望と絶望……果たしてどちらに転がるんじゃろうなぁ」
『私は今でも十分に幸せですから、既に希望に転がっているのだと思います』
「くふふっ。その先に何があるとも知らずに希望と言い切るか!」
とても愉快そうに笑うシリア様でしたが、私を優しい顔つきで見下ろしながら言葉を続けます。
「安心するがよい。何があろうとも、お主が拒まぬ限り妾はお主の側にいよう」
『どうか、これからも私を導いてください。シリア様』
「うむ、任せよ」
二人で笑いあい、その後も兎人族の子達が歌う曲を和やかに聴いて楽しむのでした。
兎人族の子達が合計で七曲歌い終わった頃には、既に夕日が昇り始めていました。
あれから村の皆さんにもすっかり受け入れてもらえたようで、あちこちでお酌をしたり、話に花を咲かせています。
私達の所にも、兎人族のリーダー役を務めているという先ほどの赤いスカーフの子――ペルラさんが、シリア様を始めとしたお酒を飲む面々のお酌を担当しています。
ペルラさんに新しくお酒を注いで貰ったシリア様が、「そうじゃ忘れるとこであった」と声を掛けました。
「ペルラよ、お主らはこれからどうするつもりなのじゃ? 今日は村で泊まればよいが、この先もとなるとお主ら全員の面倒は村では抱えきれぬぞ」
シリア様の問いかけにペルラさんが表情を曇らせます。
「はい、分かっています。ですので、森の中で安全そうな場所を見つけて、みんなで果物とかを取って生きて行こうかなって」
「ふむ。じゃが、この森はお主らが思っていたように魔獣も多い。戦えないお主らだけでは生きていくのは難しかろう」
「それは……はい」
「そこで物は相談なのじゃが……。お主ら、酒場をやってみぬか」
「酒場、ですか?」
ペルラさんの疑問にシリア様は頷き、指を立てながら説明を始めました。
「お主らの身の安全は妾達が守ってやる。その代償として、森の連中を相手に酒と娯楽を提供してやってほしいのじゃよ。家で飲む酒も美味いことは美味いのじゃが、店でくだらぬ話を肴に楽しく飲む酒というのはまた別格でな」
隣でフローリア様がうんうんと深く頷いているのを見て、もしかしたら私達と知り合う前からも、そうやって遊んでいたのでは無いのでしょうか。と失礼なことを思ってしまいました。
そんな私達には気づく様子も無く、シリア様は続けます。
「お主らは歌い、踊り、今日のように楽しませられれば金を得られる。村の者はそれを楽しみ、お主らに金を渡す。悪くない話だとは思わんか?」
「で、ですが、私達はお酒もお店もありません」
「酒も食材も、妾が用意してやる。シルヴィよ、確かお主は以前から貰いすぎた食材が痛むのが早くなってきていると嘆いておったよな」
『はい。季節的なのも相まって、消費に苦労しているところです』
「うむ、それを痛む前にこ奴らに流そう。店は村の者に頼むことにはなるが、妾から口利きをすれば動くじゃろ」
そう言うとシリア様は近くにいた獣人の方を捕まえ、何かを耳打ちし始めました。しばらく二人の間でやり取りが続くと、大きく頷いた獣人の方が自身の胸を強く叩きました。
「そう言うことなら任せてくださいよお師匠さん! 俺達にかかれば十日……いや、一週間で建てて見せますよ!」
「そうか、それは助かるぞ。なら設計図はあとで渡すが故、明日からでも頼めるか?」
「わっかりました! おーいみんな! お師匠さんが面白い話を持ってきてくれたぞ!」
楽しそうに声を上げながら村の皆さんの方へと駆け寄っていく男性を見送り、シリア様が再度話を続けます。
「さて、店の方は何とでもなりそうじゃ。酒についてじゃが、お主が手にしているそれも妾が作った物じゃ」
「こ、こんなに美味しいお酒を魔女様が!?」
「うむ。それの他にも、皆に出していない酒もまだある。それをお主らに分けてやっても良いが、無論タダでとは言わぬぞ? お主らが金を稼げなければ妾も酒を売らぬし、金が入らないということはお主らは食にも困ると言うことじゃ。働かざる者は食うべからず、ということじゃな」
シリア様は言葉を止め、目尻でちらりとフローリア様を見ました。
それが意味するのは恐らく、そういう事なのでしょう……。
「とまぁ、妾から出せる案はこんなところかの。危険と隣り合わせではあるが、森で自由に暮らすもよし。妾の案に乗り、働くもよし。あとはお主らで決めるがよい」
そこでシリア様は話を止め、考える時間はやると言わんばかりに、お酒を飲みながら料理を摘まみ始めました。ペルラさんは少し迷っていたようでしたが、「少しだけ時間をください!」と頭を下げると、他の仲間の元へと走っていきました。
