853話 異世界人達は聴取を受ける 【レナ視点】
それからあたし達は警察署まで同行を求められて、事情聴取を受けることになった。
素直に全部話しても二時間くらい掛かったせいで、時刻は十一時を回ってしまっていて、警察署から帰ることを考えると時間がカッツカツになっていた。
「どうするかなぁ。明日も仕事なのに……」
明日は特に急ぎの仕事も無かった気がするし、仮病で当欠しても大丈夫かなぁ。
「刃物を持っている相手に何て無謀なことを!」って散々言われ続けたせいか、思った以上に心が疲れてるみたいだし、一日くらい休んでも罰は当たらないわよね。
なんて社会人の汚い考えを巡らせていると、やっと事情聴取が終わったらしい梓が取調室から出て来た。
「え、なんで泣いてんのあんた……」
ずびずびと鼻を鳴らしながら出て来た梓は、目元の涙を拭いながらあたしにスマホを見せてくる。
そこには、梓がやっていると言っていたムイチューブのマイページが表示されていて、“シーラ”として活動をしている履歴が分かる画面が映し出されていた。
「わだじ!! 登録者数ずぐないねっで煽られたぁぁぁぁ!!!」
「え、えぇ……?」
梓はあたしに抱き着き、わんわんと泣きながら事情聴取された内容を話してくれた。
曰く、梓がシーラとして活動している中で、何か私生活に触れるような話題などは出していなかったかなど、ムイチューバーとしての内面が透けてしまった可能性について聞かれていたらしいけど、その時にこのチャンネルを見せた警察がこう言ったらしい。
『あ、そのくらいなんだ。もっと登録者数が多いのかと思ったよ(笑)』
梓的にはそれが煽りだと感じたらしく、その後は半泣き半ギレで受け答えを続けた挙句、小学生並みの罵倒をして出て来たと言う。何とも情けない……。
まぁでも、なんで笑ったのかはさておき、登録者数が多ければ多いほど今日みたいな危険は増えるんだし、そのことで警察の人も安堵したんじゃない?って慰めてあげるも、今の梓には何の慰めにもならなかった。
「ぐすっ……。恋奈ぁ……」
「何?」
「今日はウチで泊っていって」
「えぇ? 明日も仕事あるんだけど」
「泊っていって!!」
あぁ、これはもうあたしの拒否権ないやつだわ。
あたしは早々に諦め、タクシーを拾って梓の家に行くことにした。
「デッカ……」
梓の家の前に到着したあたしの口から出た第一声は、それだった。
事前の説明だと「十階建ての五階に部屋借りてる」ってだけだったから、ちょっと高めのマンションかと思ったけど、これはそんな次元を超えてる。
十階建ては十階建てだけど、エントランスがめっちゃ広くて一階が高いタイプの高級マンションだわ。
「何やってんの恋奈? あ、そっか。鍵が無いから進めないんだ」
呆けるあたしを気にせず、梓はカバンから鍵を取り出し、二重ロックの扉を開ける。
そのまま手を引かれて中を進み、エレベーターで五階に上がると、もう廊下の時点でホテルかなって思うくらいだった。
「ねぇ梓。あんたこれ、うちの会社の給料で住めてるの?」
「住めてるよ? まぁ月々の家賃とかは無いからだけど」
梓のその一言で、あたしは全てを察してしまった。
「はぁ……。これ以上は何も聞かないわ」
「何が?」
「何でもない。で、どこの部屋?」
「一番奥のとこ」
梓の住む五〇七号室は、玄関先に小さな門みたいなのがあるタイプの、いわゆる角部屋だった。
あたしを先導して鍵を開け、中に入っていく梓。その後ろを追うように部屋の中に入ると。
「ここが私の家でーす!」
「うわ……」
ここまで来て、ようやく梓の家なんだって理解できた。
壁にはびっしりとアニメやらキャラクターやらのタペストリーとポスターが掛けられていて、本棚には綺麗に整頓されている漫画がずらっと並んでいる。
小物類も充実していて、テレビの前やソファーの近くにもキャラクターグッズが所狭しと置かれていた。
「どう、恋奈!? いい部屋でしょ!?」
「そ、そうね……。梓が一番過ごしやすい部屋かもしれない」
「そりゃそうでしょ! だって私がカスタムしてるんだもん!」
当たり前すぎる感想しか言えないあたしに梓はそう答え、カバンを放り投げて扉の奥へと姿を消す。
ピッピッと電子音が鳴った後で水の音が聞こえ始め、梓がお風呂の準備を始めてるんだと気づいた。
「恋奈ー、シャワーがいい? 湯船溜めるー?」
「今から湯船溜めてたら時間かかっちゃうでしょ。シャワーだけで十分よ」
「おっけーい」
梓は水を止めて、タオルで手を拭きながら戻ってくると、ぼーっと部屋を眺めていたあたしの顔の前で手を振って来た。
「おーい、恋奈さんやー?」
「な、何?」
「いや、そんなとこでぼーっとしてなくても良くない? って思って。荷物とかはそこら辺に置いてくれていいし、コートもそこに掛けちゃっていいからね。あ、タオルはお風呂場にあるけど、替えの下着が無いや……。ちょっと買って来るから、先にシャワー浴びてて!」
「えっ、いいって一日くらい! 梓! ホントに大丈夫だから!!」
梓はあたしの話も聞かず、パタパタと家から出て行ってしまった。
あんなことがあったばっかだって言うのに、何で一人で出て行くかなぁ。
後を追おうかとも考えたけど、ここで追いかけて見失ってバタバタするのも嫌だし……。
あたしは大きく溜息を吐き、言われた通りにシャワーを借りることにした。




