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843話 王女様は診察を受ける

 お母様が連れてきて下さった女性のお医者様に診ていただくも、私の体に特に異常は見つからず、いつものように少量のお薬が処方されるだけでした。


「……はい、それでは以上となります。お薬はいつものように、毎日寝る前に一錠お飲みください」


「ありがとうございます。いつもすみません」


「いえいえ、とんでもございません。シルヴィ王女に何かあっては、国の一大事ですから。それに――」


 お医者様はそこで言葉を切ると、金色の髪で片目を隠している顔を綻ばせながら、私に笑みを向けました。


「こうしてシルヴィ王女の無事を間近で見られることが、医療に携わる者の幸せでもありますので」


 私を気遣ってくださるその言葉に、私も笑みが零れます。

 彼女は最近街でも有名なお医者様で、名前は確か……そう。リンデ先生です。


 王城に出入りするようになったのもここ一ヶ月ほどの方なのですが、まるで以前から私のことを知っていたかのように、とても優しく寄り添ってくださいます。

 物腰柔らかな話し方や、懇切丁寧な説明、そして貴族だけではなく平民にも分け隔てなく対応する姿が人気を呼んでいるそうなのですが、彼女の本当に凄いところはまた別にあると考えています。


「それにしても、リンデ先生のお薬は本当に不思議だわ……。効き目もそうだけど、患者一人一人に合わせて独自に調合って、相当手間が掛かっているんじゃないかしら?」


 お母様の言う通り、リンデ先生はこれまで見て来たような薬は使わず、独自に開発していると言うお薬を提供してくださるのです。

 しかも、そのお薬をその場で調合し、患者の症状に最適なものを用意すると言うのですから、街医者の方々は肩身が狭いとの声も聞こえてきます。


 お母様の問いかけに、リンデ先生はふるふると小さく首を振り、優しく微笑みました。


「私の手間で多くの人を救えるのであれば、苦労も厭いません。それに、私が尊敬する方はどれだけ自分が疲弊しようとも、人のためにと身を粉にして人々を癒し続けるお方でした。その方に比べれば私がやっていることなど、まだまだ楽をさせていただいている物です」