「シリア、随分とあの子達に優しいのね?」
「阿呆。妾は誰に対しても基本は優しくしておる」
「え~? 私に対しては冷たいじゃな~い」
「貴様は甘やかしてもロクな事が無いからな。突き放すくらいが丁度いいのじゃ」
「ひっどぉい。私にも優しくしてよ~、甘やかして~」
「ええい、いちいち抱き付くでない! 貴様は飲みすぎじゃ! 酒臭くて敵わん!」
「ぁいたっ!? ゲンコツすることないじゃない! うえ~ん、シルヴィちゃ~ん! シリアにいじめられたぁ!」
『フローリア様、苦しいです……』
「やめんか阿呆女神! シルヴィが潰れるじゃろう!」
フローリア様とシリア様の間で私の体が取り合いになり、猫の体ってこんなに伸びるのですねと一人で感心していると、遠巻きに見ていたエルフォニアさんが口を挟みました。
「盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど、レナとエミリちゃんがすっかり眠っちゃっているから、もう少し静かにしてもらえるかしら」
エルフォニアさんが指で示す先には、レナさんとエミリが肩を寄せ合って仲良く寝息を立てていました。それを見た私達は小さく笑いあい、すっと席に座り直します。
「それでそれで? シリア、ホントにあの子達の面倒見るつもりなの?」
「あ奴らだって、好きで街を飛び出して孤立していた訳ではない。誰かの庇護の元でしか生きられない弱き者なら、せめて街が落ち着くまでは気にかけてやってもよかろうよ」
「ふぅん? まっ、私は可愛い子が増える分には問題なしだけどね~。ね~、シルヴィちゃん?」
『私に振られましても、その答えには困るのですが……』
フローリア様の好みはともかく、質問自体は当初シリア様と話し合っていた内容そのままなので、今更私からどうと言えることはありません。私個人としてもペルラさん達は不憫に思えますし、力になれることがあるなら手助けしてあげたいとは思っています。
「ま、酒はともかく料理はシルヴィを頼ることになるとは思うがの」
「そうね~。シルヴィちゃんのお墨付きならきっと美味しいものが出て来るわ!」
『できるだけ頑張ってみます……』
教えると言うことをしたことが無いのであまり自信はないですが……と少し不安に感じていると、話を追えたらしいペルラさんと数人の兎人族の子が戻ってきました。
「魔女様、お待たせしました」
「うむ。答えは決まったか?」
「私達、精一杯働きます! ですのでどうか、お力添えをお願いします!」
「「お願いします!」」
深々と頭を下げる彼女達に、シリア様はくふふと笑い、頭を上げるように言いました。
「あい分かった。ならば、妾達はお主らをサポートしてやろう。街とは環境が変わるが故に苦労はあると思うが、頑張るのじゃぞ」
「「……! ありがとうございます!」」
シリア様の言葉に、手を取り合って喜ぶ彼女達はとても可愛らしく、女の子らしくて少しだけ羨ましく感じてしまいます。
ひとしきり喜びも落ち着いてきたペルラさん達を見ながら、シリア様は話を続けます。
「酒場というものは、美味い酒に楽しい話だけではなく、美味い飯も付き物じゃ。お主らにはそれを覚えてもらうことになるが、その担当はシルヴィになる」
ひょいと持ち上げられ、よろしくお願いしますと挨拶をしてみましたが、やはり猫が鳴いたようにしか聞こえないらしく、私を見つめながら首を傾げられてしまいました。
「え、ええと。魔女様の猫ちゃんが、お料理の先生と言うことですか?」
「くふふっ、バカを言うでない。こやつがこの体の持ち主で、お主らが怯えておった魔女そのものじゃよ」
そう言いながら体を明け渡され、シリア様と入れ替わった私は改めて挨拶をすることにします。
「改めまして、私がシルヴィです。いつもはシリア様が猫の体で過ごしていらっしゃるのですが、今日は訳あって交代していました。こちらが普段のシリア様です」
『うむ』
膝の上で腕組みをしてふんぞり返っているシリア様と私を交互に見ながら、困惑するように三人で何かを話し合い始めました。そして何かの結論に至ったらしく、納得した顔で挨拶を返されました。
「「よろしくお願いします、シルヴィ様!」」
握手を求めようと片手を差し出すと、三人同時に両手で私の手を握り返してきました。
これから、新しいご近所さんとなる兎人族の子とも仲良くできるように頑張っていきましょう。




