851話 異世界人は友の副業を知る 【レナ視点】
その日の夜。
新規開店と言う事もあり、賑わいを見せる店内で、あたしと梓は運ばれてきた料理に目を輝かせていた。
「わぁ~! 見て見て恋奈! 卵割れてないオムライス!! え、これどう割るの? こう? ……わぁ!? ぐしゃっていった!!」
「あっははは! 何やってんのよもう! それは真ん中に軽くナイフを入れるだけでいいタイプの奴じゃない」
「先に言ってよ~!!」
せっかくシェフの人が綺麗に形を整えてくれていたのに、梓の手によって無残に崩されてしまったとろとろの卵部分は、大半がお皿の外周に流れ出てしまっていた。
嘆く梓に笑っていると、あたしが注文した料理が少し遅れて運ばれてきた。
「お待たせいたしました。豚バラブロックのトマト煮でございます。こちらはサイドメニューのバゲットになります」
「ありがとうございます。……ん~! トマトの美味しそうな匂い!!」
「うっわ、肉でっか!! ねね、ちょっと頂戴?」
「じゃあそのオムライスも食べさせなさいよ」
「もちろん! いっただきぃ!」
梓は手早くブロック肉を切り分けると、小皿にそれを乗せて食べ始める。
しれっと一口では済まない大きさを切り分ける辺り、ホントにちゃっかりしてるというか図々しいと言うか。
あまりの美味しさに言葉も出せず、頬を押さえながら身悶えしている梓に小さく笑いながら、あたしも梓のオムライスをちょっと多めに小皿に貰う。
本当ならふわとろの卵と一緒に食べて欲しかったんだろうなぁと残念に思いながらも、自分で卵を上に掛けなおして口に運ぶと、濃厚なデミグラスソースの味と、ほのかなトマトの香りが残っているケチャップライスがあたしに幸福感をもたらしてくれた。
「……めっちゃうま!! お肉ほろほろ! トマトと相性最強! 好きー!!」
「ちょっとうるさいから梓! でもオムライスもめっちゃ美味いし、これはリピートできるかもね!」
「はぁ~……。総務なんて謎の広告とかHP更新したとかどうでもいいメールしか送ってこないとこって思ってたけど、今日は感謝しないと……」
「あんたそれ、総務の人達にガチギレされるわよ? ……それはともかくとして、今朝の話だけどさ」
「んー?」
「ほら、あんたが配信してるって話」
「あー、あれね。え、何々? やっぱ恋奈も興味出ちゃった!?」
「いや、興味って程でもないけど。ほら、何かこの前ニュースになってたじゃん? 配信者の住所が特定されて、押しかけたファンに殺されただのなんだの―って。あんたはそういうの大丈夫なの?」
正直に言うと、贔屓目無しでも梓は顔がいい。
歳も同じはずだけど、妙に色気がある顔をしてるし、スタイルも抜群に良い。
それこそ、黙ってたら男がいくらでも寄ってくるタイプの子だと思うから、そういうの目当てで事件に巻き込まれそうで心配なのよね。
「あはは、それなら平気! 私はヴァーチャル・ムーチューバー、略してムイチューバーだから!」
「何それ」
「え、恋奈それも知らないの!? もっとムイチューバーとか見なよ~。結構面白いよ?」
梓はそう言いながら、自分のスマホをささっと操作してあたしに見せて来た。
そこには水色の髪を二つのお団子にして、所々に緑のメッシュを入れた女の子のバストアップ画像が映っている、何かのゲーム画面があった。
「これがムイチューバー?」
「っそ! ちなみにこれが私」
「えぇ!?」
ぎょっとしながら、指先のその子と梓を何度も見比べる。
そんなあたしをケラケラと笑いながら、梓は動画を再生し始めた。
『はいどーもー! こんにちはこんばんはこんシーラ! みんな大好き! シーラちゃんだよー!!』
「……ホントに梓の声だ」
「でしょ~? こうやって、配信する人の姿を別のアバターで隠して配信するのが、私みたいなムイチューバーって人なの。可愛いでしょ?」
「可愛いけど、なんか動きが人形ちっくじゃない?」
「これはそう言う物だから仕方ないって」
バストアップだけって言うのがそう思わせているのかもしれないけど、顔を多少横に振ったり、大袈裟に上半身を左右に振るだけだから違和感が凄い。
だけど他の動画を再生してもらっていく内に、それがデフォルトなんだってことが分かるようになってきた。
「なるほどねー。顔とかが映し出されて配信してた訳じゃないんだ」
「そゆことー。まぁ中には顔出し配信を好んでしてる人もいるけど、私はそんなに自信が無いからさぁ」
あんたの見た目で自信がないとか、世の中の女性を全て敵に回すわよ。
そう言いかけたけど、流石に友達にそれを言うのも憚られ、あたしはひややかな視線を向けるだけに留めた。
「まぁ、これなら変な事件に巻き込まれることも少なさそうね」
「だーいじょぶだって! 恋奈は心配性だなぁ!」
「あんたが楽観的過ぎるんじゃないの? そのスパチャ送って来た人だって、あんたとそういう関係になりたくて送ってきてたりするかもじゃない」
「な訳! 推しにガチ恋するなって私達オタク界隈では法律で定められてるから!」
オタク界隈の法律って何よ……。
「よく分かんないけど、あんたが変なのに絡まれてもあたしは知らないからね」
「平気平気ー! あむっ……ん~! うまっ!!」
気楽そうに笑いながら、オムライスを大きく頬張る梓。
そんな彼女に呆れながら小さく嘆息し、あたしも自分のトマト煮を口に運ぶ。
トマトの酸味と甘味が角煮の奥までしっかりと染み込んでいて、ほろりと崩れる肉汁の中から溢れてくるのがたまらなく美味しい。
そこに付け合わせのパンを合わせると、もうこれだけで優勝できちゃうくらいに満足感が高いわ。
だけど何だろう。あたしが期待していたトマト煮とはまたちょっと違うような……。
食べながら僅かに疑問を抱いたあたしを、梓は見逃さなかった。
「どうしたの恋奈? 奥歯に筋が挟まった?」
「ん? いや、そう言うのじゃないわよ。ただ……」
「ただ?」
あたしは店外で帰路に着く人達をぼんやりと見ながら答える。
「あたし、もっと美味しいトマト煮を食べたことがあるような気がしただけ」
「へぇ~、これを超えるって中々だと思うけど。どっかのお店?」
「かなぁ? 小さい頃の記憶か分からないけど、あんまり覚えてないのよね」
「何それ。恋奈ってそういうとこあるよね~」
「どういうことよ」
「そういうこと~」
梓は答える気がないみたいで、あたしを無視してオムライスをもう一口頬張った。
それにしても、この覚えているようで覚えてない感じ。これももしかして、あのシルヴィって子に関係してるのかな。
……何てね。何もかも結びつけるのは良くないし、今は料理を楽しまないと。
あたしは思考を切り替え、食事に集中することにした。




