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852話 異世界人の体は覚えている 【レナ視点】

 少し帰りが遅くなったとは言え、二月ともなれば夜八時はほぼ真夜中レベルの暗さになる。

 この日は奢ってもらったというお礼も兼ねて、(あずさ)を家の近くまで送る提案をした。


「いやぁ、悪いね恋奈(れな)。送ってもらっちゃって」


「別にいいって。たまたま送りたくなっただけだし。それにしても、あんたの家が近所だったとは思わなかったわ」


「いやホントそれ! 歩いて二十分とか普通に近所! 何なら今日泊ってく?」


「冗談。明日だって仕事あるんだから、やるならせめて金曜でしょ」


「あ、じゃあ金曜やろっか!」


「えぇ……? マジ?」


「マジマジ! っていうか、恋奈が金曜ならいいって今言ったんじゃーん」


「分かった分かった、じゃあ金曜はなるべく早く上がるようにするわ」


「やったー!!」


 夜道を帰りながらそんな話をして、梓がくるくると踊り出す。

 誰にも見られてないからいいけど、いい歳した大人がこんなにはしゃいで恥ずかしくないのかな。

 いや、むしろ誰も見てないからこそ、しっかり羽目を外すべき?


 そんなことを考えながらご機嫌な梓の後に続いていると、急に誰かに見られている気配を感じた。

 そちらへ振り返った瞬間、ほんの僅かだけど枯れ葉を踏むような音が聞こえて来た。


「恋奈?」


「しっ。……誰かがあたし達を見てる」


「えぇ!? どこ!?」


 慌て始める梓を庇うようにしながら、周囲を警戒する。

 公園の遊歩道だからそれなりに広さはあるし、木々もそこそこ太いから隠れるには持ってこいの場所ね。

 どうする? このまま梓を引っ張って交番まで走る? いや、ここから交番まで走っても十分以上は掛かるわ。

 あたし達を見ている気配は恐らく一人だけ。たぶん男の人だけど、踏んだ枯れ葉の音からそんなに体格はがっしりしてないはず。それなら……。


「梓、あたしの後ろから動かないで」


「えっ?」


 あたしは体の重心を下げて構える。


「そこにいるのは分かってるわ! 大人しく出てきなさい!!」


「ちょっと恋奈!?」


「梓は警察に連絡して。あたしが時間を稼ぐから」


 狼狽える梓に短く指示を出し、隠れているであろう箇所を鋭く睨み続ける。

 そのまま数秒身構え続けていると、バレていることに観念したのか、フードを被った如何にもな男が姿を見せた。


「とんだ邪魔者がいたものだよ……。シーラたんと僕の恋路を邪魔しないでくれるかなぁ」


「……っ!!」


「ひっ!?」


 ――右手に鈍く光る、包丁を握りしめた状態で。


 明らかな殺意がある。

 それを感じ取った瞬間、まるであたしに何かのスイッチが備わっていて、それが切り替わったかのような錯覚を覚えた。

 全身の隅々まで神経が研ぎ澄まされ、思考がこれまでに無いほどクリアになっていく。

 冬の寒さなんて気にならないほど、体が温まっている。相手がどんな行動をしてこようと、万全の態勢で迎撃できそうだわ。


 でも、何で? 普通、包丁持ってる人なんて見たら怖気づきそうなのに、何であたしは勝てる自信に満ち溢れているの?

 分からないけど、今のあたしは丹野(たんの)トレーナーにも負けない気がする!


「シーラって、あんた何言ってんの? あんな奇抜な見た目の子が存在するわけないじゃない」


「ヴッ」


 え、何で梓がダメージ受けてんの?


「君には分からないかもしれない。でも僕には分かるんだ! 後ろの彼女……白井(しらい) 梓たんこそがシーラたんの中の人だって!! 僕を虜にしたその声、喜ぶ時の仕草、それは間違いなくシーラたんのものだ!!」


「……百歩譲って梓がシーラを演じてる人だとして。あんたは何なの? こんな夜道で梓が一人になるのを狙って、包丁まで持ち出して。ただの不審者にしか見えないんだけど?」


「あぁ、これはね」


 男は包丁を顔の前まで持ち上げると、その切っ先を梓に向けた。


「僕はどうしても、シーラたんを殺して自殺しないといけないんだ。僕を裏切ったシーラたんと共に死ねば、来世はきっと結ばれる。今世でダメだったなら、来世で果たせばいいんだ」


「え、何? 自殺願望の人? 何で梓が巻き込まれなきゃいけないのか全く分かんないんだけど……」


 ちらりと梓に振り返る。

 梓はあたしが言った通りに警察に通報してくれているけど、涙目でフルフルと首を振っている。


「分からないか。それも仕方が無いかもしれないね……。でも、僕は君を殺して一緒に死ぬんだぁ!!!」


 男は包丁を両手で握りしめ、勢いよく駈け出してきた。

 そのはずだけど、あたしから見たらスキップしてるのかってくらいスローに見えた。


 直線的な突き。狙いはたぶん胸。

 まだ引き付けられる。もう少し、もう少し。タイミングを見誤ったら負けよ、あたし!!


「……ここっ!!」


 あたしまであと数歩と言ったところで、カバンを盾にしてナイフを上へと弾く。

 カバンがザックリいった音がしたけど、その代償に男の態勢が大きく崩れた。


「うわっ……!?」


「せぇいっ!!」


 そのままカバンを顔面に叩きつけると、推進力をカバンとの激突で殺された男は、後ろへ仰け反りかえりながらよろよろと後退した。

 胴が空いた! 今なら!!


 あたしが距離を詰めようと地面を蹴ると、それはあたしが想定していたよりも凄まじく強い一歩になった。

 打ち出された弾丸のように懐に飛び込んだあたしは、()()()()()()思いっきり右の拳を叩きこむ。


「でやあああああああっ!!」


「ごふっ……!!」


 全体重を乗せた拳が男のお腹に深くめり込み、その衝撃を受け止めきれなかった体が地面を数度跳ねながら吹き飛んでいった。

 さらに追撃をしようと身を低くしたところで、あたしのスカートから「ビリリッ!!」と嫌な音が聞こえて来た。


「うぇ!? 何、今の音!?」


 追撃を止めて慌てて立ち上がり、コートを脱いでスカートを確認すると、あたしの動きに耐えられなかったスカートが無情にも大きな穴を開けて破れてしまっていた!


「わああああああああ!? うっそでしょ!? 最悪!!」


「嘘なのは恋奈だってば!!」


「いった!! 何!?」


 あたしのお尻を叩いた梓は、そのままあたしの視線を誘導するように指を指した。

 その指の先では、さっきまで襲い掛かって来ていた男がピクリともせずに、地面に倒れ伏していた。


「何今の動き!? 恋奈、ジムは通ってるけど対人はやったことないって言ってたよね!?」


「え、うん。そのはずなんだけど……」


「何で恋奈が分かってない感じなの!? ちょっと訳分かんないからもう!! あ、おまわりさーん!! こっちですー!! ほら恋奈、コート着て! パンツ見せたくないでしょ!?」


「うん……」


 梓にコートを着せられながら、あたしは自分自身に起きていた違和感に首を傾げるしかできなかった。

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