「まぁ……。と言う事は、リンデ先生の尊敬している方は教会勤めの方なのね」


「ふふ。詳細は伏せさせていただきますが、神の御業とも言える素晴らしい技術をお持ちでした」


 そう言うと、リンデ先生は私を見ながらふわりと微笑みます。

 それはどこか、私に対して言っているようにも感じられましたが、私には魔術の才能も無ければ、魔法と呼ばれる不思議な力も備わっていないので、恐らく気のせいでしょう。


「さて、それでは私はこれにて失礼させていただきます。シルヴィ王女、どうぞお大事に」


「ありがとうございます、リンデ先生」


「陛下も貧血のお薬が足りなくなった際には、いつでもお声掛けください」


「えぇ、助かるわ。あ、今日のお代はいつものように、メイド長から受け取ってちょうだいね」


「感謝いたします。それでは」


 リンデ先生は深々と頭を下げると、大聖堂から退室していきました。

 残された私達も並んで歩きだし、厨房を目指して城内を進みます。


 窓の外は既に暗くなっていて、一月の終わりが近いと告げるように、星々が瞬き始めていました。

 夜光に照らされている廊下を歩きながらそれを見ていると、思い出したかのようにお母様が私に言いました。


「そう言えばリンデ先生の髪型って、昔のシルヴィに似ているわよね」


「そうでしょうか?」


「そうよ。ほら、その左目が嫌だって言って、しばらく前髪で隠してたじゃない」


 そう言われてみれば、そんなことがあったような気がします。

 昔は、自分だけ左右非対称の瞳の色を持って生まれてしまったことを嘆き、お母様やお父様のそれとは異なる赤い左目を隠そうとしていました。

 遠い記憶を振り返りながら、今日のリンデ先生の髪型と重ねてみると、確かに似ているような気もします。


「偶然だと思います。もしかしたら、リンデ先生も目を隠したい事情があるのかもしれませんし」


「ふふ! リンデ先生も、実は反対側の目が赤かったりしてね? お母様やお父様と一緒じゃないのやだーって、泣きながら隠しちゃってたのかも?」


「もう、お母様やめてください!」


 昔の私のことをからかわれ、恥ずかしくなってしまいます。

 軽く頬を膨らませながら、わざとらしく怒っていると演じる私を、お母様はクスクスと笑います。


「冗談よ、そんなに怒らないで頂戴。せっかくの可愛い顔が台無しだわ」


「お母様が崩させたのではありませんか」


「それもそうなんだけど。あ、セバスー!」


 ちょうど廊下の十字路から姿を見せた老執事ことセバスチャンが、お母様の呼びかけに応じて恭しく一礼します。


「これはリヴィ様、シルヴィ様。本日はお揃いで、このセバスチャンめに何か入用でございますか?」


「ゼルシールに差し入れを持って行きたいのよ。ほら、どうせあの人また無理してるんでしょう?」


「なるほど、と言う事は甘味をご所望でしょうか。確か、明日の間食用にとチョコレートマフィンを作らせていたはずです。そちらをお持ちいたしましょう」


「まぁ! もちろんチョコチップもたくさん入っているやつよね!?」


「左様でございます。リヴィ様ならびに、ゼルシール様も大変お気に入りの物でございます故」


「流石セバスだわ! あ、でもそれは私達が持って行ってもいいかしら? と言うのも、シルヴィがお父様が心配でーって寂しそうにしているの」


「お、お母様!!」


 事実とは言え、何も気構えしていなかった私は、顔を赤らめながらはしたなく声を上げてしまいました。

 そんな私を、セバスはふぉっふぉっふぉと笑います。


「シルヴィ様のお優しい心配りでございましたか。では、私は一足先に厨房へ向かわせていただきます。お二人がお運びしやすいように、整えてお待ちしておりましょう」


「うふふ! ありがとうセバス、いつも助かるわ」


「すみませんセバス……。私なんかのワガママのせいで仕事を増やしてしまって」


「とんでもございません。シルヴィ様の希望や願いを叶えることこそ、我々従者の本懐ですので」


 セバスは私達ににっこりと笑うと、とても年配とは思えないしっかりとした足取りで、厨房へと向かっていきました。


「私達、いっつもワガママを聞いてもらってばっかりね」


「お母様が自由過ぎるのだと思います!」


「そんなこと無いわよ? 私はいつだって、シルヴィのことを想って行動しているもの」


 そう言いながら、お母様は私を抱きしめてきます。

 自由過ぎるお母様と、自分に厳しすぎるお父様。全く反対の属性を持つお二人だからこそ、ちょうどいい塩梅なのかもしれません。

 それはそれとして、その自由に翻弄される私はもっとしっかりしないといけないと思うのですが。


「……私達のために頑張ってくれているセバス達のためにも、立派な女王にならなくてはいけませんね」


「そうよ? あなたが立派な女王になって国を導けるようになれば、あなたが頑張った分だけセバス達も幸せになれるの。そのためにも、日々の祈りで〇〇〇〇様に感謝の念を捧げ続けないとダメよ?」


「もちろんです。それが王家に生まれた、私の務めですから」


 私の言葉にお母様は嬉しそうに笑い、私に頬ずりをしてきました。

 しばらくそれを満喫したお母様は、パッと私から離れると、私の手を取って先へ進もうとします。


「さて、自分の務めに夢中になっているダメなお父様に差し入れを持って行きましょう!」


「はい、お母様!」


 今頃お父様もきっと、日夜続く魔族との戦争に頭を悩ませ、疲弊されているのでしょう。

 その疲れを僅かでも取り除ければと、私達は急ぎ足で厨房へと向かうのでした。

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