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4話 森の住人は楽観的

「これはまた……結構な人数じゃな」


 戻ってきた兎人族は、さっきの子を含めてざっくり二十人前後になっていました。

 シリア様と相対させられていた子達は少し落ち着いているようでしたが、それ以外の子達は私達を見ながら怯えるように体を寄せ合っています。


「これで全員か?」


「は、はいっ! 街で一緒に働いていた仲間達全員です!」


「ふむ……まぁ何とでもなるじゃろ。では、移動するぞ」


 私を抱き上げながらシリア様がくるりと村の方へと向きを変え、兎人族の子達を案内し始めます。


『シリア様。私は今日はこのままの姿でしょうか?』


「そうじゃなぁ……。村の者達への説明もあるが、ここでお主に変わって魔女としての威厳を崩そうものなら、こやつらとしても付いていって良い物か不安にもなろう」


『そ、そうですよね……。私はシリア様のように堂々とするのには不向きですし』


「くふふっ! まぁそこは冗談じゃがな。先の話でもあったように、こやつらは力が無いが故に誰かの庇護下で生きると言うのが染みついておる。そこで、今日くらいは妾が魔女としてこやつらを率いてやろうと思っただけじゃよ。お主には不便を掛けるが、少しだけ付き合ってくれぬか?」


『……シリア様は優しいですね』


「そうでもないぞ? こやつらが十数える間に出てこなかったり逃げ出そうものなら、そのまま焼き払うつもりはあったからの」


 シリア様の冗談に、後ろを歩いていたさっきの子達がビクリと肩を震わせました。その反応を背中越しに感じながら、シリア様がまた楽しそうに笑います。


「まぁ、とりあえずは今日この場限りじゃ。今後のことは村の者を交えて相談した方がよかろうよ」


『分かりました』


「しかし、酒の酌も得意と言っておったな……。今日は楽しく酒が飲めるやも知れんな。くふふっ」


 私の体なのですが……と止めたくなりましたが、猫の体ではなく人として楽しむお酒はまた別の楽しみがあるのでしょうし、たまにはシリア様の好きなように楽しんでいただきましょう。





 村に戻るや否や、お酒が入ってほんのり顔を赤く染めている村の皆さんに囲まれました。


「うおっ!? どうしたんですか魔女様、その後ろの可愛い子達は!?」


「可愛い~! どうしたのあなた達? どこから来たの?」


「ええい、一斉に押し寄せるでない! こやつらの事は今から話す!」


「お? その話し方ってことは魔女様じゃなくてお師匠様ですか!」


「じゃあ猫ちゃんが魔女様なのね! やーん、魔女様も可愛いー!!」


 シリア様が気配を察知して、森に迷い込んでいたところを連れてきたという、遠からず近からずの説明をしている間、私はハイエルフの皆さんにもみくちゃにされ続けました。お酒で酔いが回っていることもあって、普段シリア様に接するような撫で方ではなく、可愛いぬいぐるみを見つけた子どものような感じだったので疲労感が凄まじいです……。


「なるほどなぁ。最近は月喰らいの大熊(アイツ)や大型の魔獣がいなくなってるとは言え、それでも怖かっただろう! 皆と一緒に飲んで騒いで、ぱーっと気分転換するといいぞ!」


「うんうん! お姉さん達が演奏してあげるから、お得意の歌と踊りで魔女様達を楽しませてあげてね!」


「あ……ありがとうございます! 精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」


 明るく迎え入れてくれた村の皆さんに、兎人族の子達は目尻に涙を浮かべながら頭を下げました。そのまま獣人の方に奥の席へと案内され、「まずは腹ごしらえだ!」と山盛りの料理を並べられると、何度もお礼を言いながら食べ始めましたが、やがて皆さんの温かさに心が揺らいだのか泣き出してしまいました。


「やれやれ。よく泣く連中じゃのぅ……ほれ、妾達も飯を再開させるとするかの」


 シリア様に促されて自分の席に戻ると、両手を叩きながら大笑いしてるレナさんとへにゃへにゃと机に潰れているフローリア様の姿がありました。どうやら、こちらも既にお酒が回っているようです。


 エミリとエルフォニアさんの姿が見えないのが気になりましたが、遠くからエルフォニアさんに手を引かれながらエミリが戻ってきているのを見つけました。エミリも私達を見つけたようで、塞がっている両手の代わりに尻尾を大きく振りながらこちらへ声を掛けてきました。


「おかえりお姉ちゃん!」


『ただいま戻りました。良い子にしていましたか?』


「む、エミリか。すまぬな置いて行ってしまって。エルフォニアよ、エミリを見てくれたことを感謝するぞ」


「別に問題ないわ。子どもは嫌いじゃないし、待ってる間も大人しくしててくれたわ」


「あれ? お姉ちゃんだけどお姉ちゃんじゃない……?」


 私の体で話すシリア様に違和感を感じたエミリに、シリア様は笑いながら私を指さして教えます。


「くふふっ。今は妾がシルヴィの体を借りておるのじゃよ。シルヴィは今はこっちじゃ」


『はい。私はこっちですよエミリ』


「えぇ!? シリアちゃんがお姉ちゃんになっちゃったの!? お姉ちゃんがシリアちゃん!? うーん?」


 そう言えば、エミリの前でシリア様と交代するのは初めてだったかもしれません。

 混乱するエミリの膝の上に乗り、落ち着くように声を掛けようと思いましたが、今の体では魔力を持たないエミリにとっては鳴き声にしか聞こえないことを忘れていました。


「ほれ、エミリよ。シルヴィは腹が減っているようじゃ。たまに妾にやるように食べさせてやると良い」


「お姉ちゃんお腹空いてるの? じゃあ食べさせてあげる!」


 私の口元に小さく掬い取ったオムライスを運んでくれるのは嬉しいですが、これは少し恥ずかしいです……。ですが、せっかくのエミリの好意を無下にする訳にはいきません。


 意を決してオムライスを口に頬張ると、エミリは嬉しそうに笑いながら自分も食べ始めました。

 これはこれで、たまにはアリかもしれません。そんなことを考えながらまた食べさせてもらっていると、エルフォニアさんがワイングラスを片手に、獣人の方々の筋肉ダンスを眺めていることに気が付きました。


『エルフォニアさんは何を飲んでいるのですか?』


「これは桃の果実酒よ」


『エルフォニアさんもお酒が飲めるのですね』


「嗜好品だからあまり飲む機会はなかったけど、こっちに来るようになってからはシリア様が造ってるから飲むことが増えたわね。試飲とかも最近は任されたりしているわ」


「うむ。エルフォニアは今年で二十六になるし、何も問題はないぞ」


 さらっとエルフォニアさんの年齢を聞かされ、私と十歳も年齢が離れていたことに驚かされました。すると彼女はそんな私の考えを読み取ったのか、席を立ってエミリの横に座り直すと、私を抱き上げて頬を引っ張り始めました。


『い、いひゃいです! まだ何も言っへないえす~!』


「あなたは猫になっても顔に出るのね。ええそうよ、あなたとは十も歳が離れているわ。悪いかしら?」


『悪くないえす! 悪くないえすからぁ~!』


「嫌味な猫はお仕置きが必要かしらね。エミリちゃん、この猫の後ろ足をくすぐるように揉んでくれるかしら? 歩き疲れてるみたい」


「お姉ちゃん疲れちゃったの?」


 エミリを使うのは卑怯ですエルフォニアさん!

 ですが、相手が悪かったですね。エミリはきっと私の味方をしてくれます!


 そう思っていたのですが、私の期待はあっさりと裏切られ、エミリは私の後ろ足を揉み始めました。肉球を何度もぷにぷにと押され、足全体を柔らかく揉まれてしまい、体全体にくすぐったさが広がっていきます。

 それを見ながらエルフォニアさんも私の前足を捕まえると、同じように揉み始めました。


『やめっ、やめてください! くすぐったい! あっははははは!!』


「あら、エミリちゃん上手ね。お姉ちゃん喜んでるわよ」


「本当!? えへへ~、もっと気持ち良くしてあげるからね!」


『エミリ! ダメです、それ以上は本当に! あっ、やだ、や……あはははは!!』


「ふふ。そんなにニャアニャア鳴いちゃって、よっぽど気持ちがいいのねシルヴィ」


『違います! くすぐったくて、あっ! もうダメ、もうダメで――あははははは!!』


 二人の悪戯はその後も続き、ふと私に話しかけようとしたシリア様が止めに入ってくださるまで揉まれ続けた私は、しばらく体を動かすことすらできませんでした。

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